Our Legacy ヨックム・ハリン──北欧の思想、Goldwin との歩み | Interviews

半生が編み上げるファッションとスノーカルチャーのあいだ

ファッション
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19世紀、ノルウェー南部・テレマーク地方。厳しい冬を生き抜くための移動手段であり、同時に遊びとして育まれたスキーは、やがて北欧の精神性そのものを映し出す文化へと昇華していった。凍てつく空気の中で身体を動かすことは、生きることそのものと直結する。クロスカントリー、ジャンプ、アルペン、スノーボード。その多様に枝分かれしていった遊びの背景には、自然と対話しながら合理性と美しさを追求する北欧特有の思想があると言える。20世紀に入り、ウィンタースポーツは競技として国際化し、冬季オリンピックという舞台で世界的な熱狂を生み出した。だがその根底にあるのは、今も変わらぬ“自然と共にある身体”という自由そのものを忘れさせない考え方だ。北欧諸国において、スキーは観戦するものではなく、日常の延長線上に存在する。

スウェーデン・ストックホルム発のブランド〈Our Legacy(アワー レガシー)〉共同創設者であるヨックム・ハリン(Jockum Hallin)も、ウィンタースポーツの虜となった1人だった。北欧的ウィンタースポーツ・カルチャーの文脈において、ファッションは決して表層的な装いに留まらない。過酷な環境に適応するための構造、素材に対する徹底した理解、そして無駄を削ぎ落とした先に立ち現れる美意識。そのすべてが、衣服を“着るもの”から“機能するもの”へと押し上げてきた。スキーウェアは、そうした思想を体現する存在だ。雪山という極限のフィールドで培われた合理性は、やがて都市へと持ち込まれ、日常着とアウトドアウェアの境界を静かに溶かしていく。自然と都市、身体と環境。そのあいだを往復する衣服のあり方こそが、北欧におけるウィンタースポーツとファッションの関係性を雄弁に物語っている。

そんな彼にとって、自身のブランド〈Our Legacy〉が〈Goldwin〉とコラボレーションするという事実は、単なる協業の域に留まるものではない。それは、スウェーデンという文化的背景と、彼自身の半生によって培われてきた感性が交差する必然的なプロセスでもある。ウィンタースポーツのカルチャーとファッション。そのあいだに引かれてきた境界線は、今回の試みによって静かに溶解していく。機能と美意識、自然と都市、身体と衣服。異なる領域として捉えられてきた要素が再び結び直されることで、新たな衣服の在り方が立ち現れる。

今回『Hypebeast』では、ヨックム・ハリンの言葉と、インタビュー当日は参加できなかったものの今回ルックに出演した元スウェーデン代表のスキープレイヤー インゲマー・バックマンから頂いたコメントを手がかりに、彼の幼少期の記憶から現在に至るまでの歩みを辿りながら、ウィンタースポーツとファッションがどのように結びついてきたのかを探る。北欧の文化と個人的な体験が交差する地点に立ち現れる、衣服の新たな在り方を浮かび上がらせていく。


何が必要で、何が不要なのかは、感覚的に分かっていた

Hypebeast:まず今回のコラボレーションに至った経緯を教えてください。

Jockum Hallin(以下J):きっかけは、本当に自然な流れでした。共通の知人や友人を通じて、以前からGoldwinとは接点があったんです。お互いに“何か一緒にできたらいいよね”という話は長くしていて、ただ、タイミングとコンセプトをじっくり待っていた、という感覚ですね。

今回のコラボレーションは「スキーウェア」と「ファッション」のどちらかに収まらないものだと感じます。Jockumさんは、このプロジェクトをどのような文脈で捉えていますか?

J:まさにその通りですね。今回目指していたのは、ひとつの用途に限定されない、より“多面的”なプロダクトをつくることでした。僕たちはスキーを含めてさまざまなスポーツを楽しみますし、同時に都市でも、森でも、山でも時間を過ごします。競技としてのスポーツだけでなく、ハイキングをしたり、自然の中で過ごしたり。そうした幅広いシーンに対応できるアイテムが欲しかったんです。特定の用途に特化したウェアではなく、できるだけ多くの場面で着られる服。100着のジャケットを持つよりも、本当に信頼できる数着を、長い時間とさまざまな状況で使えるほうがいい。シェルジャケットやベスト、バッグやハットといったアイテムは、まさにその考え方のもとでデザインしています。サロペット型のパンツはやや用途が限定されるかもしれませんが、それも制限というより選択肢のひとつ。基本的には、タウンユースからアウトドアまで自然に行き来できるものを目指しました。

一般的なスポーツウェアの要素を取り入れつつ、Our Legacyの文脈へと落とし込んだということでしょうか?

