Studio Visits : 志鎌英明 | Children of the discordance デザイナー

ストリートへの愛に満ちたローカルな存在でありながらもメインストリームでの成功を貪欲に求めた志鎌英明の素顔に迫る

ファッション 
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「現在の日本のファッションシーンを率いるブランドはどこか」と聞かれた際、真っ先に頭に思い浮かぶのは〈sacai(サカイ)〉や〈UNDERCOVER(アンダーカバー)〉といったところだろう。だが、今この問いの答えに三段飛ばしの勢いで迫っているブランドがいる。志鎌英明の手掛ける〈Children of the Discordance(チルドレン オブ ザ ディスコーダンス)〉だ。

既に東京コレクションには何度も参加しているブランドだけに、ファッションギークな人々にとってはおなじみの存在かもしれないが、〈COTD〉が東コレに参加するほどまで名を上げた道のりは決して平坦ではない。1歳しか年齢が変わらないとあるデザイナーとの出会いで挫折し、それをバネに過去の先人たちが整備してきた舗道とは異なるインターネットやSNSが発達した今の時代だからこその獣道を歩み、大企業の後ろ盾や大御所ブランドでの経歴もなしにクリエイションの本質だけで頭角を現してきた、いわば叩き上げのブランドだ。

そんな〈COTD〉の魅力についてツラツラと書くことはナンセンスだが1つだけ書くとするならば、ストリートへの愛に満ちたローカルな存在でありながらもメインストリームでの成功を貪欲に求めた志鎌英明という男の人格が洋服に宿っているということ。民主的なデザインの売れる洋服ではなく、デザイナーの個性を全面に出しながら着る人の個性も際立たせる血の通った洋服。これが意味することを、日暮里にある志鎌英明のアトリエで行なったインタビューから読み解いていただきたい。

HYPEBEAST:まずはファッションを好きになった原体験から教えていただけますか?
小学5年生の時なんですけど、友達がいきなりSTÜSSYのTシャツを着て現れて「なにその服!?」ってなったんです。聞いたら代官山にお店があるって言うから母親を連れて、Tシャツとコーチジャケットを買いました。この時の洋服に対する熱狂やドキドキ感は今も消えていなくて、間違いなく原体験ですね。今は買う側ではなく作る側になってしまいましたが。

かなり若いタイミングでファッションに出会ったんですね。
それからの中学3年間もかなり濃密でした。学区の関係で小学生の時の友達が全然いない中学校に通うことになったんですが、みんな兄貴がいたからFRESHJIVEのTシャツとか極太のデニムとか普通に履いていて、今当時の写真を見返してもオシャレだと思う子がめちゃくちゃいたんですよ。それに、2年生と3年生の時に1カ月ほどニューヨークにステイすることがあって、ちょうどSupremeがニューヨーク店をオープンするタイミングだったんです(1994年)。

それは語学留学ですか?
通っていた英会話の先生がニューヨークに引っ越すことになったので、夏休みを利用して遊びに行っただけですね。もともとグラフィティやヒップホップに興味があったんですが、現地で完全にスイッチが入りました。Nasが『Illmatic』を、The Notorious B.I.G.が『Ready To Die』をリリースした頃です。

早々とストリートの道を歩み始める中で、高校卒業と同時にファッションの専門学校に入学した理由を教えていただけますか?個人的にストリート系のファッションを好む学生は、専門学校に通わないイメージがあります。
やっぱり洋服への愛が半端なかったんですよね。だから洋服の学校に行きたいなって。ストリートのテイストは強かったですが、それまでにいろいろな系統の服を着ていて、古着と裏原はもちろん、Raf Simons、Helmut Lang、Maison Margielaの最盛期はハマったし、UNDERCOVERやNUMBER (N)INEに熱狂した時代もあった。このブランドとあのブランドはあわせちゃいけないとか、そういった概念が自分の中にはなかったんですよ。だから村上淳さんと松岡俊介さんがやっていたSHANTiiのエスニックなパンツに、Maison MargielaのTシャツを合わせるミックス感がかっこいいと思って着てました(笑)。

洋服への愛が強すぎるあまりに、提供する側への憧憬の気持ちが生まれたんでしょうか?
専門学校に入る前からプリントTシャツを売ったりしていましたが、その頃の自分の感覚的には“洋服を作るノウハウを学ぶために通う”という考えではありませんでしたね。2年間通っていたものの、毎日のように原宿や代官山のストリートで遊んでいたので無意味同然です(笑)。1997~99年が学生だったんですけど、ちょうどSupremeが代官山店をオープン(1998年)した頃だから国内のストリートの勢いがすごくて、ひたすらSupreme、SILAS、NEIGHBORHOOD、RECON、Afterhoursなどのお店に足を運んでいましたね。

