『バックルームズ』の監督 ケイン・パーソンズが語る、長編映画への進化 | Interviews
あの居心地の悪さはどこから来るのか──ケイン・パーソンズが、その創作の裏側を明かす
『バックルームズ』の監督 ケイン・パーソンズが語る、長編映画への進化 | Interviews
あの居心地の悪さはどこから来るのか──ケイン・パーソンズが、その創作の裏側を明かす
見覚えがあるのに、どこかがおかしい。
誰もが1度は目にしたことがあるような黄色い壁、無機質な蛍光灯、そして果てしなく続く部屋。2019年に『4chan(英語圏の匿名掲示板)』へ投稿された1枚の画像から生まれ、やがてインターネット上で巨大なミームへと発展した『バックルームズ』。そこに潜む不気味な違和感を、独自の3DCGと映像表現によって形にしたのが21歳の若きクリエイター ケイン・パーソンズ(Kane Parsons)だ。
『YouTube』上で公開された短編映像から始まったパーソンズの『バックルームズ』は、やがて「A24」とのタッグによる長編映画へとたどり着く。一方で、本人は映画化という可能性に対して決して楽観的ではなかった。新しい媒体、新しい制作環境によって、自分が作ってきた世界が変わってしまうことを危惧していたという。
それでも彼は、これまでデジタル上にしか存在しなかった世界を現実のセットとして“存在”させ、長編映画という新たなスケールへと『バックルームズ』を拡張した。
今回『Hypebeast Japan』では、来日したパーソンズにインタビューを敢行。ネット上のミームから始まった『バックルームズ』は、なぜこれほどまでに人を惹きつけ、そして恐怖させるのか。映画化によって何が変わり、何を変えなかったのか。パーソンズ自身の言葉から、その世界の成り立ちとクリエイティブの裏側を紐解いていく。
Hypebeast:長編映画化のアイデアが最初に出たとき、どう思いましたか?
ケイン・パーソンズ:今回の映画化は、ある瞬間に突然決まったというより、何カ月も『YouTube』シリーズを作り続ける中で徐々に色々な人から声をかけてもらって進んでいった結果でした。最初は「グラフィックノベルにしないか」という話だったり、「映画化できるかも」という漠然としたアイデアだったりしたんです。でもその間も、僕自身はずっと『YouTube』シリーズを作っていて、映画化というアイデアに完全に飛び込むことはしませんでした。というのも、新しい媒体に移して、新しいパートナーやスタジオを後ろ盾につけることで、プロジェクトに何が起こるのかかなり懐疑的だったからです。色々なことが関わってきますし、たいていの場合うまくいかなくなります。だから、僕は慎重でした。
2022年は1年間ずっと『YouTube』版を作っていましたが、年末には気持ちの整理がつき、翌年の初めには「A24」との契約に向けて動いていると発表できました。つまり、「徐々に受け入れていった」というのが答えですね。
そもそも一連の『バックルームズ』のコンセプトはどこから着想を得たのですか?