J:そうですね。機能面においては、山で使える“本物”のスポーツウェアとしての要素をしっかり備えています。ただ、その上で優先したのはOur Legacyとしての佇まいでした。一般的なスポーツ用のシェルジャケットは、細身で着丈が長く、雪の侵入を防ぐために非常に合理的な設計がされています。でも今回は、その定石に従うのではなく、ややクロップドでボックス型のシルエットを選びました。中にフーディやレイヤーを着込める余白を持たせることで、動きやすさとスタイリングの自由度を両立させたかったんです。遠目から見ても「これはOur Legacyのジャケットだ」と分かること。その微妙なバランスを探る作業には、特に神経を使いました。

ちなみにヨックムさんは、Goldwinにどのような印象をお持ちでしたか?

J:たぶん10歳になるかならないか、もっと幼い頃から知っていました。特にスウェーデンでのGoldwinは、最初に思い浮かぶイメージは、“トップスキーヤーが着ているウェア”でした。たとえば、アニャ・オルソン(Anja Olsson)。彼女はクロスカントリースキー選手で、スラロームでもダウンヒルでも、すべてを制したスウェーデンのレジェンドですし、インゲマル・ステンマルク(Jan Ingemar Stenmark)もそう。世界的なスキーレジェンドたちが、当たり前のようにGoldwinを着て競技に出ていた。だからスウェーデンでは、Goldwin=最高峰レベルの競技ウェア、という認識がすでにありました。

スウェーデンではGoldwinは非常に身近な存在だったんですね。

J:そうですね。Goldwinは、僕にとってかなり自然に生活の中に存在していました。これは自分自身の記憶というより、家族から何度も聞かされてきた話なんですが……。僕が洗礼を受けた日、家族全員が集まっていたんです。でもその日は、インゲマー・ステンマルクが滑る日(試合の日)でもあった。みんな一刻も早く家に戻って、テレビの前で彼を応援したかった(笑)。そして、その時に彼が着ていたのが、やはりGoldwinでした。だから僕にとってGoldwinは、“ブランド”というよりも、スウェーデンのスキー文化そのものの風景の一部として、ずっとそこにあった存在なんです。

そうした背景を踏まえて、今回のプロジェクトには具体的にどのような影響がありましたか?

J:今回のコラボレーションは、どちらかというととても“個人的な側面”から始まっていると思います。僕は大げさではなく、山と一緒に育ってきたような感覚があって、子どもの頃からずっとスノーボードをしてきました。一時期は、スノーボードを中心に人生を考えていたほどで、それが生活のすべてだった時期もあります。その中で、本当にたくさんのウェアを着てきました。さまざまなブランド、素材、シルエット、クオリティ。実際に着て、滑って、動いてみることで、どんな形がいいのか、どのくらいのボリュームが必要なのか、自分にとって何が一番パフォーマンスにつながるのかを、自然と身体で理解してきたんです。だから今回、自分自身のスノーボードウェアをつくる機会を得たとき、何を求めているのかは明確でした。特別に“研究”してきたわけではありませんが、長い時間をかけて試し続けてきた結果として、答えはすでに自分の中にあったと思います。

また僕が13歳の頃には、自宅の外にジャンプをつくって毎日のように滑っていましたし、その数年後も変わらずスノーボード中心の生活でした。ほとんど毎日スノーボードウェアを着て過ごしていたような感覚です。だから、何が必要で、何が不要なのかは、感覚的に分かっていた。Goldwin、そしてGORE-TEXという確かなテクノロジーと一緒に、自分が本当に欲しいスノーボードウェアを形にできたことは、個人的にもとても特別な経験でした。

写真を見れば一目で“何年頃か”が分かるくらい、スノーボードファッションの変化が速かった

時代で言うと90年代頃でしょうか。当時のスウェーデンにおいて、スノーボードはどのような価値観を持つカルチャーで、ライフスタイルにどんな影響を与えていましたか?

