Interviews: ポップアートの第一人者 田名網敬一の色彩感覚とピカソへの傾倒を探る
ピカソ作品を模写し制作されたオリジナルシリーズ 300点ほか最新のアニメーション作品を展示
















1960年代からアート界で活躍を始め、日本を代表するポップアートの第一人者である田名網敬一(たなあみ けいいち)の作品は、唯一無二といえる独特の色彩感覚から生まれている。近年〈adidas(アディダス)〉や〈Junya Watanabe MAN(ジュンヤ ワタナベ マン)〉〈STÜSSY(ステューシー)〉など、ファッションブランドとのコラボレーションプロジェクトで注目されたのは記憶に新しい。
田名網氏はコロナ禍に見舞われた世界の中で、予定していた海外の展覧会や大学の講義やプロジェクトなどが止まり、締切やスケジュールに追われるという若い頃から60年以上も続いてきたルーティンから意図せず開放される。その時アトリエの床に放置していた過去の作品で、キャンバスに模写したPablo Picasso(パブロ・ピカソ)の作品“Mère et enfant(母子像)”が目が止まり、そこからPicasso作品の模写に取り掛かった。
気が付くと日も暮れ薄暗くなったアトリエで、田名網氏は夢中になってPicasso作品に対峙する日々を過ごし模写を繰り返し制作。約3年ほどの期間で400点を優に超すPicassoの模写が、やがて田名網氏オリジナルの“Picassoシリーズ”として描かれていったのだという。
今回の個展は、こうして生まれた“Picassoシリーズ”の中から約300点と、移動式販売スタンド(Kiosk)を模したインスタレーションを中心に展開。さらに、膨大なイメージの蓄積から生み出される新作のキャンバスペインティング、コラージュ作品、そして最新のアニメーション作品“赤い陰影”などが展示されている。
『Hypebeast』はその独特の世界観を堪能するべく『NANZUKA UNDERGROUND』で行われている個展に足を運び、アート、ファッションシーンの双方から敬意を払われる田名網氏に話を伺った。
Hypebeast:今回の展示は、3年近いPicassoの作品の模写から発想したとのことですが、彼の作品のどんなところに惹かれたんでしょうか?また、田名網先生にとってPicassoというアーティストはどんな存在ですか?
Picassoには創造と破壊という人生を貫く重要なテーマがあって、普通の芸術家ではとても真似できない激烈な生涯を送っているわけです。少し前の時代のGogh(ゴッホ)とかRenoir(ルノアール)をみても、1つのスタイルを確立してしまうと、終生それを続けることが多かった。だけど、Picassoは描く絵描く絵が全て違う。写実的なものもあれば、アブストラクトなものもあれば、立体派風のものもあれば、千変万化で生涯にわたって創造と破壊を繰り返した画家なわけよね。そうやって生涯を生き抜いたところに魅力を感じて、今回の模写を始めたわけです。ちょっと前にJackson Pollock(ジャクソン・ポロック)の若い頃の発言を読んだんです。彼が言ってたのは、何か自分が新しいことをやろうとしても、絶えずPicassoが前いる。何をやってもPicassoの表現に結びつく。筆で描くとなると必ずPicassoにぶち当たってしまうので、そこで思い切って、筆で描かないことに頭を切り替えたそうで。それがあって、あのドリッピングの手法が編み出されて、後年大成するわけだけど。要するに、Picassoっていう巨大な存在があって、それに絶えずぶち当たりながら、試行錯誤しているうちに新しい手法が生まれたわけだね。Picassoが亡くなる2年ぐらい前に自画像を発表したんだよ。Picassoは、若い時から晩年まで絵は飛ぶように売れて、ほぼ挫折なくやってきたから、今までの自画像は全て自信に満ちたふてぶてしいほどの自画像なんだけど、亡くなる2年前ぐらいの自画像はものすごく弱々しいPicassoで、正面を凝視しているんだけど不安な表情というか。晩年で自分の芸術表現が終わる時期を予感したのか、終末観を漂わせるような、哀愁のあるというか、とにかくPicassoらしくない自画像なのね。それが最後の絶筆に近いものなんだけど。そういった作品も含めて模写のきっかけになったかもしれません。
今も続けてらっしゃるのですか?
今回の展覧会で300点ぐらいは展示してて、今も描いてるから全部で500点ぐらいになるのかな。
コロナ禍でスタートされたPicassoシリーズに、そこまでのめりこむ理由をお伺いできますか?
