Interviews : 映画『After Yang』のサウンドトラックを制作した日本人作曲家 Aska Matsumiya に迫る
“テクノ”と呼ばれる人型ロボット ヤンの穏やかで温かな眼差しを絶妙に表現したサウンドトラックの制作過程について

Interviews : 映画『After Yang』のサウンドトラックを制作した日本人作曲家 Aska Matsumiya に迫る
“テクノ”と呼ばれる人型ロボット ヤンの穏やかで温かな眼差しを絶妙に表現したサウンドトラックの制作過程について
話題作を続々とリリースさせる米映画スタジオ「A24」と、日本映画を代表する小津安二郎にオマージュを捧げた2017年公開の『コロンバス』で知られる気鋭 Kogonada(コゴナダ)監督のタッグ作となる映画『After Yang』。同作は、日本が誇る作曲家 坂本龍一の手掛けたオリジナルテーマ曲 “ Memory Bank”、岩井俊二監督による2001年公開の『リリィ・シュシュのすべて』の挿入歌 “グライド”の新バージョンをフィーチャーするなど、音楽面でも高い注目を集める近未来映画だ。
物語の舞台となるのは、“テクノ”と呼ばれる人型ロボットが一般家庭にまで普及した近未来。Colin Farrell(コリン・ファレル)演じるジェイク、妻のカイラ、中国系の幼い養女ミカと生活を共にしていた“テクノ” ヤンが、突然の故障で動かなくなってしまったことにより、彼を本当の兄のように慕っていたミカが塞ぎ込んでしまうことからストーリーが動き出す。ジェイクは、修理の手段を模索していく中で、ヤンの体内に1日ごとに数秒間の動画を撮影できる特殊なメモリバンクが組み込まれていることを発見。その映像を通して、ジェイクは、“テクノ”でありながらも、人間のように心を揺れ動かしていたヤンの“大切な記憶”を知る。
本稿では、そんな同作でサウンドトラックを担当した米ロサンゼルスを拠点とするアーティスト Aska Matsumiya(アスカ・マツミヤ)へのインタビューを敢行。Kogonada監督同様、幼少期から坂本龍一の音楽に魅せられ続けているという彼女が、坂本氏とタッグを組みことになった心境をはじめ、“テクノ”のヤンがジェイク一家に向けてきた、穏やかで温かな眼差しを絶妙に表現したサウンドトラックの制作過程についてなど、同作にまつわるエピソードに関して詳しく伺った。
Hypebeast:まず、世界でも人気を誇る映画スタジオ A24と映画 コロンバスを手掛けた気鋭のKogonada監督のタッグ作となるAfter Yangのサウンドトラックを担当することになった経緯や当時の心境を教えてください。
Aska Matsumiya:映画などの作品はいつも直感的に引き寄せらて決めちゃうことが多くて。この作品のオファーを受けて、私と同じ世界に属しているように感じて、すごく惹かれたんです。Kogonada監督と話してみても結構すぐに「あっ一緒に何か作れるかもしれない」と感じたから。結構私はフィーリングで生きているから、そういうところで作品とかも決めるところがあって。それに、Kogonada監督はすごく坂本龍一のファンで、今回の作品にもしかしたら1曲提供してもらえるかもっておっしゃっていて。私も幼い頃からすごく大ファンだったので、本当に夢のようなコラボレーションだったんです。
今回タッグを組めるとなって、どういう感情になりましたか?
嬉しかったです。コンサートに行くくらい大ファンだったので、自分の名前が彼の名前と並んでクレジットに載るっていうだけで結構衝撃的な出来事でした。坂本さんとニューヨークでミーティングを行ったんですけど、その時に音楽の作曲について一度話す機会をいただいて。すごく衝撃的でした。
何をきっかけとして坂本さんのファンに?
どういった道で出会ったのかわからないけど、彼の曲を15、6歳くらいの時から聴き始めて、しかもアメリカで。16歳の時にコンサートに初めて行って、すごく感動して。私ずっと3歳からクラシックピアノをしていていて、それで育ったから、モダンなピアノで作曲をしている方って私にとってはすごく新鮮だったんだと思います。「そういうピアノの使い方もできるんだ」みたいな。
なるほど。今回、作品が近未来をテーマにしたSFということだったんですが、どういったことを意識して制作されましたか?
