旅先では、外へ出て何かを見つけたくなる。けれど、北軽井沢の「MASU」では、建物の中を歩き、座る場所を変え、窓の外を眺めているうちに、時間が過ぎていった。予定を詰め込まなくても、ここには十分に発見がある。
2026年10月1日、「NOT A HOTEL KITAKARUIZAWA(ノット ア ホテル 北軽井沢)」に開業した「MASU」は、インテリアデザイナーの片山正通率いるWonderwall®がデザインした全4棟のハウス。「数寄に住む — As you like it. —」をコンセプトに、日本建築とモダニズムの思想を、現代の住空間へと組み直している。
今回訪れたのは、4棟ある「MASU」の中でもシアタールームを備える「MASU 2」。短い滞在で見えてきたのは、ホテルのように迎える準備が整っていながら、別荘のように自分のペースで過ごせる、その関係だった。
「数寄」を、建築と過ごし方から知る
Rightup-Inc. + Kenta Hasegawa
「数寄」とは、芸術や文化を愛し、自分の好みや美意識を深めていくこと。「MASU」の着想の源には、丹下健三が1953年に成城に建てた自邸がある。日本の伝統的な建築をモダニズムの視点から捉え直したその思想を起点に、片山は日本と西洋の建築やデザインを再編集した。
建物の名前にもつながるのが、4x4mの「マス」。2階は8つのマスを組み合わせて構成され、その周囲を360°のデッキが取り囲む。1階にはピロティを設け、ダイニングからアウトドアリビング、その先の森へと空間がつながっていく。
4棟には、それぞれ異なる趣味や過ごし方のための1室が用意されている。和室や書斎、シアタールームなど、どんな時間を過ごしたいかによって選ぶハウスも変わる。同じ建築の骨格に、異なる「好き」の居場所をつくるという発想だ。
現地でまず印象に残ったのは、棟同士の距離だった。「MASU 2」からは隣の棟が視界に入らず、窓の外には木々が広がっている。森との一体感は、大きな窓だけでつくられるものではない。周囲の建物を意識せずにいられる配置が、その感覚を支えていた。
誰にも会わずに入れて、困ったら聞ける
到着までの案内から入室まで、手続きは専用アプリで進む。前日にはチェックインについての連絡が届き、扉を開けるための暗証番号もアプリで確認できる。今回は対面のチェックインを挟まず、そのまま建物へ入った。
旅先でも、人と話す前にひと息つきたいときはある。そんなとき、到着してすぐ自分のペースに戻れるのはありがたい。ホテルのフロントを通って部屋に向かうときとは、少し違う感覚だ。
一方で、誰にも会わないことが、そのまま「自分ですべて解決する」ことにはならない。この「NOT A HOTEL」専用アプリにはAIとスタッフによるコンシェルジュの窓口があり、設備の使い方など、わからないことを尋ねられる。プライベートな時間と、必要なときに頼れる仕組みが両立している。
そして、到着した室内はすでに心地よい温度に整っていた。表示は25度。掃除をしたり、部屋が暖まるのを待ったりする必要もなく、荷物を置いた瞬間から過ごし始められる。自分で管理する別荘なら、久しぶりに訪れた最初の時間を、掃除や準備に使うこともある。その手間を省いて、滞在の時間をそのまま使える。こうした小さな違いは、現地に来ると意外に大きい。
名作家具を、眺めるだけで終わらせない
エントランスを抜けると、1階と2階をつなぐ吹き抜けが現れる。天井から吊るされたイサム・ノグチの「Akari」が柔らかな光を落とし、軽やかな階段が上へと導いていく。
2階で迎えてくれるのは、エーロ・サーリネンの「WOMB CHAIR」。それが4脚並んでいる。名作家具に目を奪われるが、ここでは実際に座り、森を眺めながら時間を過ごせる。展示で見るときとは、家具との距離が変わる。
「MASU」には、ミッドセンチュリー期を中心に選ばれた家具と、片山氏がこの建築のためにデザインした造作家具が共存する。さらに、音をデータ化し、ジャカード織で視覚化した田島美加の作品「Negative Entropy」など、アートも空間に組み込まれている。
ただ、室内を歩いていて気になったのは、名作の数以上に、くつろぐ場所の多さだった。WOMB CHAIRのあるラウンジ、床を掘り下げたようなL字型ソファのスペース、そしてシアタールームのスクエアなデイベッドソファ。2つの寝室とは別に、姿勢も視線も変えられる場所がある。
