永戸鉄也と倉石一樹が DUSTNATION で見出す新たなニットの可能性 | Interviews
思わず胸が躍ってしまうグラフィックやディテールに溢れる注目のニットブランドに迫る
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2021年の立ち上げから3年の月日を重ね、ついに2024年春夏シーズンより本格始動するニットブランド〈DUSTNATION(ダストネーション)〉。ブランドを手掛けるのは、HYPEBEASTでもたびたび取り上げてきたアートディレクターの永戸鉄也と、デザイナー/クリエイティブディレクターの倉石一樹だ。
国内外のブランドで実績と経験を積んできたキーパーソンがタッグを組んだブランドということもあり、ローンチ前から関係者の間では期待を寄せる声は多かったが、実際にアイテムを手に取ってみると思わず胸が躍ってしまうグラフィックやディテールに溢れ、先日行われた展示会も大盛況で終えていた。今、ファッション業界はブランドが飽和状態にあり、ブームも一巡した気配があるが、なぜ2人はこのタイミングで動き出したのか。今回『Hypebeast』が、倉石氏のアトリエで交わされた会話の記録をお届けする。
Hypebeast:まず、DUSTNATIONのいろはについての前に、おふたりの出会いからお伺いさせてください。
永戸鉄也(以下、N):あれは……いつだっけ?
倉石一樹(以下、K):きっかけは、ファッション誌 PRODISM(プロディズム)を手掛けている渡邊さん(渡邊敦男)の紹介ですね。僕が2018年秋冬から海外のTHE NORTH FACE(ザ・ノース・フェイス)の“Urban Exploration”を手掛けるようになり、キャンペーンをスタートするにあたって「インパクトのあるキャンペーンビジュアルを作りたい」と相談したら、永戸さんを紹介していただきました。それで、僕は断片的ではあるもののUNDECOVER(アンダーカバー)の広告をずっと見てきたんですが、永戸さんがグラフィックを手掛けていたことは知らなくて、出会いを機に「あ、あのビジュアルは永戸さんの作品だったのか」ってことが発覚しましたね。
N:僕はadidas(アディダス)での仕事だったり、いろいろな記事で倉石くんの名前は見かけていたので、存在は知っていた感じですね。
それぞれ高校卒業と同時に渡米されていたので(注:永戸氏は1970年、倉石氏は1975年生まれ)、てっきりアメリカで出会った数十年来の仲だと思っていました。
N:その頃から知り合いの2人が、今になってブランドをスタートしたってストーリーの方が劇的ですけどね(笑)。
K:僕も永戸さんもニューヨークには居たんですけど、微妙に時期がズレていて。ただ、当時ニューヨークにいる日本人なんて少ないから、自然と他の日本人の情報は入ってくるわけですよ。永戸さんがビデオ屋で働いていたこととか。
N:あぁ(笑)。僕は諸事情で就ける仕事が少なくて、フットメッセンジャー(注:徒歩や地下鉄で荷物を運ぶメッセンジャー)のほかに、日本企業向けのポルノビデオのレンタル配達で生計を立てていたんですよ。キャスター付きのでっかいバッグにAVをたくさん入れて、会議室でサラリーマンたちを集めて内容を紹介するみたいな。普通は知らない今はもう無くなった仕事なんですけど、後々聞いたら倉石くんは知っていてびっくりしましたよ。
K:日本企業でアルバイトをしていたこともあって、永戸さんみたいな人が会議室に入っていく姿を見ていましたから(笑)。
貴重なエピソードありがとうございます。TNF “Urban Exploration”での協業が出会いのきっかけとのことですが、その後どのように交流を深め、DUSTNATIONの立ち上げに繋がっていったのでしょうか?
K:5年ほどTNF “Urban Exploration”のキャンペーンビジュアルをお願いしている中で、永戸さんは人間的に面白いし、手掛けていたSURROUND(サラウンド)というブランドのグラフィックが抜群に良いと思っていたんですよ。でも、SURROUNDが休止することになったと聞いて、「それならば一緒にブランドを」と思い、僕から相談しました。
N:「フルカラーのグラフィックをジャガードで表現できるニットの技術があるから、一緒に実験的なニットブランドを作りませんか」という誘いでしたね。そんな話を聞いたら気分は上がりますから、すぐに「やろう」と。
K:僕は島精機製作所(注:ニット機大手)で授業を受けていたんですけど、その先生だった人が独立して、フルカラーのグラフィックなどを綺麗にジャガードで表現するためのコンサルティングをする会社を始めたんです。技術としては前からあるものの、データの組み方やニッターさん次第で柄の出方がオリジナルと多少変わってきてしまうところを、そこだと作家の表現したいことをジャガードでリアルに再現できるんです。
具体的に立ち上げの話が上がったのは、いつ頃の話でしょうか?
