TENDOUJI ── 28歳で始めた4人のバンドマンが武道館に立つまで | Interviews

遊びの延長線上にある、彼らの10年を振り返る

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28歳。何かを新しく始めるには、決して早いとは言えない年齢だ。学生時代のように、ただ「やってみたい」という気持ちだけで飛び込むには、仕事や生活、これまで積み重ねてきた時間がある。ましてや、楽器の技術も、バンドとしての経験もない状態から、音楽を始めるとなればなおさらだ。

そんなタイミングで、松戸で育った4人はTENDOUJIを結成した。もともと中学時代からサッカー部の仲間として時間を共にし、高校に進んでからも学校が終われば松戸に集まり、遊び続けていたという4人。カラオケやフットサル、自転車での小旅行、京都への旅。音楽だけではなく、何気ない時間を共有してきた幼馴染みのような関係が、やがてひとつのバンドへとつながっていった。

とはいえ、結成当初から現在のTENDOUJIがあったわけではない。演奏技術もままならず、レコーディングの方法すらわからない。最初の頃はエンジニアに一から教えてもらいながら、手探りで音楽を形にしていった。それでも、不思議と「28歳から始めること」への不安はなかったという。そこから10年以上。ライブを重ねることで演奏は変化し、楽曲も変わった。レコーディングの技術も身につき、結成当初にはほとんどなかった速い楽曲も増えていった。一方で、「メロディーが良くなければ意味がない」という、彼らの音楽に対する根本的な感覚は今も変わらない。

そして2027年2月、TENDOUJIは日本武道館のステージに立つ。28歳で始めた4人が、40歳を目前にしてたどり着く場所だ。「何かを始めるには遅い」と感じる瞬間は、年齢を重ねるほど増えていくのかもしれない。それでも、始めることに年齢の正解があるわけではない。松戸で遊び続けていた4人が、28歳で「やらない?」と声を掛け合ったところから始まったTENDOUJIの10年間は、そのことを証明している。

日本武道館公演を半年後に控えた今、4人はこれまでの時間をどう振り返り、何を見据えているのか。松戸で過ごした少年時代から、28歳でのバンド結成、手探りだった初期の活動、そして武道館へと続く現在まで。TENDOUJIの歩んできた10年間を辿りながら、4人の現在地と、この先に描く未来について話を訊いた。


最初からある程度の道筋を予想しながら始める人もいると思うんですけど、僕らの場合は、本当に何も予測していなかった

『Hypebeast Japan』読者に向けて、自己紹介をお願いします。

モリタナオヒコ(以下N):TENDOUJIでギターとボーカルを担当しているモリタナオヒコです。

アサノケンジ(以下K):ギターとボーカルのアサノケンジです。

ヨシダタカマサ(以下T):ベースのヨシダタカマサです。

オオイナオユキ(以下O):ドラムのオオイナオユキです。

メンバー4人の出会いについて教えてください。

N:ほとんど幼馴染みみたいな関係ですね。4人とも千葉県松戸市の新松戸で育っていて、同じ中学校に通っていました。オオイだけ1学年下なんですけど、同じ新松戸北中学校のサッカー部で一緒になったのが、4人の出会いです。

K:中学校ではサッカー部のメンバーとして一緒に過ごしていて、プライベートでもずっと遊んでいました。高校はみんなバラバラになったんですけど、振り返ると高校より中学のときのほうが楽しかったんですよね。だから高校に行って、学校が終わったらそのまま松戸に帰ってきて、中学の頃と同じノリでみんなで遊ぶ。それを本当にずっと続けていました。

松戸で過ごした学生時代、4人はどんな時間を過ごしていたのでしょうか?

K:カラオケとか?

N:カラオケはよく行ってたね。

T:あとは、たまに自転車旅に出たりとか。年に数回くらい。

自転車ではどこまで行くんですか?

T:浅草とか、お台場あたりまで。

K:地元の小学校で毎週月曜日にフットサルをやっていたんですよ。中学のサッカー部のメンバーで集まって、夜にフットサルをして。そのままのノリで深夜に出発して、“チャリ旅”と称して自転車で東京まで行くんです。

T:朝方にお台場に着いたりしてね。

K:そう。今思うと、結構無茶してましたね(笑)。

T:あとは、みんな京都が好きだったので、よく京都旅行にも行っていました。

K:年に1回くらいは行ってたよね。

どうして京都が好きだったんですか?