ちなみに、その当時は読者モデルとして活躍されていたそうですね。
雑誌 Boonのストリートスナップで声を掛けられたことからはじまって、そのうち丸々1ページで掲載されたり、タイアップの撮影もお願いされるようになり、1~2年くらいはお世話になったと思います。よくChaki Zulu(*​YENTOWN​の中心人物でトラックメーカー)と2人で載ってました。

専門学校を卒業してからは何を?
mont-bellでショップスタッフとして2年間働いていたんですが、その時の先輩がとにかくオシャレで半端なかったんですよ。それで、その人がSHIPSで働くって言うもんだから付いて行って、2年くらい働いていました。でもSHIPSのテイストとは全然違うMaison Margielaとかbalanceweardesignとかを着て店頭に立っていたので、お客さんに「その服どこにありますか?」って聞かれて困っていた記憶です(笑)。

その後、SHIPS傘下のセレクトショップ Acycleでディレクターに就かれた訳ですが。
正確には1度辞めて、闇の深いバイトをしたり2年くらいフラフラしていたところ、SHIPSの偉い人から「何してるの?」って連絡がきて出戻ることになったんです。でも入ってみたら僕の仕事なんてどこにもなくて、“何かあったら使える奴”という立ち位置だったんです。それからしばらくはやることがなかったのに、毎日Raf Simonsのブカブカのノースリーブとか着て出社していたらキャラクターを買ってもらえて、「原宿に物件があるから事業計画書を出してみろ」って話をいただいたのでセレクトショップを提案したら見事に通りまして、25歳の2005年にAcycleをオープンしました。

一気にジャンプアップしましたね。
店長は別にいたんですけど、バイイングとディレクション、あとはデザイナーの経験がなかったのにストアブランドのデザイナーも任せてもらえましたね。専門学校に通ってはいましたが洋服の基礎知識がないも同然の状態だったので、いちから勉強させてもらいました。本当にSHIPS様様です。SHIPSで働いていなかったら、今頃買い溜めていた洋服をYahoo! Auctionsで売って日銭を稼いでいたかもしれません(笑)。

Acycleにはどれくらい在籍を?
約6年ですね。Acycle自体は好調だったんですけど、リーマン・ショックの影響で仕方なく閉店することに。

Acycleの閉店を機にChildren of the discordanceを立ち上げたんでしょうか?
いえ、Acycleの後半にはもうCOTDを趣味でやっていて、店頭に勝手に置いて勝手に売っていました。

では、COTDの立ち上げのきっかけは?
Acycleを手掛けていく中で、誰にも何にも干渉されない自分が着たい服を自分で作りたい気持ちが芽生えたんです。それでAvoidの木戸亨と井ノ川貴之の3人で立ち上げました。

ブランド名の由来は?
“discordance”が不和とか交わらないって意味なんですけど、一緒に始めた2人も他人と同じ服が着たくなかったり、DJの時に誰も知らない曲をフロアで掛けたいみたい思いがあって、振り返ると小さい頃からずっと変わらない気持ちだったので名付けました。初めてCOTDの展示会をやったのが2011年の東日本大震震災の直後だったんですけど、これもあって3店舗しか卸先が決まらなかったのを覚えています。

「洋服に人生を賭けていないことに気付かされたんです」

数年前にブランド成長の起爆剤となったターニングポイント “ストリートスナップ”があったかと思いますが、そのエピソードについて教えていただけますか?
2017年1月にファッションウィーク中のパリに渡っていたんですが、当時Name.のデザイナーだった清水則之さんにお会いして、井野将之さんのdoubletが参加していた合同展示会に連れていってもらったんです。そこの扉を開けたら、doubletのところだけ10人くらいバイヤーが集まっていて、「なにこれ!?」って。その時のColette(*今は閉店してしまったパリの知名なセレクトショップ)のウィンドウもdoubletだったし、ストリートで見かけるおしゃれな若い子たちもPYREX VISIONとかOff-White™の流れで着ていたし、「本当に刺さっているんだ」って直に食らわされました。恥ずかしながら僕はそれを知らなくて、洋服に人生を賭けていないことに気付かされたんです。それで完全にスイッチが入って、東京に戻ってすぐに“東京ファッションアワード 2018”に応募したら無事に受賞し、そのサポートで2018年1月と6月の海外でのファッションウィーク中の合同展示会に参加することができました。