N:全然覚えてないな(笑)。コロナの前だったから、2018年とか2019年くらいだと思います。DUSTNATIONは2023年に本格的なスタートを切った形なんですけど、ブランド自体は2021年から動いていて、渋谷PARCOの2G(ツージー)でポップアップを開いたり、REIGNING CHAMP(レイニングチャンプ)やAbuGarcia(アブガルシア)とコラボもしているんですよ。
そもそも、ブランド名のDUSTNATIONはどのような経緯で決まったのでしょうか?造語ですよね?
K:永戸さんが制作したグラフィックの中にもうDUSTNATIONの文字があった記憶です(笑)。
N:UNDERCOVER RECORDS(アンダーカバー レコーズ)からthe hatchのレコードがリリースされる時に、僕がレコードジャケットを描いて、その絵のタイトルがなんとなくDUSTNATIONって感じがしたんですよね。ゴミのダストとネーションを組み合わせた僕の好きな退廃的な世界のイメージで、終わった世界=始まる世界──ネガティブポジティブみたいな感覚です。その語感が自分の中でしっくりきてて、それをそのままブランド名に採用した。ただそれだけなんです。
K:僕は全然違う解釈で、シチュアシオニスト・インターナショナル(注:前衛芸術家や知識人らが属した社会革命的国際組織)関連の言葉かと思っていて、勝手に僕の好きなところに繋がっていると感じていました。
このインタビューで、お互いのDUSTNATIONの解釈を初めて知ったということでしょうか……?
N:前も話したはずなんですけどね、忘れてるんだと思います(笑)。それくらいでいいんです。
その一方で、コンセプトは“壊れた世界とポジティブに対峙するための戦闘服”と明確ですよね。
N:みんなが言葉としてコンセプトを欲しがるから、体裁的に設けただけなんですよ。
僕は文字を書く側なので、コンセプトがあると非常に助かります。
N:ですよね(笑)。そういった方々に向けているので、必要としてくれて良かったです。
ブランドロゴに蜂を採用した理由というと?
K:それも必要に迫られて(笑)。
N:DUSTNATIONの“D”をモチーフとしたロゴは前からあったんですけど、「もう1つ、トレードマークになる分かりやすいものがあったほうがいいかも」という話になり、昆虫や動物のモチーフをいろいろと出し合ったんですよ。
K:それで最終的に、僕がマンチェスターの音楽が好きで、街のシンボルがミツバチなのを知っていたから永戸さんに提案しました。
N:僕は全然マンチェスターからの影響は受けていないんですけどね(笑)。ブランド名は僕からの提案で、“D”をモチーフとしたロゴもどことなくアメリカのハードコアっぽいから、2人の影響を受けたものが合わさって、ちょうどいいかなって。
では、改めておふたりのブランド内での立ち位置を教えてください。
K:僕もグラフィック出身ですけど、自分でやるより永戸さんの方が全然良いものを出してくれるので、基本的にグラフィックはノータッチで全てお願いしていて、洋服を見ている感じですね。「カウチンカーディガンを作りたいので、グラフィックを考えてもらえますか?」というように基本的に洋服をベースとしていますけど、永戸さんのグラフィックから洋服を考えることもあります。
N:骨格を作ってもらって、最後にグラフィックをペタッと貼り付けるみたいな流れが多いです。僕がiPhoneで手書きした絵型を渡して、倉石くんのノウハウでアイテム化してもらったのもありますけどね。
DUSTNATIONは2021年にニットブランドとして誕生しましたが、今回の本格始動からラインアップを拡充されています。この理由は?
K:NONE ATELIER(エヌワン アトリエ)さん(注:中国と日本を拠点とするクリエイティブ・コレクティブ)から「おふたりと何かやりたい」と声を掛けていただき、話を進めていくなかで、既にあったニットブランドのDUSTNATIONをより大きくしていくと決まったからです。
ニットブランドとして立ち上げた中で、それ以外のアイテムを作ることに抵抗はなかったのでしょうか?