大元のコンセプト自体は僕が考えたものではなく、2019年5月に『4chan』に投稿されたアイデアが発端です。僕の周りにいた同世代のクリエイターたちの間でも話題でしたし、その時期にネット上でかなり大きなミームになっていました。
それがきっかけの1つとなって、「リミナルスペース(境界空間)」の写真がオンラインでかなり多く見られるようになったと思います。「リミナルスペース」の写真を不気味な音楽と一緒にまとめた動画もたくさんありました。つまり、そこには『バックルームズ』というアイデアはあったけれど、ストーリーはありませんでした。ある種のトーンや、視覚的な神話性はあったけれど、方向性もなければ明確な内容もなかった。
そこで僕が始めたのは、何年かかけて身につけていた3Dのスキルを使って単なる画像ではなく映像というフォーマットでその雰囲気やビジュアル言語を表現できないか、ただ楽しみながら試してみることでした。
それが結果的にかなりうまくいって、そこに僕が持っていたSFのコンセプトを組み合わせることで、物語の軸を与えました。そこから先は、自然といろいろなものが広がっていった感じです。
『YouTube』の動画制作と長編映画制作ではプロセスが全く異なると思います。実際に制作してみて最大の違いは何でしたか?また、難しかった部分も教えてください。
1番大きかったのは、間違いなく「人」の部分です。
僕はプロジェクトとしての『バックルームズ』について、知り得ることはすべて知っています。でも、ミーティングに行って、そのすべてをいきなり相手に投げつけるわけにはいきません。自分と同じ背景を持っていない人たちにも、どうすればきちんと理解してもらえるのか。そこが本当に難しかったです。
僕は、ARG(代替現実ゲーム)やウェブシリーズのようなインターネット上で展開されるストーリーテリングに大きな影響を受けています。でも、僕と一緒に仕事をする人たちの多くはそうしたバックグラウンドを持っていませんでした。だからこそ、「このプロジェクトは、本気で向き合う価値のある作品なんだ」ということを、彼らに証明したり、実際に示したりする必要があったんです。
すでに1億人以上の人がこのシリーズを追ってくれていたので、元からあったアイデアをすべて無視してゼロから別の脚本を作るようなことはできませんでした。だから、シリーズを知っている人たちが見ても映画が『YouTube』シリーズと直接つながっていると感じられるように、制作の計画段階からかなり細かく考える必要がありました。
長編映画にするにあたって、最も大切にしたかった「バックルームズらしさ」は何でしたか?
「観客がどう体験するか」です。
コンセプト自体はいろいろな伝え方ができるものですが、『YouTube』シリーズは「ファウンド・フッテージ(発見されたビデオ映像)」形式で、そこから離れたときに何が失われてしまうのか、僕はずっと気にかけていました。映画の中でも「ファウンド・フッテージ」のパートは特に効果的だと感じていて、もしかしたら「バックルームズはファウンドフッテージという形式でこそ最も力を発揮する」という考え方も成り立つのかもしれません。ただ、そこはまだ自分の中でも確信が持てていません。
それでも、僕たちが目指していたのは、誰かがその場所を歩いて探索していくような、一人称視点のビデオゲームに近い体験の質感を保つことでした。だから長編映画では「ファウンド・フッテージ」そのものにはできないけれど、できる限りそれに近づけようとしています。POVショットを多用し、編集のテンポもゆっくりにして映像に「呼吸」をさせることで、まるで一緒にその空間を歩いているかのように感じられるようにしています。速いジャンプカットを重ねて瞬間移動しているように見せるのではなく、本当にゆっくりとその人と一緒に空間を這うように進んでいくような映像にしたかったんです。
そこにいることを受け入れて心の平穏を見つけるまで、ひたすら瞑想すると思います。だって、もう出られないだろうと思うから
映画制作にあたり、実際に物理的な“バックルーム”のセットを作られたそうですが、それによって新たな発見やアプローチの変化はありましたか?