でも、その1月の「Pitti Uomo(*世界最大規模のメンズウェア見本市)」での展示会は全然向こうの人たちにハマらなくて。というのも、その年の「Pitti」はUNDERCOVERとTAKAHIROMIYASHITATheSoloist.の合同ショーがあったんですけど、そのサンプルの量があまりにも多すぎた関係でCOTDのサンプルが飛行機に乗り切らなかったらしく、全て揃ったのが展示会3日目という悲惨すぎる状況で……。今だから言えますけど、展示会どころじゃなかったというのが本音です。その後のパリでは無事に展示会を開けたんですけど、海外の人たちは初見のブランドだからサラッと触るだけで帰るみたいな毎日でした。その一方でdoubletは朝から晩までバイヤーが集まっていて、「本当に売れてるんだな」って。

なので6月の「Pitti」に自らCOTDのヴィンテージバンダナのパッチワークシャツを着て行ったんですが、めちゃくちゃスナップされたんです。これって仕向けたは言い過ぎですけど、今って待っていても売れない時代だから、デザイナーのキャラクターだったり洋服の個性をどこかで爆発させなきゃいけないんですよ。このマインドをdoubletに刺激されてから常に意識するようになり、展示会のために行っていましたが撮られなきゃダメだと思って。その結果、展示会はアポイントだらけでしたし、Insatagramには世界中のバイヤーからDMが来ました。新規の取り扱いも一気に決まったんですが、実を言うと1月の新規はゼロだったんです。

スナップがCOTDの売り込みとして最適解だったんでしょうか?
海外に限ってはそうでした。それに、僕は誰かの力を借りずに自分の力だけでCOTDを大きくしたかったし、志鎌英明というキャラクター込みで発信しないと売れないと思っていましたから。ただ、ブランドを売り出す策としてこれが正解かは別として、1つの例。COTDは僕がやるから成功したわけで、全てのブランドに当てはまるかと言ったら難しいところだと思います。

ヴィンテージバンダナのパッチワークシャツは人気の起爆剤となり、今でこそシグネチャーになりましたが、いつ頃から展開を?
2016年春夏に半袖のバンダナシャツを作ったのが初めてですね。過去にBruce Weberがオリジナルブランド Weberbiltでバンダナシャツを作っていたり、visvimでもバンダナをパッチワークしたようなアイテムを見かけたことがあるんですが、自分が欲しいものではなくて。だからブランド立ち上げ当初から作りたいと思っていたんですが、材料となるヴィンテージバンダナの仕入れ先がなかったんですよ。でも継続的に仕入れることが出来る工場に出会えたので半袖シャツを1型だけ作ったら飛ぶように売れて、それから長袖シャツを作ったりと少しずつ型数を増やしていった感じです。

仕入れはどこから?
今はアメリカ、オランダ、フランス、パキスタン、タイの5カ国から仕入れてますね。アメリカはアメリカ製、オランダとフランスはヨーロッパ製、パキスタンとタイはアメリカの物資が流れ着くことが多いので、それを専門に取り扱っている業者にペイズリー柄のアメリカ製だけを集めてもらっています。

「全て自分が手掛けることで、どこにも嘘がない200%のものが出来上がる」

COTD自体は1シーズンにどれくらいの型数を展開していますか?
2021年秋冬は、定番や小物を含めると110型ほどですかね。

相当な型数ですが、スタッフは何人体制なんですか?
片手でおさまる人数です。だからこそ、生産してくれる工場はスペシャルなところにお願いしています。

となると、生産は連携が取りやすい日本がメインになるかと思います。
都内とベトナムですね。ベトナムは刺繍のクオリティーが高いので全てお願いしていて、DOVER STREET MARKET GINZAとの限定コレクション Children of the discordance verseはアトリエの隣の縫製工場で生産していただいてます。

アトリエを生地屋や縫製工場などが多い日暮里に構えたのも、そういった理由でしょうか?
日暮里にアトリエを構えたのも、工場を見つけたのも偶然ですね。5年前に日暮里に移ったんですが、その頃は本当にお金がなかったので知り合いの生地屋にサポートしていただく形でこのアトリエを借りました。移ってから次第に隣の工場さんと仲良くなって応援してくださるようになり、今では隣の工場でないと年にCOTDを2回、DSMGとのverseを4回のサイクルは無理ですね。おばあちゃんが「志鎌さん、バンダナ2枚足りないよ~」ってアトリエに入ってきて、「これとこれでいいんでしょ!」って勝手に持っていったり(笑)。すごくいい関係でやらせていただいています。