K:ブレてしまうとは思いました。でも、ニットが中心であることを変えるつもりはなかったし、ニット以外はオマケくらいの感覚でやっていくので大丈夫かなと。それに、スウェットやTシャツもニットなので抵抗はなかったです。
N:ニットにも限界がありますからね。
K:というか、作りたい気持ちは持っていたので、作っていいならいくらでも作りますよっていう(笑)。カシミアニットで知られるグレッグ・チェイト(Greg Chait)のThe Elder Statesman(ジ エルダー ステイツマン)みたいに、いろいろやっていくけどニットブランドとして認知されたいですね。
今シーズンは、どのようなテーマを設けてコレクションを制作しましたか?
K:僕は特に永戸さんと話さなかったです。
N:全く設けず、単品ごとに考えちゃってましたね。
毎シーズン、テーマを設けてコレクションを制作するブランドが多いのでとても新鮮です。
N:逆に、僕からしたらテーマを設けるのが不思議に思いますよ。
K:どこかで無理矢理な点が出てきちゃいますよね。
ということは、今後もシーズンテーマを設けることはないと。
K:ないですね。永戸さんは常に変なことを考えているので、それがコレクションに現れていく感じじゃないですか?
N:今シーズンのアイテムでいうと、10代の頃に東京で友達だったスケーターがニューヨークで再会したら浮浪者になっていたんですけど、そいつが軍パンのサイドポケットを残したまま短パンにカットして履いていて。で、浮浪者だから常にビール缶を持っていたので、両サイドに2本の缶が入るポケットを備えたショーツをデザインして、“ビア缶ショーツ”と名付けたりね。
倉石さんにとっての“ビア缶ショーツ”のようなアイテムはありますか?
K:大友克洋さんがキャラクターデザインを担当したアニメ映画『幻魔大戦』に頭のでかい宇宙人ロボットがいて、それをイメージしたフードが異様に大きいフーディーを作ってみたかったんですよ。実際に製品化して着てみたら、首の部分がクシャッとなってかわいいんです。
このようなデザイン性の高いアイテムは、やはり日本で生産しているのでしょうか?
K:基本的に日本製です。海外だと芯地や裏地といった見えないところや、ジッパーやトリム類が日本と違うので雰囲気が変わってしまうんです。ニットも日本と海外で同じ機械を使ってはいるんですけど、丁寧さによるものなのか、微妙に変わってくることがあるんです。
K:カラフルなニットのグラフィックを見せるにしても、人や経験によって作り方が変わってくるんです。とにかく元のデータに忠実なデータ編成をしてくれるのが、元島精機の方の会社なんです。
N:色の制限などを考えず作ったアイテムを、ここまで特色(注:CMYK以外のあらかじめ調色されたカラー)っぽく見せれるのは本当にスゴいと思います。
今までできなかったからこそ、凄さがわかると。
N:僕は初めてだったんですけど、ここまで再現してくれるのであれば、何も考えずに自由に作れてストレスフリーだしおもしろいなって。
K:なんとなくの表現は、どこのニッターさんでもできるんですけど、どこまでクオリティーを求めるかって話になると別次元ですね。
コレクションを作る上で、苦慮した点はありましたか?
K:今までの経験があるからモノ作りの点では特になかったし、永戸さんはなんでも面白がってやってくれるので、たとえ苦労があっても苦労と思ってない感じです。運営面は、NONE ATELIERさんが担ってくれていますから、これからも好きなことを続けていければいいですね。
現時点(9月初旬)で、卸先はいくつか決まっているんでしょうか?
K:調整中ですけど、僕が中国にオープンするセレクトショップである(a)NEW(エーニュー)は確定していて、メインに取り扱うので専用什器も予定しています。オープンのタイミングは、エディソン・チャン(Edison Chen)のCLOT(クロット)が中国で初めて開催するファッションショーに合わせているんですけど、そこでDUSTNATIONとの3型のコラボニットが発表されるはずです。Edisonがショーをやるにあたってニットが欲しいとのことなので作成しました。
他に現段階で話せるコラボなどがあれば教えていただけますか?
N:いま、金沢21世紀美術館で“DXP(デジタル・トランスフォーメーション・プラネット)―次のインターフェースへ”という展覧会が開催されているんですけど、それに参加している若手アートコレクティブ MANTLE(マントル)とコラボTシャツを作りました。もう21世紀美術館に並んでいるはずですが、DUSTNATIONが正式に立ち上がる前にコラボアイテムが発売されているので、流れとしては変ですよね(笑)。
K:僕はアートが好きで、永戸さんもアーティストとして活動されていますし、今後いろいろなアーティストとコラボできたら嬉しいですね。