制作面では、間違いなくありました。実際のセットがあることは、俳優たちがその空間の雰囲気を作り上げるうえで非常に重要だったと思います。実際にその空間にあるものすべてに触れることができるというのは演技に大きく影響しますし、演じるうえで特別な何かを与えてくれるんです。
一部の空間を広げるためにCGIも使いましたが、誰かが“バックルーム”に触れるシーンはすべて、実際に作り込んだセットの中で撮影しています。
このような環境に身を置くことで、俳優やスタッフの意識そのものが変わるんです。どこか奇妙な、循環していくような感覚があって、明らかにフィクションであるにもかかわらず、まるでそこにはノンフィクション的な何かがあるように感じられる。実際にそこで制作していると、そうした「本物らしさ」を感じるんです。
一見見慣れているようで根本的にどこかおかしい、あの空間の不安感をどう作り出していますか?個人的には、あの部屋の「黄色」が気になっています。
あの黄色は、元になったオリジナルの画像から生まれたものです。あの画像が実際にどこで撮影されたのかは2024年になってようやく特定されたのですが、それは改装中で解体されている最中の家具店だったんです。壁も実は黄色ではなくて、カメラのホワイトバランスによって、あのように見えていただけなんですよ。
でも、『バックルームズ』が何年にもわたって黄色い空間として知られてきた以上、もうこの空間と黄色を切り離すことはできません。だから僕なりの『バックルームズ』では、実際に温かみのある黄色を採用しています。ただし、それは心地よい温かさではなく、かび臭くて古びた感じ、黄ばんだ感じというか、何かが腐っていくような感じというか。建築的には、1970年代のアメリカのインテリアデザインを意識していました。吊り天井や、特定の種類のカーペットなどを使って、あの独特のムードを作り上げようとしました。
そして不安感を作り出すことについてですが……それはやっぱり、キャラクターをどう空間の中で導いていくか、という部分だと思います。キャラクターが角を曲がる前に、観客にその先の空間を見せないようにしているんです。サウンドデザインも空間を感じさせる上で大きな役割を果たしていて、床のかすかな軋みとか、そういう細かい要素の積み重ねが、もし自分が本当にひとりでその場に立っていたら聞こえるだろう音、見えるだろうもの、感じるだろうことに、観客を近づけていくんです。あのブーンという音があるにもかかわらず、実はすごく静かで、その静けさの中で空間の小さな変化に気づいてしまう、という感じですね。そういった小さい工夫や要素が不安感を作り出していると思います。
先ほどおっしゃられたように、『バックルームズ』では音も重要な要素だと思います。サウンド面でこだわった部分についてもう少しお聞かせいただけますか?
まずサウンドデザイナーのエウジェニオ(Eugenio Battaglia)と僕で、蛍光灯のブーンという音や、床が軋む音、部屋そのものの環境音といった、本当にシンプルなアンビエンス音だけに数週間にわたって取り組みました。
劇伴に関しても、エド(Edo Van Breemen)と共同で制作していたのですが、サウンドデザインの中でほとんど形を変えていきました。音楽を削除したり、大量にリバーブをかけたり、ルームトーンに変換したり……ある意味、音楽がサウンドデザインの中に溶け込んでいったというか、サウンドデザインこそが1番重要なレイヤーだったんです。
僕らは音楽をバラバラに解体して、あらゆる奇妙なことを施しました。それは、聞いている人の耳が「今聞こえているのはその空間そのものの音なのか、それともスコアの一部なのか、あるいはその両方なのか」と迷うような、微妙な境界線上を歩くためです。僕らが本当に求めていたのは、自然で、作り込みすぎていない、いわば「音響的に嘘のない」感覚だったと思います。もし隣の部屋で何かが起きていたら、その床材の安っぽさそのものも、振動を通して感じられるような、そんな感じの。
『バックルームズ』の恐怖は、中にいる「何か」よりも、「なぜそこにいるのか分からない」という文脈の欠如から来ているように思えます。恐怖の核心は何だと思いますか?
まさにおっしゃる通り、「文脈の破壊」です。明らかに人間が作った空間なのに、その大きさからして誰にも作れたはずがなく、あまりに支離滅裂だから誰も作ろうとも思わなかったはずの空間。だからほとんど瞬時に、脳は「これは一体何なんだ?」ということを説明するために、理論や疑問をひねり出そうとし始めるんです。でも、脳がどうしても辻褄を合わせられない。それによって、今多くの人が感じているものと非常に近い精神状態に脳が置かれることになるんだと思います。
今多くの人が感じている精神状態、とはどのようなものなのでしょうか?
