Air Jordan 1 の未来を描く若き才能が上海へ ── “Jordan Design Studio” が示した無限の可能性
東京代表Yuji Wadaら8人のクリエイションから見た“Global Final”の全貌
〈Jordan Brand(ジョーダン ブランド)〉が初開催したグローバルインキュベーター “Jordan Design Studio”。ブランドを象徴するAir Jordan 1(エア ジョーダン 1)を題材に、次世代のクリエイティブな先駆者たちを世に送り出すこのプロジェクトの最終選考である“Global Final”が上海で開催され、世界8都市から代表デザイナーが集結した。
「The One Global Finals」の会場に設けられた特設スペースに並んでいたのは、見慣れたAJ1ではない。かぎ針編みとともに歩んできた人生、母親から受け継いだジャマイカのルーツ、セネガルの文化、メキシコのヘリテージ、自国の釣り文化、韓国で過ごした幼少期の記憶、そして東京という都市のワークカルチャーから着想を得た一足──“Jordan Design Studio”の担当者が、「どの作品も、デザインそのものよりも、クリエイター自身のストーリーを映し出している」と説明するように、同じAJ1というキャンバスでありながら、そこに描かれた物語は8人8様だった。
東京代表 Yuji Wadaが示した
新しいAJ1の可能性
東京代表として“Global Final”に臨んだのは、1994年から続く新宿のセレクトショップ『jackpot』でも働く、グラフィックデザイナー/アートディレクターのYuji Wadaだ。新宿という街から着想を得た作品は、ウォッシュド加工を施したホースレザーの一枚革でアッパーを包み、ソールはドレスシューズを思わせる佇まいながら、厚みを抑えたAJ1のOGソールを採用。新宿の高層ビル群を表現したスーパーハイカットのシルエットに、スウッシュ以外のロゴやマークを排除し、AJ1のディテールは“新宿の夜空に淡く浮かぶ星空”をモチーフにした直径1〜2mmのピンホールのみで表現した。
ソールは交換可能で、履き込むほどに味が出るレザーとともに、半永久的に履き続けられることを見据えた設計。そこには「死ぬまで履いて、下の世代に語り継がれるようなAJ1になってほしい」という思いが込められている。“Global Final”のエキシビションでも、「東京のワークカルチャーから着想を得た、仕事からクラブまでシームレスに履ける多用途なシルエット」と紹介された。
もっとも、Yuji本人が目指していたのは、オン/オフ兼用のシューズにとどまらない。「僕が表現したかったのは、このデザインだけではありません。この1足を通して、これまでのAir Jordanの常識を覆したり、スポーツウェア以外でも勝負できる場所を提示したかったんです」。続けて、「Jordan Brandをスポーツブランドとしてではなく、ファッションの⽂脈からも捉えたいと考えていました。その上で、ブランドが持つ表現の幅や可能性をさらに広げるようなデザインを提案しました。このデザインを通じて、Jordan Brandと⼀緒に何かをつくりたいと世界中のブランドやクリエイターに感じてもらえたら嬉しいと思っています」とも語った。
実際、Yujiの作品は従来のAJ1像を破壊するのではなく、その文脈を尊重しながら、新しい着こなしへと開いていく提案だった。本人も「Air Jordanが好きな人からすると、シンプルで少し物足りないと感じる人もいるかもしれない」と冷静に分析した上で、「一番ダメなのは、何も触れられないこと。賛否両論になるデザインこそ大事だと思っています」と語る。
初代Global Winnerの栄冠を手にしたのは
初代Global Winnerに選ばれたのは、北京代表のシン・ジュアン(Syn Zhuang)だった。北京服装学院でフットウェアデザインを学び、現在はフリーランスのフットウェアデザイナーとして活動する若き才能だ。タフでパフォーマンス性の高い従来の構造を見直し、「よりフェミニンに感じられる1足」を目指したというその作品は、ギャザーを寄せたブーツを思わせるゆったりとしたシルエットに、ラフなハンドステッチや切りっぱなしのディテール、柔らかく波打つ素材使いを重ね、AJ1の新たな表現を提示している。
1985年の誕生以来、AJ1はバスケットボールシューズとして、そしてストリートカルチャーの象徴として進化を続けてきた。近年は女性を含む、より幅広い層へと支持を広げている。シンの作品は、AJ1をよりソフトに、より女性にとって魅力的な存在へと再解釈したデザインで、ブランドが歩んできた歴史を尊重しながら、新たなユーザーとの接点を提案した点が、審査を務めた各都市のメンターと〈Jordan Brand〉のデザイン・プロダクトチームに評価された。
しかも、このコンセプトは展示では終わらない。シンは今後〈Jordan Brand〉とともにデザインの開発を進め、将来的にAJ1のインラインモデルとしてリリースされる予定だという(写真はプロトタイプのため、実際の商品化の際には仕様が変わる場合がある)。ローカルなインスピレーションから生まれたパーソナルなストーリーが、グローバルな舞台へと羽ばたいていく。