今年でCOTDは10年目を迎えた訳ですが、デザインが枯渇することはなかったんでしょうか?また、デザインはパッと思いつくタイプか、それとも自身の中の記憶を少しつづ調理していくタイプですか?
パッと思いくこともあるし、好きなアーティストのMVを観て参考にしたり、どっちもですね。例えばCOTDのとあるボーダー柄は、ラッパー Mic GeronimoのMVの後ろの方でガヤしてるお兄さんの服をサンプリングしています。デザインの枯渇に関しては、最近になって作りたかった洋服がようやく思い通りに作れるようになったり、使いたかった生地を使えるようになった段階なので全くないですね。むしろブランドとしてのスタートラインにやっと立てて、本気のCOTDを示せるようになり始めたくらいです。それこそ、3月に上野で披露した2021年秋冬コレクションで、初めて人前に見せれるなって納得したばかり。COTDのようなカジュアルな服でランウェイショーを行うのは勇気がいるんですよ。別にデザインが凝りに凝ってるわけでもないし、デコラティブなものでもないし、テクニカルなものでもない。だけどベーシックでオーセンティックな感じで、いろいろなテクニックやマテリアル使いで新境地を見せれた気がしています。

勇気を振り絞ってまでランウェイショーを上野の表慶館(*明治建築を代表する重要文化財)で発表した理由は?
今後、海外でショーを発表していきたいと思っているからですね。だから日本でショーをやる時にはなるべく意味があるものにしたくて、表慶館のような荘厳な建物かつ長いランウェイ(60m)がある環境に慣れておきたいなって。やっぱり慣れることって大事じゃないですか。あの規模のスケールのショーを国内で何回もやっていれば、突然海外でショー披露することになっても対応できるはずだなと。

業界内でランウェイショーの開催意義が問われる中で、ルックブックとの見せ方の違いはどうお考えですか?
そこの違いはあまり意識したことがないんですけど、ルックブックは1番伝えやすくて分かりやすい状態で撮っていますね。別でデジタルショーの映像も作っていますが、ただ無観客の動画を配信するのではなく、COTDのバックグラウンドを知ってもらうためスケートフィルム風やミュージックビデオ風にしたり、「志鎌ってこういうカルチャーが好きなんだ」ってなるような、僕が触れてきたカルチャーに寄り添った内容にしています。ランウェイショーは当然すばらしいもので、感動を与えられるし、やっぱり夢があるんですよ。反響もダイレクトにあって、ショーの後だけで海外の取引先が新規で3件決まりました。

2021年秋冬で特にオリジナリティが強かったり、バックグラウンドを反映しているアイテムはありますか?
1950~60年代のピンストライピングってカルチャーがあるんですけど、左右対称の極細の柄をフリーハンドで描くんですよ。それをトライバル風に描いて落とし込んだアイテムがあったり、Joey Bada$$のDevastatedって曲が好きなんですが、そのリリックを手書きであしらったアイテムがありますね。「お金がなかった時代は女に見向きもされなかったのに、金持ちになった途端に群がってきたけれどもそんなビッチは相手にしない」みたいなリリックがいいんです(笑)。

2021年春夏と2021年秋冬はコロナ真っ只中でのデザインでしたよね。
削ぎ落とすことにすごい集中するようになりました。冒頭でお話しした小学生の時に買ったSTÜSSYとか捨てずに手元に残してるんですけど、それって自分の中のオーセンティックなもの。誰しもが自分の中に変わらないもの、普遍的なデザインのものが絶対にある。それ以上にデコラティブなものや余計なデザインが入っていると、クローゼットの中から捨てられる優先順位が高くなっていくので、あくまでベーシックなスタイルで何ができるのか、そこをすごい意識するようになりましたね。

改めて、自身が思うCOTDのストロングポイントを教えてください。
グラフィックですかね。Tシャツのグラフィックから、総柄の生地のプリント、刺繍やテキスタイルのデザインまで全部僕1人でやってるんですよ。外部にお願いするより全て自分が手掛けることで、どこにも嘘がない200%のものが出来上がる。そんなデザイナーは世の中にほとんどいないと思うので、ストロングポイントだと思います。

「洋服に向き合いすぎて友達が減りました(笑)」

新型コロナ前後で、ビジネス面やプライベート面でスイッチのオンオフはありましたか?
2019年に表参道ヒルズで発表した2020年春夏コレクションは、自分の中で再度スイッチが入ったというか、ちょっとギアを入れ替えたタイミングだったんですよ。2020年1月のパリではギリギリ展示会も開けて、そこでの反響がすごくて国内も調子がよかった。新型コロナのパンデミックが訪れず、6月に展示会が開けていればブランドの成長速度はもっと上がっていたはずです。今はそれが緩やかに成長している感じ。こんな状況でも売上等が落ちずに済んだのは、僕がギアを入れたタイミングだったからだと思います。プライベートでは、doubletの件以降「遊ぶ時間なんてないわ」って洋服に向き合いすぎて引き篭もり生活になっていて、出歩かなくなったから遊ぶ機会も減って友達が減りました(笑)。それがパンデミックになったから余計に……。スタッフや身内とは頻繁に会いますけど、広くいろいろな人と会うことはなくなってしまいましたね。