J:当時のスノーボードは、本当にニッチな存在でした。やっている人は多くなく、完全にアンダーグラウンドなムーブメントという感覚でしたね。コミュニティもとても小さくて、国内でスノーボードをしている人たちは、ほとんど全員が顔見知り。大会を追って山から山へ移動しながら、同じメンバーが各地で集まる。まるで、小さなインディーズバンドのシーンを追いかけているような感覚に近かったと思います。ただ、それが舞台をライブハウスではなく、雪山に移しただけ、というような。ですがある時期を境に、スノーボードは一気に注目を集め始めました。MTVが映像を撮り、競技は大型化し、賞金も跳ね上がった。そうなると、企業も次々と参入してきます。Red BullやCoca-Colaといった大手ブランドが大会を開催し、シーン全体が急速に拡大していきました。アンダーグラウンドだったスノーボーダーたちは、いつの間にか“ロックスター”のような存在になっていったんです。小さなカルチャーが、一気にメインストリームへと押し上げられていく。その変化を、僕は内側から体験していました。

Ingemar Backman(以下I):1998年の長野オリンピックに出場したとき、スウェーデンチームには開会式用として、かなり大きくて鮮やかな(Goldwinの)イエローのパフィーダウンジャケットが支給されました。みんなそれを着て入場行進に臨んでいましたね。一方で競技のときは、より自由に動ける服装を選んでいて、ブルーのスノーボードパンツにスウェットシャツという組み合わせで滑っていました。そのパンツはフィット感がすごく良くて、当時とても気に入っていたのを覚えています。

インゲマーさんにとって、1998年のオリンピックとGoldwinのチームスーツは、どんな記憶として残っていますか?

I:当時のスウェーデンのスノーボードは、スケートボードやサーフィン、そして主にカリフォルニアのスノーボードシーンからあらゆるインスピレーションを受けていました。音楽やファッションもカルチャーの重要な一部で、パンクロックの要素が強かったですね。当時は多くのスキー場がまだスノーボードを認めておらず、だからこそ「クールなもの」だったんです。スウェーデンのスノーボーダーたちは、既存のスポーツ界や社会のルールに従わない“はみ出し者(misfits)”が集まった、一つの大きな家族のような存在でした。誰かにコーチされることもなく、服装や振る舞いを指図されることもない。自分たちのやり方で世界を旅し、滑り、生きる術を自然と身につけていきました。その経験が、僕たちを個人として強く成長させてくれたと思いますし、世界中に一生続く友人ができたのも、あの時代のおかげです。当時の社会では僕たちの服装は受け入れられなかったかもしれませんが、その分、早い段階で“他人の目を気にしない”ことを学べた。それこそが、自分らしく生きるための、とても大切な価値観だったと思います。

ちなみにヨックムさんがスノーボードを始めたきっかけは何だったのでしょうか?

J:本当に小さい頃からスキーはしていました。でも10歳か11歳くらいの頃、山で偶然“板に乗って滑っている人”を見かけたんです。当時、スノーボードはほとんど見かけない存在で、とにかく珍しかった。僕はスケートボードもやっていたので、「あれは何なんだ?」と一気に惹かれました。そのシーズンは試すことができなかったんですが、翌年、家族と同じ山を訪れたときに、レンタルショップに数本だけスノーボードがあった。まだ専用のブーツもなくて、スキーブーツのままボードに乗り、ポールを使いながら必死にバランスを取っていました(笑)。そして12歳のとき、クリスマスプレゼントとしてスノーボードをもらったんです。それが決定的でした。「あ、これだ。自分がやりたいのはこれだ」と、はっきり分かった。たぶん92年か93年頃ですね。当時は、山で他にスノーボードをしている人を見かけるだけで、自然と声をかけていました。「こんにちは」って。それだけで、もう友達になる(笑)。それくらい、スノーボードはまだ珍しく、少数派のカルチャーだったんです。

競技の枠を超えて、ファッションやライフスタイルにまで影響を及ぼすほど、ウィンタースポーツは大きなカルチャーになっていると感じます。多くの人は、どのあたりにその魅力を見出しているのでしょうか?

