ANARCHY が語る『LAST』に至るまでの葛藤と制作秘話|Interviews

「10人、100人、1,000人のみんなに向けて伝えるというイメージで作ったんです。誰か、特定の一人に向けて歌っている曲は、1曲もないです」

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独自の語り口を武器に、常にリスナーに、そして若きラッパーたちに刺激とインスピレーションを与えてきた唯一無二のラッパー ANARCHY。前作『NOISE CANCEL』から実に3年ぶりとなるアルバム『LAST』を完成させた。ANARCHYらしいストレートなメッセージは変わらないものの、これまでとは異なる手触りの楽曲も多く収録されており、多くのリスナーが意表を突かれたと感じるかもしれない。『LAST』に至るまでの葛藤や制作秘話、そして今後のANARCHYが見据える未来と若手アーティストらへの期待など、多くのトピックについて話を聞いた。


アルバムが出来上がった時、マジで俺死んじゃうのかな?って思ったんです(笑)

Hypebeast:ひと足さきにニューアルバム『LAST』を聞かせていただきました。これまでの作品とはトーンが異なる曲もあるし、ヴォーカルやラップの感じもひときわフレッシュに聴こえる。ちょっとびっくりしました。

今までは、みんなが歌えない歌、書けない曲を書きたかったんですけど、今は「みんなが歌えるものを書きたいな」と思うようになったんです。今回は、あえてみんなが歌えるようなキーで歌った、という気がする。

「みんなが歌える」というコンセプトも最初からあった?

……多分。何か、みんなに歌って欲しいなと思って。それと「自分がすごく納得できるものって、ここ10年作れたかな?」って感覚があって。「かっこいい曲はあるけど、それ以上の曲を作れてないのかな?」と。『LAST』を作るにあたって悩んだ部分もあったんですけど、悩んでよかったなって思えてるし、悩んだ分、すごくいいものができた。だからこそ、みんなに絶対伝わると思ってます。それだけを考えて作りました、今回は。

ラッパー ANARCHYとして新しい扉が開いたような感覚がある?

うん、そういう感覚はあります。今回書いたのは、ちょっと恥ずかしいというか、格好悪いくらいのリリックなんですよ、すべて。それこそが今のANARCHYなんだなって今思います。(キャリアを)もう一周してる感じ。元々、何もないこととか貧乏なこととか、親がいないとか、そういうことを武器にして歌ってた人じゃないですか、俺って。でも、今みたいなこういう環境に身を置いた時、それができなくなっちゃってたのかなって。

昔、抱えていたような葛藤や悩みとは違うところにいる、と。

でも、みんなどこにいても苦労もするし色んなことを抱えて生きてるでしょ。そんな人達の少しでも力になれたらいいなと思ってもう一度、その位置に立って歌うことができるんじゃないかなと思ったんです。アルバムは1年くらいかけて作ったんですけど、いつもより長い制作期間で悩んで作った分自分が納得できるアルバムができました。そうやって入り込んで作ったら、このアルバムが出来上がった時、マジで俺死んじゃうのかな?って思ったんです(笑)。俺が明日死ぬならこんなアルバムがいいなと思って作ったからこのアルバムタイトルは『LAST』にしました。

『LAST』というタイトルは、いろいろな憶測を呼びそうだなと思ったんです。例えば、引退を示唆しているのか?とか。

俺が引退したら悲しむでしょ、みんな。それに、俺ラッパーの辞め方が分かんないんで。俺、辞めたら何すんの(笑)?

今回のアルバムを聴いて、「これは誰に向けて歌っているんだろう?」と想像力を掻き立てる部分もありました。改めて、『LAST』に収録されたANARCHYさんの言葉に励まされた部分もあります。

今まで一人に向けて言っていたことをもっと多くの人たち──10人、100人、1,000人のみんなに向けて伝えるというイメージで作ったんです。誰か、特定の一人に向けて歌っている曲は、1曲もないです。

「タイトルなし」のリリックには、” やりたくなっちゃった武道館やアリーナ”というフレーズも登場します。こうした具体的な希望が登場することも、少し意外でした。

これまで、そういうステージに対してあんまり興味もなかったし、(立ちたいという)意識もなかったけど、後輩ラッパーがやっているのを見て「俺もやりたいな」と思うようになってきて。「あ、俺もやーろお」みたいな。マジで単純な理由です。実現した時には、(シンガーの)AIちゃんのライブみたいにしたい。みんなが笑顔で楽しい雰囲気な感じ。最高ですよね。

実際に大きなライブの展望はありますか?

