世界でたった1人になるために ── 上海で見た Jordan Brand 主催 The One と日本人高校生2人の挑戦
世界20以上の都市から選び抜かれた若き才能が集結
上海の高層ビル群に朝日が差し始めた8月27日(現地時間)の早朝。屋上に設けられたバスケットボールコート『NBA HOOP PARK』には、ヒップホップのビートとコーチのホイッスル、そして真新しいバスケットボールシューズが床を擦る乾いた音が響いていた。
コートに立つのは、世界各地から上海へやってきた10代のバスケットボールプレーヤーたち。ユニホームの背中には、マイケル・ジョーダン(Michael Jordan)を象徴する“23”と自らの名前、そしてTokyo、New York、Madrid、Paris、Beijingといった、それぞれが背負う都市の名前が記されている。まだ試合は始まっていない。だがここには、すでに本番さながらの緊張感があった。
〈Jordan Brand(ジョーダン ブランド)〉が主催する「The One Global Finals」は、14〜18歳の男女を対象に、世界最高の1on1プレーヤーを決めるグローバルトーナメント「The One」の最終決戦だ。2024年のパリ、2025年のニューヨークに続く3回目の今大会は中国・上海を舞台に開催された。そしてこの20人の中に、東京予選を勝ち抜いた2人の高校生、佐藤久遠と太田莉央の姿があった。
そもそも、なぜ〈Jordan Brand〉が1on1なのか。その答えは、ブランドの原点にある。幼い頃のマイケル・ジョーダンは、兄ラリー・ジョーダン(Larry Jordan)と自宅の裏庭で何度も1on1を繰り返した。体格でも年齢でも上回る兄に負け続けながら、なお挑み続けた兄弟の競争が、後に史上最高のバスケットボール選手の1人となるジョーダンの競争心を形作ったと言われる。〈Jordan Brand〉も、この兄弟による1on1を「The One」の着想源に位置付けている。
1対1では、攻めるのも守るのも、決めるのも外すのも、すべて自分だ。2025年大会の女子グローバルチャンピオン ローズ・シンプソン(Rose Simpson)が「1対1では、自分を隠すことはできません。すべてが自分自身に委ねられ、すべてのポゼッションが勝負になります」と語った通り、コートに言い訳の余地はない。問われるのは、シュート力やスピード、フィジカルだけではないのだ。プレッシャーの中で判断する力、相手に対応する力、失点した直後にもう一度前を向く精神力、そして、自分の武器を信じ切れるかどうか。その思想は、本大会が掲げる“ONE ON ANYONE”に凝縮されている。
20人が“23”と都市を背負って上海へ
2026年大会は6月から世界20以上の都市で予選を実施し、上海には男女各10人、計20人のファイナリストが集まった。そして8月27日(現地時間)からの2日間、『NBA HOOP PARK』では朝から2時間半に及ぶ濃密なトレーニングセッションが行われた。
28日にコートへ姿を現したのは、ジェイソン・テイタム(Jayson Tatum)、パオロ・バンケロ(Paolo Banchero)、ジャレッド・マケイン(Jared McCain)、ステフォン・キャッスル(Stephon Castle)という〈Jordan Brand〉ファミリーのNBA選手たち。普段は映像の向こう側にいるトップアスリートと同じコートに立ち、ファイナリストたちは真剣な表情でアドバイスを受ける。全員の足元には、上海滞在中に世界初披露されたばかりのAir Jordan 41(エア ジョーダン 41)の真っ赤な“Ruby”カラーが揃う。鳴り響くBGM、時折上がる歓声、良いプレーに対してあがる拍手──高校生の練習とは思えないほど、プロフェッショナルな空気がそこにはあった。
トレーニングの締めくくりに開かれた朝食ミーティング “Breakfast Club & Talk”では、ファイナリストたちがテーブルごとにNBA選手を囲んで言葉を交わす。勝敗を競うだけではなく、世界の頂点に立つ者のマインドセットに直接触れられる。「The One」が用意したのは、そんな贅沢な時間だった。
その席上で、翌日に行われるノックアウトラウンドの組み合わせが発表された。ただし、20人全員が本戦トーナメントへ進めるわけではない。男女それぞれ4人は残りの2枠を争い、その日の夜のPlay-in(予備予選)へ回るのだ。祈るように手を合わせる選手、肩を落とす選手、安堵の表情を浮かべる選手──明暗が交錯する中、佐藤と太田は揃って本戦進出を決めた。その直後、2人に話を聞いた。
決戦を前に語った東京代表2人の覚悟
「本当に楽しみにしていましたし、このグローバルファイナルを目指して東京予選に挑んだので、すごくワクワクしています」。そう笑顔を見せた佐藤だが、前日の練習で肩と足を痛め、コンディションは万全ではなかった。「しっかりケアを続けて、少しでもいい状態で明日に挑みたい」。実は佐藤にとって、「The One」にはもう1つの物語がある。兄も前年大会に挑戦していたのだ。「兄は去年Play-inで負けてしまいましたが、自分はGlobal Finalsから戦える。日本人でもここまで戦えるというところを見せたいです」。この大会の原点をなぞるように、兄に続いて弟が世界の舞台に立つ。「明日の相手は自分とプレースタイルが似ている。真っ向勝負になると思いますが、自分のシュート力を武器に戦いたいです」。