J:すべての人に当てはまるわけではありませんが、一般論として言えば、スウェーデンではほとんどの家族が、毎年1週間ほどスキー旅行に出かけるのがごく普通のことなんです。小さな山から大きな山まで、費用も場所もさまざまですが、どこかしらの山で雪の中の時間を過ごす。それが毎年の習慣になっている。北部の山の近くに住んでいる人たちは、仕事終わりにナイトスキーに行ったり、週末に気軽に滑ったりしますし、南部に住んでいる人たちは、学校の休暇を利用して北へ向かう。距離や頻度には差があっても、“一年に一度は雪と向き合う”という感覚は、多くの人に共通しています。またクロスカントリースキーは、むしろそれ以上に身近かもしれません。都市部でもコースが整備されていて、ストックホルムのような街の中でも、雪が積もれば誰でもすぐにアクセスできる。実際、スキー板を履いて通勤する人もいるくらいです(笑)。だからスキーは、特別な競技というより、生活の延長線上にあるもの。山を滑り降りる行為だけでなく、自然の中で身体を動かすこと自体が、ごく自然な文化として根付いている。その感覚が、ウィンタースポーツがファッションやライフスタイルへと広がっていく理由のひとつだと思います。

そういった時代に育まれたスウェーデンのウィンタースポーツのカルチャーは、現在のファッションやアウトドアの在り方にどのように影響していると思いますか?

J:スウェーデンは自然がとても身近にある国で、アウトドアやスキーウェアが“特別なもの”ではなく、日常の延長として存在してきました。Fjällräven(フェールラーベン)やHaglöfs(ホグロフス)、Klättermusen(クレッタルムーセン)のように、用途や思想の異なるアウトドアブランドが数多く生まれているのも、その需要が生活の中に根付いているからだと思います。80〜90年代を振り返ると、当時の服装はとてもカジュアルでした。学校に行くときも、スキーっぽいジャケットを着ていたり、Salomonの大きなロゴが入ったバックパックを、ほとんどの子どもが背負っていたり。山で着る服と街で着る服の境界は、今よりずっと曖昧だったんです。

そこにスノーボードが入ってきたことで、状況は少し変わりました。スキーにはあまり“態度”や“主張”がなかったけれど、スノーボードはスケートボードの文化的要素を兼ね備えていた。動きやすさはもちろん、自分のスタイルやパーソナリティをどう見せるかが重要になった。バギーでオーバーサイズなシルエットから、ロックンロール的な細身のスタイルまで、ファッション性が一気に前面に出てきたんです。90年代は、写真を見れば一目で“何年頃か”が分かるくらい、スノーボードファッションの変化が速かった。でも今は、バギーも細身も、すべてが同時に成立している。ひとつの正解がなくなって、山でも街でも、自分なりのスタイルを自由に選べるようになった。それはすごく健全で、スウェーデンらしい進化の仕方だと思っています。

決められた正解があるわけではなく、自由な感覚で着こなす

お二人が最初に出会ったとき、互いにどのような印象を持っていましたか? その関係性は今回のプロジェクトにどう繋がっていますか?

J:インゲマー・バックマンは僕にとっての“ヒーロー”でした。彼は僕より4歳ほど年上で、スウェーデンにおけるスノーボードのパイオニア的存在。シーンを前に進めるために、常に新しいことに挑戦してきた人です。彼は、スウェーデンにあるスノーボード専門の高校、いわば“スノーボード・ジムナジウム”の第一期生でもありました。通常の授業に加えて、年間の一定日数をインストラクターとともに滑る、当時としては画期的な制度です。僕はそれを見て、「自分もそこに行きたい」と本気で思っていました。当時、彼や同世代のライダーたちは、まだ若いうちにプロとして頭角を現し、学校を辞めて世界中の大会を回ったり、アメリカのスノーボードブランドと契約して映像作品に出演したりと、一気に“スター”になっていった。でも、インゲマーは少し違っていた。彼はただ成功するだけじゃなくて、常に好奇心を持ち続けていて、とてもクリエイティブだった。滑りのスタイルも独特で、そこに確かな美意識とセンスがあったんです。子どもの頃の僕にとって、その姿勢は圧倒的に魅力的でしたし、今でも特別な存在であることに変わりはありません。そういうリスペクトがあったからこそ、時を経て同じ目線で一緒にものづくりができている。今回のプロジェクトは、長年積み重なってきた価値観や感覚が自然につながった結果だと思っています。