椅子に座る、ソファに身を預ける、横になる。同じ家の中でも、居場所を変えるたびに過ごし方が変わる。客室のベッドと椅子を行き来する感覚より、自分の好きな場所を家の中で見つけていく感覚に近い。
手ぶらに近づける、細かな準備
今回は途中のコンビニで水を買ってきた。ところが室内には、常温の水が6本、冷蔵庫にさらに4本、あらかじめ用意されていた。
パジャマやシャンプー、コンディショナーに加え、化粧水、乳液、コットン類もそろっている。ワインやシャンパンの用意もあり、何を持っていくか、到着してから何を買い足すかを考える場面が少ない。
空間の使い方は別荘に近いのに、こうした準備にはホテルの細やかさがある。自分で備品を補充し、次の訪問までの管理を考える別荘とは、付き合い方が違う。手ぶらに近い身軽さで来られることも、滞在の自由を支えている。
森の中で、映画を1本観る
シアタールームでは、大きな画面とデイベッドソファを前に、何を観るかを考えるところから楽しくなる。
今回は、見逃していた映画(『マンダロリアン&グローグー』)をここで観たくなり、その場でDisney+を契約した。旅先で配信サービスに登録するとは思っていなかったが、この空間なら映画を1本観ることが、その日の予定になる。外へ出かけなくても、好きな作品に時間を使う理由ができる。シアタールームは設備として備わっているだけでなく、過ごし方をひとつ増やしてくれる部屋だった。
さらに室内を探っていくと、レコードが並び、L字型ソファのそばの収納を開ければカラオケのシステムまで見つかった。窓の外には森。その景色を前に歌うというのも、なかなか新鮮だ。
「数寄に住む」という言葉は、最初は建築のコンセプトとして読んでいた。映画や音楽を楽しむ場所を見つけていくうちに、自分の好きなことに時間を使うための家なのだと、少しずつ実感できた。
温泉からデッキへ、森との距離が変わる
浴室には天然温泉と水風呂があり、隣にはサウナが備わる。温泉の窓を開けると、半露天のように外の空気を感じられる。そのままデッキへ出て、外気浴へ移れる動線も心地よい。
サウナ、水風呂、外気浴。その一連の流れが、自分たちの使う空間の中で完結する。共用の浴場へ移動する必要がなく、入りたいタイミングで入れるのは、一棟で過ごす魅力のひとつだ。
ここでも、隣の棟が視界に入らないことが効いてくる。目の前の木々と、外の空気に意識を向けやすい。設備の充実だけでなく、森の中でどう過ごせるかまでが設計されている。
そして、この家ではデッキをぐるりと一周できる。歩きながら考え事をする人には、うれしいつくりだ。建物の周囲を回るだけでも、木々の重なりや光の入り方が変わり、足を止める場所が見つかる。
温泉の水面に映る木々。木漏れ日が壁につくる陰影。室内に置かれたアートとは別に、外の風景も建築の一部になっている。時間とともに変わる光まで含めて、この場所を眺めたくなる。
2階からは、停めた車を見る角度も普段とは変わる。今回はレンタカーで訪れたが、好きな車で来れば、その姿を上から眺める楽しみも加わりそうだ。そんなふうに、自分の趣味をこの場所に重ねる余地がある。
同じ場所に戻る、その意味が少しわかった
「NOT A HOTEL」は、年間10泊から購入でき、所有する泊数を使って全国のほかの拠点も利用できる。必ずしも同じ場所で10泊を過ごすわけではない。それでも訪れる前は、ひとつの場所に繰り返し戻る楽しさが、まだ実感できていなかった。旅なら、毎回違う場所へ行きたいと思っていたからだ。
けれど、秋の森を眺めていると、冬にはどんな景色になるのかが気になってくる。同じ窓から見る風景も、季節や時間によって変わる。一度訪れたからこそ、次の過ごし方も思い浮かぶ。映画を観る日、レコードを聴く日、籠もって小説を書いてみる日……。過ごし方を変えながら、同じ場所に思い出を重ねられる。「10泊も」から、「10泊で足りるだろうか」へ。帰る頃には、疑問の向きが変わっていた。
そして、「MASU」で印象に残ったのは、何か特別なことをし続けなくても、時間が豊かになることだった。ホテルのように迎える準備が整い、別荘のように居場所と過ごし方を自分で選べる。その間にある心地よさを、建築と森が支えていた。
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