ありますよ、お祭りにしたいです。「集合!」て言ってみんなに力を借りて最高な一日にしたいです。

クレジットを見ると、KREVAやRyosuke “Dr.R” Sakai、ZOT on the WAVE & dubby bunny、 DJ JAMなど、初めて組むプロデューサーもいらっしゃいますよね。こうしたプロデューサーの人選はどのように決めていったんでしょう?

「この曲が出来たら、次は誰に頼んでみようかな?」って1曲ずつ決めていきました。いつも結構そうなんですけど、アルバム全体が初めから見えていたわけじゃなくて。好きな音を集めていって、書ける曲から書いていったら形ができていく、という感じ。今回は特に「色んな曲を作りたいから、色んな人に頼むしかないなあ」みたいな感じだったので、あえて組んだことがない人にお願いすることもあって。

俺が表現するものが“ヒップホップの初期衝動”ではダメな気がしてて

自分からプロデューサーの方に個別に連絡を取ってお願いする、というのは普段から行なっていることですか?

前は俺が動かなくてもトラックが集まってきてたし、たくさんトラックがある中から「これがいい」って選んでいたんですよね。今は自分でトラックを聴いて、自分からその人に連絡を取る。面白いよね、逆に。YouTubeとか見て「この人、誰!?」って気になって連絡することもあるし。だから、会ったことない人も多いですね。ZOT(on the WAVE)くんもちゃんと会ったことない。彼のスタジオにも行ったことないし、自分でラップを録って送ったっすね。

ZOT on the WAVE & dubby bunnyが手がけた「1mm」は、優しく問いかけているような、励ましてくれるような曲ですよね。子供にも聴かせたいと思ったくらい。

ちょっといい意味で、リリックは幼稚にしたんです。みんなに伝わるように。でも俺は昔からそういう言葉が好き。それと、この曲が始まりでしたね。このアルバムが見えてきたのは、「あいつの事」と「1mm」を作った時。その時に、「あ、新しいANARCHY作れるかも」と思って。

その他のプロデューサーらとのやり取りはどうでしたか?

Sakaiさんは超面白かった。あの人、その場でビートを作るんですよ。俺の目の前で(鍵盤を)弾いてくれて、俺もそこですぐ録音して……という作業が面白かった。だから、味をしめちゃって、最初に録った数日後にまたスタジオに行きましたね。それで出来たのが「夜景」って曲です。KREVAくんの「September 2nd」は、苦労して何回も録音したんですけど上手く行かなくて。「俺では仕上がんないかも」と思ったんです。その時閃いたのがKREVAくんにお願いする事でした。その歌詞をそのままKREVAくんに渡して仕上げてもらったんすよ。「KREVAくんみたいな曲を作りたいです」ってDMを送って(笑)。あと、実はPUNPEEくんのトラックに何回も(歌詞を)書いたんですけど、仕上がんなかったんですよ。だから、今回は色んな人に電話しましたよ。「トラックちょうだい」って。

これまで、制作の際にスランプを感じることはありましたか?

あえて言うなら、今ですかね。この『LAST』を作るために、「次は何やろ?」って一回止まったんですよ。もう3年間もアルバムが出ていなくて、途中でNYに行って。「よし、NYでアルバム作ろう」って思って作り始めたんですけど、途中で「あれ、これはアルバムじゃなくてもいいのかな?」って感じ始めて。

それが、プロデューサーのスタティック・セレクターと作った『My Mind』ですよね。

そうそう。でも、スタティックとはずっと制作したかったから、あのEP作れた事は本当に嬉しかったです。ただこれはアルバムではないなと思って。EPを出した後アルバム制作をまた最初から始めました。

そうやって完成させた『LAST』ですが、晴れてリリース目前の今の感想はいかがですか? スッキリした、というような充足感はある?