改めてキャンペーンビジュアルを⻑野県・野沢温泉で撮影することになった背景を教えてください。

J:日本には本当に多くの山とスキーエリアがありますよね。国際的な視点で言えば、やはり北海道やニセコは“いつか行ってみたい場所”として憧れの存在です。ただ同時に、長野や白馬、野沢といったエリアの話も耳にしていて、以前から強い興味を持っていました。東京から新幹線でわずか2時間で、あれだけ美しい山の景色にアクセスできる。その近さは、とても魅力的でした。何度も東京には来ていましたが、そこから少し足を伸ばすだけで全く違う世界が広がる。そのコントラストに惹かれたんです。Goldwinは野沢にゆかりのあるアスリートたちと強いつながりがあって、今回滞在したロッジのオーナーであるKazuもそのひとり。元アルペンスキーヤーで、現在はGoldwinのフリースキーヤーとして活動しています。彼がこの場所を所有していて、ローカルならではの視点でガイドしてくれた。そうした人的なつながりがあったからこそ、撮影もスムーズに進みました。

1998年、スノーボードが初めてオリンピック競技となったその地で、撮影を行うことには、どんな意味を込めていましたか?

J:1998年にスノーボードがオリンピック競技として採用されたことは、当時のシーンにとって非常に象徴的で、同時に“二面性”を孕んだ出来事でした。公式競技として認められたことを喜ぶ声がある一方で、スノーボードは本来もっと自由で、反骨的で、枠に収まらないものであるべきだと考える人も多かった。実際、当時のトップライダーの中には「オリンピックには出ない」と明確に意思表示をした者もいました。その代表格がインゲマー・バックマンだったのです。彼も当初は参加を拒んでいました。国やルール、ユニフォームに縛られること自体が、スノーボードのスピリットとは相容れないと感じていたからです。でも最終的には、父親から「これは大きな名誉だ」と背中を押され、考えを変えた。結果的に彼はオリンピックに向き合い、その舞台に立つことを選びました。自由と制度、カルチャーと競技、その狭間で揺れていたスノーボードの歴史。その緊張感や矛盾こそが、このカルチャーを形づくってきた。今回この地で撮影したのは、その“境界線”そのものを、もう一度見つめ直したかったからなんです。

これは入場行進のときの写真なんですが、後ろの選手たちを見ると分かるように、全員きちんとキャップを被っているんです。でもインゲマーだけは、それをあえて逆向きに被って入場した。たったそれだけのことだったんですが、大きな問題になって、「それなら出場できない」というところまで議論が発展したそうです。オリンピックという場は、すべてが厳格なルールに管理されている。その経験を通して、改めて「これは自分たちが愛してきたスノーボードのスピリットとは、やはり距離がある世界だ」と彼は話していました。これはインゲマー自身のエピソードですが、当時のスノーボードシーンが抱えていた違和感を象徴する出来事だったと思います。

でも、そのエピソードこそが、彼のスタイルを象徴しているようにも感じます。そうした既存の枠にとらわれない姿勢やクリエイティビティの在り方は、ヨックムさんが強く共感している部分でもあるのではないでしょうか?

J:そう言っていただけて嬉しいです。まさにその通りで、Our Legacyにもさまざまなイメージが先行していますが、それとは関係なく、着る人それぞれが自分なりの解釈で楽しんでくれることが一番大切だと思っています。決められた正解があるわけではなく、自由な感覚で着こなす。その“Free Spirit”こそが、僕たちの根底にあるものですね。

今回のコレクションを通して、日本の読者に最も伝えたいメッセージは何でしょうか?

J:このコレクションで伝えたいのは、すべてを揃えて着る必要はないし、気に入ったピースをひとつ取り入れるだけでもいい。サイズを上げてルーミーに着てもいいし、ジャストサイズでシャープに着てもいい。どう着るかは、完全にその人次第です。自分なりの解釈で自由に楽しむこと、それ自体がこのコレクションの本質だと思っています。また今回、私にとって初めて日本の山を訪れる経験でもありました。日本の雪のクオリティ、ゲレンデのすぐそばで食べる温かい食事、温泉やロッジでのもてなし。そのすべてが特別で、360度どこを切り取ってもインスピレーションに満ちていました。スノーボードやスキーだけでなく、文化や人の温かさも含めた体験として、きっと一生忘れられないものになると思います。

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