K:なんか、かっこよかったんですよね。風情があるものに惹かれていたというか。そこは、たぶん4人とも他の人とはちょっと違う感覚を持っていたと思います。

T:いかに「風情を感じたか」を自慢するか、みたいな(笑)。

K:京都に行っても、ずっと4人で行動するわけじゃなくて、あえてそれぞれ個人行動するんですよ。で、夜に宿へ戻ってきて、「今日、俺はこんな風情を感じた」って報告し合う(笑)。

T:それぞれが見つけたものを持ち寄るみたいな。

そこから2014年、28歳のときにTENDOUJIを結成されましたが、なぜそのタイミングで「4人でバンドをやろう」という話になったのでしょうか?

N:本当にシンプルに、ずっとバンドをやりたかったんです。でも、なかなかできなくて。28歳の頃に、なぜか「これがラストチャンスなんじゃないか」と思ったんですよね。今思えば、とっくに遅かったんですけど(笑)。

「これを逃したら、もう本当にバンドはできないだろうな」と思ったタイミングで、4人に「やらない?」って声をかけたんです。当時は正社員として働いているメンバーもいれば、アルバイトをしているメンバーもいて、それぞれ状況はバラバラでした。でも、そこで初めて「やっとバンドができる」と思えました。

ちなみに、28歳になる頃まで、皆さんはそれぞれどんなことをされていたのでしょうか?

K:俺は完全にフリーターでしたね。飲食店で働いたり、コールセンターで働いたり。

O:僕も飲食ですね。

T:僕はドラッグストアで正社員として働いていました。

その頃から、皆さんそれぞれ音楽は好きだったのでしょうか?

K:そうですね。ナオが急に「バンドを組もう」と言い出したのも、決して突発的な話ではなくて。昔から4人とも、なんとなく「バンドをやりたい」という気持ちはあったと思います。

N:当時、4人に共通していたのは、NIRVANAとTHE BEATLESじゃないですかね。めちゃくちゃ聴いてました。もちろん、Dragon Ashも聴いていましたし。

K:Dragon Ashは確かに好きだったんですけど、そこから直接「自分たちもバンドをやろう」とはならなかったんですよね。NIRVANAとか、その辺の音楽を聴いていると、「これなら自分たちにもできるんじゃないか」っていう感覚があったんですよ。Dragon Ashは、当時の自分たちにはちょっと難しそうに感じていた。ミクスチャー的な要素も含めて、何も知らない状態では「自分たちにはできないな」って。そういった意味では、NIRVANAみたいな音楽が、バンドを始めるきっかけのひとつになったのかもしれないですね。

ちなみにバンド始めた当時までに楽器触ったりとか、バンドの経験だったり楽器の経験はあったんですか?

K:ベースのヨシダはクラシックギター教室小学校から通ってて、中学の時に19とゆずが流行ったからアコギを持ってコードを弾くとかはやってて。 でもバンド組むには至らず。エレキとか触ったのがTENDOUJIが初めてみたいな。俺らは。

28歳でバンドを始めるというのは、決して一般的なタイミングではないと思います。当時、不安や迷いはありませんでしたか?

N:不思議なんですけど、全くなかったんですよね。それだけは今でも本当に謎で。28歳で始めることに対して、不安とか迷いみたいなものは全くなかったです。

結成当初のTENDOUJIは、どんなバンドだったのでしょうか?

N:どんなバンドだったんだろう(笑)。めちゃくちゃ下手だったのは間違いないですね。今、当時の映像を見ても「こんなに下手だったんだ」って思うくらい。でも、不思議と演奏が下手なことに対する劣等感は、4人とも全然なかったんですよね。

T:周りからは「ジャンルがよくわからない」って言われることも多かったんですけど、僕たちは自称「サイケバンド」って言ってました。

一同:(笑)。

K:ビジュアル的にも、「なんかありそうなバンドだな」と思わせる雰囲気はあるんだけど、実際には何もない、みたいな(笑)。

TENDOUJIというバンド名の由来を教えて下さい。

N:これ、めちゃくちゃ聞かれるんですけど、本当にごめんなさい(笑)。マジで意味はないんですよ。とにかく、ずっと一緒にいる同級生同士だったので、バンド名を決めるのが一番辛かったんです。誰も言い出せないし、バンドを始めることよりも、バンド名を決めることのほうが大きな問題になっていた。

だって、そこで全部センスが出るじゃないですか。笑いに振ってもダメだし、かっこつけすぎてもダメなのはわかっていたので、「これはヤバいな」と思って(笑)。でも、名前を決めないとライブにも出られない。

当時、僕が中島らもさんの小説をよく読んでいて、その中に“天童寺”という人物が出てきたんです。それを見て、「これでいくか」と思って。メンバーに提案したのがTENDOUJIですね。

T:でも、最初のライブからTENDOUJIだったっけ?