それは、私たちの技術・産業システム全体が過剰に最適化されていくことから来る不安や苦痛です。これは新しい現象ではなく、ある意味ずっと昔から起きていたことだとも言えますが、今、世界で文化的にも共通の話題になりつつあると思います。あらゆることにかかる時間を減らし、あらゆることに必要な人間同士の関わりを減らし、あらゆることに必要な肉体的・精神的な労力を減らしていく……そうした結果、本来あった文脈が失われ、人間の神経系に負荷をかけているんです。
そこには何か壮大な目的があるように感じられる一方で、恐ろしいのは、もしかしたらそんな大層な目的などなくて、ただ集団的な心理的グリッチのようなものが起きているだけかもしれない、ということです。私たちは地球規模でフィードバックループを作り出しつつあるのかもしれなくて、『バックルームズ』はそれの、もっとパーソナルで親密なバージョンなのかもしれません。要するに、これはノイズの中に意味を探し求めることなんだと思います。
『Youtube』シリーズと比べて映画版ではより明確な物語が語られてると思いますが、観客の想像に委ねる部分と、明確に描く部分のバランスはどのようにとりましたか?
実は『バックルームズ』には、あえて語られていないアイデアがものすごくたくさんあります。そして、仕組みとしてはそれが正しいあり方だと考えています。
映画の中では、この空間がどう機能しているのかを理解するために十分な情報を見せていると思います。ただ、それが一体何なのかまでは説明されていないので正確には分からない。でも、その余白が「もしかしたら、どこかに自分の子供時代の寝室とまったく同じようなバックルームズの空間があるんじゃないか」という想像を掻き立てます。
見つけることは一生ないかもしれないけれど、自分だけのパーソナルなつながりがこの部屋のどこかで待っているかもしれない、という感覚や、あれほど無個性な場所なのに、実はそこに自分の人生のすべてが、まだ見つけていないだけでどこかに含まれているかもしれない、という感覚が生まれるんです。
もしあなた自身が“バックルーム”に迷い込んだら、まず何をしますか?
何ができるんでしょうね(笑)。もし落ちてきたとしたら、すぐに壁を登ろうとすると思います。自分が落ちてきた場所から抜け出せないかと考えるだろうから。
それが無理だったら、たぶん……そこにいることを受け入れて、心の平穏を見つけるまでひたすら瞑想すると思います。
だって、もう出られないだろうと思うから。
最後に、あなた個人にとって『バックルームズ』とはどのような意味を持ちますか?
僕にとってこの作品は、僕が育ってきた環境にある産業やテクノロジーのシステムについて、自分なりに理解するための媒介のようなものです。
特定のシステムを批判したいわけではありません。もっと抽象的に、「システムそのもの」について考えたいんです。たとえば、ある集団が何かの仕組みを作ったとします。それが世代を超えて受け継がれ、どんどん大きくなっていくうちに、いつしか誰にもその全体像が見えなくなってしまう。誰も1人ではコントロールできないほど巨大になってしまう。そのときに起きる「考えることを手放してしまう感覚」、つまり一種の「思考の丸投げ」を描きたいんです。
これ自体は、実はそんなに珍しいテーマではありません。ただ、それが具体的にどう物語に関わってくるかについては、今は詳しく話さないでおきます。今後シリーズで掘り下げていく核心部分なので、ネタバレになってしまうからです。
もう少し個人的な話をすると、この作品は好奇心が強い僕にとって人物や業界、考え方について調べるきっかけを与えてくれる装置のようなものです。でも時々、どうしても解決できないまま残ってしまうこともあります。答えの出ないまま、ずっと続いていく。いわば「開いたままのループ」なんです。
『バックルームズ』は9月4日(金)より全国の映画館で公開中。
ケイン・パーソンズ(Kane Parsons)
2005年6月18日カリフォルニア州ペタルーマ生まれの21歳。2015年に『YouTube』チャンネル「Kane Pixels」を開設し、2022年に3DCGソフト「Blender」を駆使し独自のファウンド・フッテージ作品『The Backrooms (Found Footage)』を制作し話題となる。「A24」とタッグを組み、2026年に長編映画『バックルームズ』で映画監督デビューも果たした気鋭の映像クリエイター。




















