写真家 vs Nike 間のジャンプマンロゴやジョーダンの写真を巡る泥沼裁判が完全終結
アメリカの最高裁判所が下した驚きの結果とは……
フォトグラファーのJacobus Rentmeester(ヤーコブス・レントミースター)が、2015年に〈Jordan Brand(ジョーダン ブランド)〉ひいては〈Nike(ナイキ)〉を相手にとって起こしたJumpman(ジャンプマン)ロゴの著作権を巡る裁判沙汰より、新着情報が到着した。
『HYPEBEAST』でも以前お伝えしたこの訴訟問題だが、ご存知でない方に一連の流れを説明すると、最初の契機は1984年にまで遡る。1984年にRentmeester氏は、『Life』誌の撮影にて左手にボールを掴んで足を大きく開き、リングに向かって飛び立っているMichael Jordan(マイケル・ジョーダン)の姿を撮影。1984年というのはロサンゼルス五輪がアメリカで開催された年でもあり、大学生ながらJordanは大活躍して金メダルに貢献。ちなみにRentmeester氏が撮影したその写真ではJordanはアメリカ代表ジャージに身を包み、〈Nike〉との契約前であったため〈New Blance(ニューバランス)〉のシューズを履いていた。(下のツイート画像でいうと左側のもの)
Did Nike “steal” concept from a 1984 photo of Michael Jordan to create Jumpman logo? Lawsuit: http://t.co/2xgOsPVhk4 pic.twitter.com/4lXekqhV00
— Michael McCann (@McCannSportsLaw) 2015年3月23日
そしてロサンゼルス五輪後にJordanは〈Nike〉と契約、そしてドラフト3位でシカゴ・ブルズに入団。その契約から間もなく1984年に〈Nike〉が撮影したのが、JordanがAir Jordan 1 “Chicago”を履き、ブルズの赤黒カラーの練習着を身に着け、左手にボールを掴んで足を大きく開き、リングに向かって飛び立っている姿を捉えた有名な写真作品だ。その写真は数々の広告や看板などに用いられ、遂にはその写真のJordanの姿からかの有名なJumpmanロゴも誕生した。(上のツイート画像でいうと右側のもの)
そしてこのことに納得がいかなかったのが、〈Nike〉が“Jumpman写真”を撮影するよりも早く同じようなシチュエーションと同じようなポーズでJordanを撮り下ろしていたRentmeester氏。1985年には〈Nike〉がRentmeester氏に対して約15,000ドルもの和解金を支払って一件落着と思われたが、それから30年後の2015年、未だに腸が煮えくり返っていたのであろう、Rentmeester氏が再び〈Nike〉を相手取ってその2つの写真の類似性およびJumpmanロゴの著作権を巡って裁判を起こしたのである。
そうして2015年から約2年にわたった法廷闘争の末、この問題を扱ったアメリカの下級裁判所は「2つの写真はジャンプしたポーズの特徴は同じだが、ライティングや背景が異なるため実質的に似ていない。なので著作権違反には当たらない」としてRentmeester氏の訴えを棄却。これにて〈Nike〉の勝訴という形で再び一件落着かと思われたのだが、Rentmeester氏はなおも腸が煮えくり返っていたのか、その判決を上訴してアメリカの最高裁判所にこの裁判を持ち込もうとしたのである。
そして今回アメリカの最高裁判所が下した結果は、その問題を法廷にすら持ち込ませないというもの。つまりアメリカの最高裁は裁判で論じるまでもなく〈Nike〉の勝訴とし、完全にこの泥沼裁判問題は訴えを起こしたフォトグラファーのRentmeester氏の負けというかたちで幕引きとなった。
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