N:ほぼそうだったと思う。

T:俺、ナオが「TENDOUJIにする」って言ってきた瞬間、結構覚えてるんですよ。電車の中でね。関東一連のJRの路線図があって、「浅野って駅がある」とか「吉野ってないの?」みたいなことを見ていたときに、ナオが「TENDOUJIにする」って言ってきたんですよ。だから、そこは覚えてます。

N:本当に覚えてなくて、他になんかどんな候補があったとかも。

これまで10年程活動を続けてきたなかで、変わったと感じる部分はありますか?演奏技術など、具体的な変化も含めて教えてください。

N:技術はもう全然違いますね。最初の映像を見たら、普通に見ていても「全然違うな」ってわかると思います。あとは、酒を飲まなくなりましたね。演奏前に飲むことがなくなった。これは結構大きな変化かもしれないです。最初の頃は、緊張を紛らわせるために、本当に意識がなくなるくらいまで飲んでからライブをやっていたんですよ。「やばい、恥ずかしい」みたいな気持ちを紛らわせるために。でも、さすがに今はもうやらないですね(笑)。

音楽性みたいな部分もなんかあったりしますか?変わった部分だったり、逆に変わんなかった部分だったり。

N:変わっていないのは、やっぱり「メロディーが良くないとダメ」という部分ですね。そこはずっと変わらないと思います。変わった部分で言えば、最初の頃は、今みたいな速い曲はほとんどなかったんですよね。でも、ライブを重ねるうちに、どんどん盛り上がるようになっていって。ライブって、レコーディングした音源で聴くよりも、演奏が自然と速くなるんですよ。前のめりになっていくというか。そうやってライブが盛り上がっていくにつれて、レコーディングする曲もどんどん速くなっていった。それで、「もう速い曲をガンガンやろうぜ」みたいな感じになって、結果的に速い曲がかなり増えていったと思います。あと、レコーディングの仕方も全然違いますね。最初はそもそも、どうやってレコーディングするのかも全くわかっていなかったので。そこも今とは本当に全然違うと思います。最初の頃は、もう本当にヤバかったですよ(笑)。

そういった知識も、最初は独学で学んでいったのでしょうか?

N:いや、最初にレコーディングしたときは、エンジニアさんに一から手取り足取り教えてもらいました。

結成から現在までの約10年間を振り返って、TENDOUJIにとって特に大きかった出来事や転機は何だったと思いますか?

N:僕的には、深夜のイベントにめちゃくちゃ呼ばれるようになった時期が大きかったと思います。当時、DJイベントやパーティーにかなり呼んでもらうようになって。そういうイベントって、すでにお客さんがたくさん入っているじゃないですか。そこで僕たちがライブをすると、すごく盛り上がるんですよ。たぶん、僕たちのノリと、その場にいるお客さんの空気がすごく合っていたんだと思います。みんなお酒を飲んで、盛り上がっていて、その中で僕たちもガッとライブをする。その光景を撮った映像が広がって、「なんかめちゃくちゃ楽しそうだな」って、見てくれる人が増えていったんじゃないかなと思います。

K:あとは、BAYCAMPというフェスも大きかったですね。DJを呼んでいたり、ライブハウスやクラブで行われていたDJパーティーの空気を、そのまま外に持ち出したようなフェスだったので。そこに集まるお客さんや出演者、全体の空気感が僕たちともすごく合っていた。

ちなみにDJイベントに呼ばれていたとのことですが、どういった場所でパフォーマンスすることが多かったのでしょうか?

N:10年くらい前だと、新宿ですね。若い子でごった返していて、今思うと本当にすごかったです。当時、その“New Action!”というにはいろんな人が出ていて、まだ売れる前のSuchmosも出演していました。僕らもそのパーティーがすごく盛り上がっているのを見ていて、その後、自分たちもそこに出演するようになったんです。とにかく人が多くて。僕らが出る日だからとか関係なく、どの日に行っても本当にたくさんのお客さんがいましたね。

長く友人として、そしてバンドとして4人の関係性を続けてこられた理由について、皆さんはどのように捉えていますか?