多分コロナがなければ、模写はしなかったと思うんだけど、3年ちょっと前のコロナ以降、きまっていた展覧会の予定などが全部なくなって、暇になったんです。現在進行中のペインティングをつづけようと思ったんだけど、どうも気力が出なくなって。そんな時に、手塚治虫さんのアトム展に出したPicassoの母子像にアトムをはめた絵を思い出したんですよ。そこからもう1回Picassoの模写をやってみようかなと思って。Picassoの母子像が好きなので、まずそれを描いたんです。自分でも10枚ぐらい描いたらやめるんだろうなって思ったんだけど、描いていくうちにどんどん次を描きたくなって、それがいまだに続いてる感じです。
“世界を映す鏡”というタイトルについてお伺いしたいのですが。
自分自身の顔や姿を肉眼で捉えることはできないよね。鏡を通して見てるわけじゃない。でも鏡がそれほど正確に映してるかといえば、そうでもないよね。鏡の歪みや明るさ暗さ、その他のさまざまな要因で、映り方は違うじゃない。そう考えると、我々は世界を肉眼で見てるけど、恐らく本当の姿をそんなに正確に捉えてない。見てるのは虚像で、もし本当の姿を肉眼で見ることができれば、もっと違う姿が見えてるのかなって。例えば、音でもテープに自分の声を録音して聞いてみると、全く違うと思うじゃない?あのような現象が起こってると思うのよ。だから肉眼で自分の顔を見れたら、多分鏡に映ってるものとは全然違うと思う。それが、タイトルになったわけです。
田名網さんの作品はサイケデリックな色彩のものがほとんどですが、世の中に溢れる色と、田名網さんの意識の中にある色との違いはどのようなものでしょうか。
サイケデリックって僕の絵を表現するのによく使われるんだけど、本当はサイケデリックと僕の絵は無縁なんです。というのは、1960年代ドラッグが流行った時代に、ドラッグで意識が拡張した酩酊状態で描いたロックフェスティバルのポスターとか、そういったものを指してサイケデリックっていっていた。僕はドラッグを使って絵を描いたこともないし、そういう意味ではサイケデリックではないのよ。僕が幼年時代に経験した戦争で、防空壕に入って空を見てるときに、照明弾が落ちてきて赤く染まって、爆弾が投下される光景のイメージが、僕の絵の中に残像のような残っていて、それがサイケデリックというワードに結びついたのかもしれないね。
サイケデリックっていう言葉が独り歩きしてましたね。
派手でピカピカした色味をみんなサイケデリックって括ってるけど、本当はドラッグの現象を言ってるんだよね。だから全然違うよのよ(笑)。
今後、サイケデリックとは記載しないようにします……(笑)
近年ファッションブランドと精力的にコラボレーションされてますが、引き受ける基準はありますか?また、その際の作業の進め方などを教えて下さい。
ものによって違いますが、例えばadidas(アディダス)でも、先方からの細かい注文はあまりなくて。僕の方からロゴに手を加えていいかと問い合わせて、OKだったから自分の作品と合体させて独自のものに変えたんだけど、そういった依頼者との駆け引きというか、交渉次第で面白いものができますね。最近やったJunya Watanabe MAN(ジュンヤ ワタナベ マン)だったら、デザイナーの渡辺さんが僕の作品を雑誌などで見て、それを使いたいと連絡が来たんだよね。あとはSTÜSSY(ステューシー)の場合なんかは、今の作品ではなく60年代に僕が作った過去の作品を使ってデザインしてくださいっていう依頼もあったし、コロナ前にやったGENERATIONSのコンサート用にグッズや映像は、自分の今まで作ったものを組み合わせて製作してたり。もちろん1から全部作るパターンもありますよ。
創作のプロセスだったりインスピレーションのもとになるものなど聞かせていただきたいです。
僕のペインティングは、絵の半分ぐらいが引用で成り立ってて、自分のオリジナルで描く部分は半分ぐらい。僕は江戸時代の絵師が描いた絵が一番好きなんだけど、若冲(じゃくちゅう)とか蕭白(しょうはく)とかね。そういう作品を引用することが多いね。もちろんそのまま使うんじゃなくて、僕が描き直すんだけど、1920年代に人気だったアメリカのパルプマガジンのイラストレーションやマンガなど、僕の好きなものを縦横にとりこんで画面構成をするのが好きなんだよ。他者との競合がおもわぬドラマをつくるんだね。
ケースバイケースかと思いますが、1点の作品を完成させるのにどれぐらいお時間かかるのでしょうか?
僕の絵は結構細かいので、4m x 2mぐらいの作品だったら4ヶ月ぐらいかかる。ただ塗ってるだけでも面積がすごいから、それぐらいの時間が必要。でも小さいのはそんなに時間かからなくて、今回のピカソの絵だったら、1枚ずつ描くんじゃなくて、8枚ぐらいを同時進行してる。あっち描いたりこっち描いたりして並行して完成させる。1枚終わらせるのは3日ぐらいかな。
世界を映す鏡 A Mirror of the World
会場:NANZUKA UNDERGROUND
住所:東京都渋谷区神宮前3-30-10
会期:11月12日(土)- 12月25日(日)
時間:火曜日 – 日曜日 11:00 – 19:00
世界を映す鏡 A Mirror of the World(chap.2)
会場:3110NZ by LDH kitchen
住所:東京都目黒区青葉台1-18-7
会期:11月15日(土)- 12月25日(日)
時間:火曜日 ‒ 木曜日 11:00-16:00 / 金曜日 ‒ 土曜日 11:00-17:00