Winnerが発表されたのは8月30日(現地時間)、各都市のファイナリストとメンターが一堂に会したディナーの席だった。名前が読み上げられた瞬間、会場は大きな拍手に包まれ、競い合ってきたファイナリストたちは勝者を祝福し、互いの健闘をたたえ合った。
「応援してくれた人に良い報告ができないのが一番悔しい」。惜しくもGlobal Winnerには届かなかったYujiは、結果について率直な思いを口にした。一方で、この数カ月間で得た経験は、勝敗以上に大きかったという。「日本以外のデザインに直接触れて、みんなそれぞれ違うルーツや思いを持ってデザインしていることが分かりました。それはすごく勉強になりました」。そして、自身の挑戦を振り返りながら次の世代へ向けて、「シューズデザインをやっていない自分でも、この世界の舞台に立てたことを伝えたい。今やっていることに自信を持って続けていれば、何かしらいい結果につながると思う。友達にも、若い人にも、くじけず続けてほしいです」。Air Jordanの常識を覆したい、賛否両論になるデザインこそ大事──そう語ってきたYujiらしく、視線はその先にある未来へ向いていた。
甲賀加純が見た
「変わるAJ1」と「変わらないAJ1」
メンターとしてYujiを支えてきた〈KOWGA(コウガ)〉デザイナーの甲賀加純にとっても、“Global Final”は大きな学びの場となった。「各国のメンターと、“AJ1とは何か” “これからどう発展していくべきか”を本気で議論できたことが、一番大きな経験でした」。各都市のメンターは、それぞれ異なる文化や価値観を背景に作品を評価する。その議論を通じて甲賀が改めて実感したのは、AJ1というプロダクトの普遍性だった。「AJ1はデザインとしてすでに完成されている靴だからこそ、守るべきものもあると思っています」。一方で、シンのようなフェミニンなアプローチも、「もっと女性に履いてもらうことは、ブランドの歴史を未来へつないでいくために必要」と受け止める。守るべきDNAと、新しい価値観。その両立こそが、“Global Final”で交わされていた議論の核心だった。最後に、「若いクリエイターがAir Jordanという歴史あるプロダクトに挑戦できる機会を作り続けていること自体が素晴らしい。ブランドとして、本当にクリエイティブを大切にしている姿勢を感じました」と締め括った。
「包容力こそクラシックであることの意味」
シン・ジュアンが語るAJ1のこれから
Winnerとして名前を呼ばれた瞬間について、シンは「何も考えられず、頭の中が真っ白になりました」と振り返る。同じ地域で育ち、似た環境で学んだ仲間たちと競った北京大会と違い、“Global Final”で待っていたのは、異なる文化と価値観を持つ世界のデザイナーたちだった。「それぞれが自分自身の経験をシューズに投影していました。彼らが暮らす都市を訪れたことはなくても、作品を見ることで、その都市の文化や、デザイナー自身が大切にしているものをはっきりと感じ取ることができました」。
その中でシンは、都市ではなく、ひとつのコミュニティーに目を向けた。「私の作品は、あるひとつの都市の文化を表現したものではありません。中国だけでなく、世界のさまざまな場所にいる女性や女の子たち。その人たちを表現しようとしたことが、私の作品ならではの視点だったと思います」。
フェミニンというテーマは、彼女自身の日常の実感から生まれたものだ。「私の身の回りでは、実際にバスケットボールをプレーするのは男性の方が多い。でも女性の中には、私のように競技そのものよりも、その周辺のカルチャーを好む人もいます。バスケットボールシューズは、コートで履くためのシューズであると同時に、日常で履くこともできる。女性が自分たちなりの方法で取り入れられる1足にしたいと考えました」。こうした表現はスニーカーの分野では「まだあまり見られない、比較的新しい形」であり、それこそがWinnerに選ばれた理由ではないかと本人は分析する。
では、長い歴史を持つアイコンに、若い世代や女性の視点を加えることの意味とは何か。シンの答えは明快だ。「本当にクラシックなシューズであれば、より多くの可能性を持ち、さまざまな場面でその普遍性を表現できるはずです。女性だけでも、バスケットボールファンだけでもなく、より多くの分野やコミュニティーの人たちが好きになれる。そんな包容力こそが、クラシックなシューズであることの意味だと思います」。
「自分自身が好きだと思えるだけでなく、多くの人にも好きになってもらえるシューズをデザインできる人になりたい」。大学を卒業したばかりの若きデザイナーは、より大きな環境に身を置き、知識と経験を積み重ねていくつもりだと語った。その最初の一歩が、AJ1の新たなインラインモデルとなる。
“Jordan Design Studio”が問い掛けていたのは、“正しいAJ1とは何か”ではない。40年以上受け継がれてきたアイコンを、それぞれの世代がどう解釈し、どのような未来を描くのか。その答えはひとつではなく、8人のクリエイターが示した通り無限にある。Global Winnerはシン・ジュアンだった。しかし、上海で示されたのは、1人の勝者だけではなく、ブランドが未来へ託そうとしている、新しいクリエイティブの可能性だったのだ。