N:めちゃくちゃシンプルに言えば、「ここに誰かを加えられない」ということだと思います。それくらい、この4人であることが自然なんですよね。

T:すごいスーパーギタリストとかでも、別に入ってんのに入られててもっていうのあるし。

学生時代から続く関係性があるからこその話しやすさや、音楽的な相性も大きいのでしょうか?

N:僕ら自身も、正直まだよくわかっていないんですよね(笑)。最初はナオユキが入る前に、3人でバンドを始めていたんです。当時は僕らもバンドのことを何もわかっていなかったので、ドラムを叩ける上手い人にサポートで入ってもらったことがあって。もちろん、僕らが下手すぎたというのもあると思うんですけど、演奏自体は上手いのに、なぜか合わなかったんですよね。それで、ナオユキは当時ドラムを叩いたことがなかったんですけど、一緒にやってみたら、なぜかすごく合った。最初に音を合わせた瞬間から「合うな」っていう感覚があったんですよね。それが地元で一緒に過ごしてきたからなのか、4人のノリなのか。もしかしたら、そういうところに共通したリズム感みたいなものがあるのかもしれないですね。

結成当初と比べて、現在のTENDOUJIはどんなバンドになったと感じていますか?

N:本当に、バンドのやり方すらわからない状態から始めたので、最初は何もない、ゼロの状態でした。ライブハウスにどうやって出るのかもわからなかったし、自分たちが日本全国を回るツアーバンドになるなんて、当時は全く想像していなかったですね。一つひとつ経験しながら、少しずつ“バンド”になっていった感覚があります。最初からある程度の道筋を予想しながら始める人もいると思うんですけど、僕らの場合は、本当に何も予測していなかった。目の前に起こることを一つずつ経験してそのたびに学んでいく。それを繰り返しながら、今のTENDOUJIになっていったんだと思います。

T:今は事務所にも入らず、自分たちで活動しています。何年か前に事務所を離れたことも、バンドとして一つ成長するきっかけになったと思います。バンドをどう動かしていくのか、いろいろ学ぶこともありましたし。それと同時に、周りで力を貸してくれる人が増えたことも、成長を感じる部分ですね。ずっと一緒にやってくれている人もいますし、新しく関わってくれる人もいる。そうやって、自分たちだけではなく、周りの人たちの力を借りながらバンドを動かせるようになったのも、昔とは大きく変わったところだと思います。

2027年2月、4人にとって初めてとなる日本武道館での単独公演を迎えます。武道館が決まったとき、率直にどんな気持ちでしたか?

N:これは間違いなく4人ともそうだったと思うんですけど、“怖い”というのと、あとは“全然ピンとこない”、というのが一番大きかったですね。

K:本当にピンとこなかったです。あるとき「武道館やろうよ」という提案を受けて。ちょうどその頃、これからバンドとして何をやっていこうか、少し悩んでいた時期でもあったんです。だから、「確かに、こういう大きな目標があったほうがいいな」とは思っていました。ただ僕たちって、2000人も埋められないようなバンドなので。「自分たちが武道館をやる」っていうのは、正直かなり現実離れしていました。

その後、武道館で撮影をしたんですよ。「日本武道館でライブをやります」という宣材写真を撮るために、ちゃんと許可を取って会場に入って。実際に中に立ってみたら、もう単純にデカすぎて。「本当にここでやるんだ」って(笑)。

T:あの瞬間も、全然リアリティなかったよね。

N:なかったね。本当に「ここでやるの?」っていう感じでした。

28歳でバンドを始めた当時の自分たちに、今の4人から言葉をかけるとしたら、何と伝えたいですか?