うん、ある。結構、今までにないくらいある。なんか、スイッチが入り出したなみたいな感覚ですね。今まで1回もそんなことなかったのに、今回は収録されたなかった曲もいっぱいある。それもみんなに聴いて欲しいですね。

最初の質問に戻ってしまいますが、「緑のモンテカルロ」みたいにこれまでの威勢の良さを感じさせる曲もあれば、じっくり聴き入る曲もある。かつ、ノスタルジックな思いを掻き立てられる曲もあって、「こんなANARCHY、聴いたことがない」とも感じました。リスナーにどう受け止められるか、想像することもありましたか?

でも俺、毎回違うでしょ? だから、みんなのことを置いて行っちゃうんですよね。みんないつも「今回のANARCHYは違う」って毎回言ってるじゃないですか。俺からしたら「同じもの作るのが嫌いって、初めから言ってんやん」みたいな感じ。俺は、全部違うことがやりたい。俺が好きな曲なんて、10曲あったら1曲しかない。やっぱり、同じことやるのは嫌だし、1曲目の「9街区1棟」は団地の歌だけど、それ以外はそういうの──今までの俺をイメージさせるような曲──にはしたくないなという思いもあって。ANARCHYってことを忘れて聴いてくれていいよ、みたいな。

ANARCHYさんといえば、Eric.B.JrやWatsonといった次世代のラッパーとのコラボレーションも多い。彼らからどんなパワーをもらいますか?

単純に、ラップのパワーをもらっています。彼らには、ラップ以外にないやん、何も。でも、それが一番強いから。そのピュアな言葉が一番 “ラップ”やし、今の俺には書けへんことも彼らには書ける。彼らの言葉を聴いて、(かつてのことを)思い出すこともできる。そういう初期衝動みたいなものこそがヒップホップな気がしてて。対して、俺としてはそれとまた違うものを作りたい、という気持ちが大きいのかもしれない。俺が表現するものが“ヒップホップの初期衝動”ではダメな気がしてて。

ソロデビューシングルの「GHETTO KING」から数えると、2025年で20年を迎えます。その道のりを思うと、確かに“初期衝動”とは別の熱さがありますよね。

そう、その20年分のものがあるから。逆に、その深さを持っていると、何か届くんじゃないかなと思って。もちろん、団地の人とかストリートの子達のことは考えつつ、『LAST』ではそれ以外の人にも向けたいなと思ったんです。

若い世代のラッパーたちの作品を聴いて、自分のレガシーを引き継いでいると感じることはありますか?

すっごく思うよ。Eric. B. Jr.とか7ちゃんを見てたら「俺の曲聴いてたやろな、どっかで」って。7ちゃんの「NANA」って曲を聴いて涙が出たんすよ。“私のギャラ今7万円、こーゆーとこから始まんねん”ってラップしてるのを聴いて、涙がポロっと出てきた。「すげえ」と思ったし、自分では知らなかったことを、彼女たちの曲を通して知った。俺が若い時に歌ってた曲もそういう曲だったのかも、って思いましたね。このリリックも、幼稚やん。でも、それが一番簡単に伝わるんやろな、って。あの子ら見てると、ラッパーって逞しいなって思うでしょ?俺、あんなに逞しくなかったもん。最近、本当にそう思う。

今、日本のラップのその辺の年代の子らの曲を聴いてるのが面白いし、俺自身もファンです。

新アルバム『LAST』の先に、何を見据えていますか?

みんなにANARCHYのかっこいいとこ見せたいなーって感じです。今やりたいことは、旅に出たいですね。今年の初めは、ヨーロッパを旅したんですよ。スイス、ドイツ、ロンドン、フランス、アムステルダムとかを3週間かけて回ったんです。

ヨーロッパ自体行ったことがなかったし、超楽しかった。次はスペイン、イタリアに行きたいです。まだまだ行ったことないところがいっぱいあるから、うん全部成功させて、また旅したいですね。

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