今、ブランドとして力を入れていることは?
ギフティングの依頼はよく来るんですけど、一切したことがないですね。でも海外アーティストへのサンプルのリースには力を入れています。つい最近だと、Migosからアルバム Migos: Culture IIIのシューティングのために連絡があって、QuevoがCOTDのシャツを着てくれましたね。それと、ロサンゼルスのMaxfieldで扱ってもらっているおかげでTravis Scott、21 savage、Trippie Reddらアメリカのアーティストからリースのオファーが来ることが多いです。

アトリエにはAKIRAのコレクションが大量にありますね。
僕自身はAKIRAのリアルタイム世代ではないんですけど、1990年代初期からはアメリカントイ・ブームがあった影響で、渋谷・原宿におもちゃ屋が相当数あったんですよ。そこに行くとAKIRAのTシャツがラック売りされていたんで、高校時代から収集していましたね。アニメ映画公開当時のTシャツや週刊ヤングマガジンの応募懸賞Tシャツなど、オフィシャルからブートまで広く集めてます。

ラップTやバンドTシャツもコレクションしているとお伺いしました。
今あるのはKanye West、Drake、A$AP Rocky、Mac Miller、Lil Peep、Trippie Redd、Meyhem Lauren、Metallica、DMX、Juice WRLD、YOU THE ROCK☆、Libra Recordsとかですね。6ix9ineはとっくに死んでもおかしくない生き様が好きだから集めてます(笑)。アジアルートで手に入れることが多く、探しているとLil Wayne、Kanye West、Drakeはマーチャンダイズが多くレジェンドだと気付かされますね。あと、やっぱりKanyeは別格のデザインで最早ブランドのTシャツだなと。これらのコレクションは、解体・再構築してCOTD2021年秋冬でリリースする予定です。

ヴィンテージバンダナも相当数ありますが。
これでも全然少ない方で、シーズン毎に秋冬で10,000~15,000枚、春夏で20,000枚は仕入れてます。色別で分けてるんですけど、その中でもアメリカ製とヨーロッパ製に仕分けしていて、アメリカはいわゆるペイズリー柄で、ヨーロッパはドットとか花柄とか繊細な柄が多いですね。今は数がないですけど、カーキやブラウンのアースカラー系のもの、星条旗のバンダナなどもストックしています。

アイテムを製作する際は、この中から1つずつピックしていく感じなんでしょうか?
そうですね、パズルのように。だからこそ生産の際にミスが許されないので、アトリエの隣に工場があるのは頼もしいです。

並べられているスニーカーは?
コレクションしているものと、加水分解が進んでいるのでRECOUTURE(*スニーカーカスタムショップ)にお願いして製品になるものですね。中学校の時に買ったAir Jordan 1なども置いてるんですけど、これを履いてスケボーとかやってましたからね、贅沢です(笑)。

いろいろなものをコレクションされていますが、スニーカーも?
昔から好きだから続けて買っている感じで、今は100足くらいですかね。メンズってスニーカーとTシャツくらいしか自由に着れないし、僕の場合は自分のブランドがあるから余計に。スニーカーは加水分解でどんどん壊れていくので、RECOUTUREとのスニーカーはほとんど僕が持っていたものがベースになっています。

現在、COTD以外で手掛けているのものはありますか?
先日、EminemをフィーチャーしたTシャツを出したInsonnia Projectsにはデザイン監修のような立ち位置で関わっていて、3年前くらいからグラフィックを提供しています。ただ、いろいろなオファーが来てはいるんですが、COTDが忙しすぎるので待っていただいていることが多くて……。例えば、リゾートホテルのロゴデザインやアメニティのディレクションですね。

最後に、ブランドを率いてきた中で最も高かった壁は?
2017年1月、doubletにパリで出会ったこと。もう本当に絶望感しかなかったんですよ。当時、自分の中ではブランドに手応えを感じ始めたときで、もう少し出来るもんだと思っていたら全然ダメで。俺のブランドなんて誰も知らない、っていう現実を突きつけられました。それからスイッチを切り替えてブランドがうまくいったので、人生の転機でもありますね。実は井野さんにはたびたびお会いしてるんですけど、本人にはこの話を言ってないんです(笑)。

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