Kogonada監督と相談した時に、近未来であるからこそ人はもっと自然に近い音楽を求めるんじゃないかっていう結論になって、近未来でありつつ、もっと自然を取り入れた音楽を作っていきたいという話になったんです。そのために、私と坂本龍一さんがAfter Yangの劇伴用に作曲したピアノの音楽は、Google(グーグル)のオープンソースコードのMagenta(マジェンタ)が開発したピアノ音楽をプロセスすることに特化したプログラムを利用して、この映画音楽用にAIプログラムを作りました。それを使用して作られた曲に木琴とか、ピアノとか、チェロとか、温かい音色を混ぜて作ったんですよ。

AIプログラムは今回の作品がロボットやAI、クローンに関するストーリーであったことに起因して使用されているんですか?
そうですね。私の友人が南カリフォルニア大学でAIプログラムの開発をしていて、その人に頼んで作ってもらったんです。私は昔から結構テクノロジーとかが好きで、興味があったから、今回ちょうどいい機会だなと思って提案しました。
今回開発されたAIプログラムは、どういったものなんでしょうか?
AIプログラムの中でも色んなプログラムがあるんですけど、私たちが今回作ったのは、私が作曲したピアノの曲のバリエーションを毎日フィードするたびに、そのパターンを読み込んで、私が実際に生み出しそうなパターンを提案してくれるもの。けど、そこに行き着くまでに、音を把握していく過程とかが結構時間かかるんですよね。本当にピアノの音色として聴こえるのかとか、ピッチ(音高)があっているのかとか。でも私はその過程が結構面白いなと思っていて。それって作ろうと思っても人間じゃ絶対作れないじゃないですか。AIがマシンラーニングでいろいろなパターンを見つける途中経過、素材とその素材の解釈から生まれる新しいハーモニーがとてもユニークで、その中の不完全さに美しさに結構惹かれました。その過程の中で結構気に入った部分を取り出して、そこに木琴とかチェロの音色を上に乗せていったりとかして。やっぱり、AIっていう近未来的なコンセプトに、人間が木で作った楽器とかを乗せていきたいなって思って、それでこそ近未来なのかもしれないなっていう考えで。
まさに呼吸音や子どもたちのはしゃぎ声が入っていたのがとても印象的でした。それを入れようと思ったのも、自然な音を取り入れたいという考えからでしょうか?
そうですね。でも私はそもそも、完璧な音より不完全な音が好きなので、既に存在する音と音楽を組み合わせていきたいんですよ。だから、元来の私の好みでもあると思うんですけど、今回はよりそういったところを意識しています。だって、私たちが音楽を聴いている時も色んな音が周りにあって、それが全て重なって音になったりしてる。色んな音が入っていることがより自然な音楽だと思うんです。なので、それをどうやったら実現できるのかなっていつも考えていますね。あと、今回はUAさんの“水色”もチェロバージョンでカバーしていて。あの曲すごく大好きなんですよ。ちょっとアレンジを加えたりしているんですけど、メロディは彼女の歌う部分をチェロで弾いています。
Askaさんのカバーされた“Mizuiro”もとても素敵でした。メロディラインにチェロを使用したのはなぜですか?
あの曲は、今回の映画のためにじゃなくて、既にチェロバージョンで収録していたんですよ。この映画の依頼が来た時に、とあるシーンを見ていて。その中で、このシーンにはあのカバーバージョンがぴったりだと思い出して監督にシェアしたら、監督もぜひ使いたいっておっしゃってくださって、本当に偶然。
低音のメロディラインなのもあってか、作品を通してすごく心に残りました。坂本氏の制作したテーマ曲もAIプログラムにフィードしたそうですね。
今回彼が作曲したテーマ曲もフィードしましたね。実際にそれを活かしたわけじゃないですけど、どういうのが出てくるのかなっていう興味心で。結構びっくりするほど、もっとエモーショナルなバージョンとかも出てきたりしました。
なるほど。ご自身の音楽制作でこれまでに影響を受けたものはありますか?