一方の太田は、本戦進出が決まった直後も「優勝することがゴール」と言い切った。2日間の練習で最も肌で感じたのは、海外選手とのフィジカルの差。それでも「チームで試合をするときは、緊張しても周りに人がいるし、ディフェンスでも支えてくれる。でも1人だと、全部を自分で背負わなければいけない」と1on1の本質を見据え、自らのスピードを武器に、長いリーチをどう攻略するかを描いていた。「ブロックされないように素早くシュートを打つか、体をしっかり当ててカバーしながら打つ。そこを徹底して意識したいです」。
最後の4枠を巡るPlay-in
その日の夜、摩天楼を望む北外灘の特設会場でPlay-inが開催された。赤いネオンと黒で統一された空間は、マイケル・ジョーダンの原点を象徴する“Bred”カラーそのもの。コートの周囲には、バーバーショップやレコードショップなど、〈Jordan Brand〉が描くバスケットボールカルチャーを体現するコミュニティブースが並んだ。コートでは本戦最後の切符を懸けた攻防(攻撃側は9秒以内にシュートを打たなければ攻守交代)が繰り広げられ、倒れた選手にはマケインやキャッスルが駆け寄って手を差し伸べる。勝者しか残れない厳しさとそれを包み込むカルチャーに、会場は沸いた。
決戦の幕開け
8月29日(現地時間)の夕方、会場にクラクションのような音が鳴り響くと、スモークの向こうから各都市のファイナリストたちが次々と姿を現す。いよいよ「The One Global Finals」のノックアウトラウンドの幕が上がった。
女子のオープニングカードに登場したのは、東京代表の太田莉央。対戦相手はマドリード代表のアイナ・イノホサ(Aina Hinojosa)だった。前日の言葉通り、素早いシュートとスピードで海外選手のリーチに立ち向かったが、結果は初戦敗退。しかし、太田を破ったイノホサはその勢いのまま勝ち上がり、最終的に2026年女子の頂点へと上り詰めることになる。
続いて男子のコートに立った佐藤久遠は、大歓声と無数のカメラに囲まれる異様なプレッシャーのなかでも一切物怖じしなかった。「シュート力なら勝てる」という前日の宣言通り、自らの武器を信じ切って初戦を突破。「日本人でも戦えるところを見せたい」という思いを、まずは勝利という結果で示した。迎えた準決勝の相手は、北京代表のジュントン・ゴン(Juntong Gong)。卓越したフィジカルとパワーを誇る相手に攻めあぐねる時間帯もあったが、持ち味のドリブルからシュートを連続で沈めて意地を見せる。自らの武器が世界に通じる確信と、世界トップレベルのフィジカルを全身で体感して、佐藤の上海での挑戦は幕を閉じた。
結果だけを見れば、2人とも「The One」の頂点には届かなかった。しかし、世界各都市を勝ち抜いた同世代と真っ向から向き合った経験には、勝敗だけでは測れない価値がある。「全部を自分で背負わなければいけない」と1on1の厳しさを語った太田。「日本人でも戦えることを見せたい」と世界へ挑んだ佐藤。世界との差を知ること。そして、自分にも通用する武器があると知ること。その両方を持ち帰れたことこそ、この大会で得た何よりの財産ではないだろうか。
カルチャーと熱狂が交差した決勝
決勝カードは、女子がイノホサ対パリ代表のラッキー・カマラ(Racky Camara)、男子がニューヨーク代表のジェイレン・メフー(Jalen Mehu)対ジュントン・ゴン。コートサイドにはテイタムら〈Jordan Brand〉ファミリーに加え、Jackson Wang(ジャクソン・ワン)やG.E.M.(ジェム)らセレブリティが顔を揃え、会場のボルテージは最高潮に達していた。シェック・ウェス(Sheck Wes)が代表曲 “Mo Bamba”を披露し、続いて中国人ラッパーのAsen(アセン)が登場すると、熱気は一気に爆発した。バスケットボールを軸に、音楽、ファッション、そしてコミュニティが同じ空間で激しく交差する。「The One」が単なる競技トーナメントではなく、〈Jordan Brand〉が描くカルチャーそのものを体現する舞台であることが、この最終日に最も鮮明に示されていた。
女子決勝は、前途の通りイノホサが相手のディフェンスを揺さぶる堂々たるプレーで勝利し、世界一の座を獲得。男子決勝は、一進一退の攻防の末、メフーが豪快なダンクで試合を締めくくり、「The One」の称号を手にした。王者が決まった瞬間、カメラマンや報道陣、関係者らが雪崩れ込み、コートは一気に人で埋め尽くされる。2人は特製のチャンピオンズジャケットとリングを身に纏い、無数のフラッシュを浴びながら囲み取材に応じた。
イノホサは「自分がここまで勝ち上がり、世界一になれるとは思っていなかった」と驚きを隠せない様子だった。一方のメフーは「ニューヨークから16時間もかけて、負けるためにここまで来たわけじゃない」と言い切った。その言葉の裏には、この舞台へ辿り着くまでに積み重ねてきた努力と覚悟が滲んでいた。なお、優勝者には「The One」の称号に加え、〈Jordan Brand〉との契約と賞金が贈られた。
世界一になれるのは、男女それぞれ1人だけだ。それでも〈Jordan Brand〉が「The One」を3年にわたって開催し続ける理由は、勝者を決めることだけではないだろう。世界の同世代と真っ向からぶつかり、現役NBAのトッププレーヤーと同じ空間を共有し、朝食のテーブルで言葉を交わす。そして何百人もの視線が注がれる中、逃げ場のないコートでたった1人で戦い抜く。このトーナメントは、アスリートたちが正々堂々とした勝負を通じて卓越性を追求する場であり、そこには通常の高校バスケでは決して得られない、あまりにも濃密な経験が詰まっている。かつてマイケルが兄との1on1での敗北を糧に偉大な選手へと成長したように、この上海で流した汗や悔しさもまた、彼らが未来へ力強く踏み出すための原動力になるはずだ。




