K:いや、でも当時のあいつらはマジでアホだから、「武道館やるよ」って言われたら、「はい!」とか言いそう(笑)。

N:俺は正直、絶対に信じないと思います。「それはないでしょ」って。そもそも、そんなつもりでバンドを始めていなかったし、武道館なんて想像もしていなかった。僕らって、ずっと地べたにいる感じなんですよ。何か予期せぬことが突然起きて、ポンと飛び上がるようなことは一度もなくて。武道館をやる今も、感覚としてはずっと地べたにいる。

人から見たら「ラッキーだった」と思うこともあるのかもしれないけど、自分たちとしては、そういう感覚もあまりなくて。だから、当時の自分に「武道館やるよ」って言っても、たぶん信じないと思います。とにかく(笑)。

T:俺は「武道館やるよ」って言われたら、そこで安心して全部サボり始めそう(笑)。

一同:間違いない(笑)。

T:「今までのことは全部忘れていいよ」みたいに言われたら、普通に信じちゃうと思う。

N:すごい想像力だな(笑)。いや、でも間違いない。俺も自分だったら絶対そうする。

K:「いいよ、いいよ」ってなって、適当にやっちゃいそう(笑)。

T:「成功するんだ」って思っちゃうから。だから、ちゃんと武道館のヤバさは伝えたいですね。

K:でも、当時の俺だったら「武道館やる」って聞いたら、いろいろ想像して泣いちゃうかもしれない。2人で泣きながら肩組んでると思う(笑)。

O:どうなんだろう。僕は逆に、「成功してから言え」みたいな、厳しいことを言われそう(笑)。

これからのTENDOUJIにとって、武道館はひとつの大きな節目になると思います。その先、4人でどんなことをやっていきたいですか?

N:結構前から掲げていることではあるんですけど、やっぱり松戸で何かやりたいですね。この前、僕らが昔から参加していた地元のお祭りに、初めてバンドとして出演したんです。昔はそこで毎年焼きそばをやっていたんですけど、今回はバンドとして出て。すごくたくさんの人が来てくれて、めちゃくちゃ楽しかったんですよね。

その延長線上というか、地元でフェスみたいな大きなお祭りを、いつか自分たちでやりたいと思っています。地元の友達もたくさん集まってくれるし、そういう機会って意外とすごくいいなと思っていて。音楽が好きな人たちにも松戸まで来てもらって、「このお祭り、面白いじゃん」って思ってもらえたらいいですよね。そういうことをやってみたいです。

皆さんにとって松戸とはどんな場所ですか?

K:生まれた場所であり、死ぬ場所でもあるって感じかな。

N:まず、東京からめちゃくちゃ近いんですよ。電車ですぐ行ける距離だから、今日もこのあと松戸にいる先輩の店に飲みに行くんですけど、パッと行ってパッと帰ってこられる。でも、そういう距離感も含めて、最近は松戸のことが好きになった気がします。昔より今のほうが好きかもしれない。昔はもう、出たくて出たくてしょうがなかったんですけどね。

O:僕はまだ実家もあるし、地元の友達もまだいるので。やっぱり「帰る場所」っていう感じですかね。ただ、松戸駅の周辺はあんまり好きじゃないです(笑)。治安が悪くて。

T:僕は、ホームタウンっていう場所が自分にあったことに、最近気づけたことがありがたいなと思います。

TENDOUJI
モリタナオヒコ、アサノケンジ、ヨシダタカマサ、オオイナオユキの4人からなるロックバンド。千葉県松戸市・新松戸で育ったメンバーは、中学時代にサッカー部を通じて出会い、高校進学後も地元に集まり交流を続けていた。2014年、28歳のときにTENDOUJIを結成。結成当初はバンドとしての経験も演奏技術もない状態からスタートし、ライブやレコーディングを重ねながら独自の音楽性を形成。NIRVANAやTHE BEATLESなどの影響を背景に、ジャンルに縛られない自由なサウンドと、ライブで生まれる高揚感を武器に活動を続けてきた。2027年2月19日には、初となる日本武道館での単独公演を開催予定。松戸で育った4人が、28歳から始めたバンドを10年以上にわたって続け、現在のTENDOUJIへと歩みを進めている。

TENDOUJI “日本武道館”単独公演『EASYPUNK』
日程:2027年2月19日(金)
会場:日本武道館(東京)
開場:18:00/開演:19:00
チケット:イープラス
料金:
天童児VIP/15,000円(税込)
一般/8,800円(税込)
Under22/5,000円(税込)
Under18/2,500円(税込)
※小学生以上有料。未就学児童は保護者同伴の場合に限り無料(大人1名につき子ども1名まで膝上可。座席が必要な場合はチケットが必要)。
※Under18・Under22チケットは入場時に年齢確認あり。身分証明書の持参が必要。
※天童児VIPは前方シートでの観覧および、記念ブックレット、ミサンガ、ビブス、ワッペンなどのお土産付き。

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