音楽って本当にその瞬間に作れちゃうものじゃないですか。だから、本当にどこからきているのかはわからない。でも全ての経験が繋がっていて、小さなモーメントが湧き起こったことによってそれが出てきたりするかな。やっぱりずっとピアノ弾いていたし、小さい頃からクラシックミュージックに囲まれていたから、その影響はすごく大きい。けど、パンクミュージックにハマった時期もあって。14、15、16歳とかは、本当にAt The Drive-In(アット・ザ・ドライヴイン)とか、Blonde Redhead(ブロンド・レッドヘッド)とかインディーバンドのライブに通い詰めていたんですよ。それから自分もバンドをやって、キーボードとかベースギターとかを弾いたりとかして。色んな音楽のジャンルにハマって色んな経験を経たからこそ、今に辿り着いていると思います。
作曲はピアノでされているんですか?
本当にその時による。作曲っていっても、ただ歩いている時にメロディが頭に降ってきたりとか、ふとした瞬間にアイデアが思い付いたりとか、楽器を使わないで書くときもあるし、キーボード弾いてる時でもあるし、本当にあんまり縛られていないです。あんまり考えていないかもしれないですね。映画音楽を制作する時は、キャラクターの感情重視だから結構特殊なんですよ。映画の世界に入っていって、そのキャラクターの視点からのメロディを作る。だから、まずキャラクターと一心同体になる必要があって。それがもしかしたら1番のステップかも。
それは台本とかを読まれたり?
台本を読んでたら、メロディが出てきたりするんですよ。多分自分が感じとるものがそのままメロディとして出てくることが、私の中で自然な流れなんだと思います。だから、そういった書き方を1番するかもしれないです。ほとんどのテーマ曲はそういった順序で生み出していますね。でも、After Yangの時は、それもあったし、映像を見ながら自分自身をYangにしていく過程がありました。どこのシーンか忘れちゃったんですけど、それを見ながら1回で曲にしたものもありますね。
これまでに手掛けた映画音楽も、その都度作り方は異なりますか?
全然違う。まるで役者じゃないけど、自分も役者のようにのめり込まないといけないから、そのプロジェクトごとに、その世界に入り込むみたいな感じ。結構疲れますね(笑)。
そうですよね。どれくらいの期間で作り上げるんですか?
映画によって本当に違うんですけど、以前音楽を担当した映画 スケートキッチンとかTVシリーズ ベティは監督が親友だから、台本の時点で音楽を制作して、シーンを撮るところには既に完成させていたりとか。本当に最初のステップから一緒にやっていったんです。なので、制作期間っていうのは本当に監督によって全然が違う。After Yangは、多分3カ月とか。そんなに長くなかったですね。
オフのタイミングで音楽をやられることはありますか?
来年自分の音楽をリリースするんですよ。だから、その自分の音楽を作ったりとか。若い時とかは「音楽をいつもやっておかないと」ってプレッシャーに感じてたんですけど、今はもっとリラックスした感じ。したい時だけ作らないと、できなくなっちゃう。今は昔よりもっと、音楽と自分の関係性を大切にするようになったかも。
アーティストとしての活動に関しても、実は坂本龍一さんとお会いした時に彼が「映画音楽で頑張るのもすごくいいと思うけど、絶対に自分の音楽をつくることを忘れたらだめだよ」ってアドバイスをしていただいたことがきっかけで。それがすごく響いたんです。若い頃は結構自分でアーティスト活動していたんですけど、映画音楽を始めてから本当に忙しくなって、そこで時間とってなかったから、ちゃんと私も自分の音楽を作る時間を設けようと思っています。
来年リリースされるアルバムはどういったものをコンセプトとしているんですか?
まず一応1曲リリースする予定なんですけど、Sia(シーア)の“Chandelier”っていう曲のMVとかを手掛けているDaniel Askill(ダニエル・アスキル)に監督をお願いしてMVと一緒にリリースする予定です。その1曲はシンセサイザーをメインで使いつつ、ビートも入ってくる感じ。実際、アルバムとして出すかどうかも現時点ではわからない。新しく何か違う形で音楽を出していきたいなと思っているので、もしかしたらビデオシリーズみたいに、映像と一緒に全部出していくかもしれないですね。
最後に、このサントラを含めAfter Yangを通して人々に伝えたい想いなどがありましたら教えてください。
その人自身にユニークな経験をして欲しいから、あえてあんまり伝えたくないかな。多分この映画って、アメリカ人よりもアジア人の方がわかるんじゃないかなって思うんですよ。だから、今回日本でこの映画が放映されることがすごく嬉しいなと思う。私自身、今後日本でも活動していきたいなと思っているから、リリースとかも国内で行っていきたい。アーティストとして日本ともっとコネクトして行けたらと思っています。