Interviews: 東京旗艦店オープンの STUDIO NICHOLSON クリエイティブディレクターに訊く、ブランドの揺るがない拘りと美学
“流行に左右されない一生付き合える洋服を創る”
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去る7月14日、英国ベースのブランド〈STUDIO NICHOLSON(スタジオ ニコルソン)〉が東京・青山に旗艦店をオープンしたのは、情報の早い『Hypebeast』読者の間ではすでに周知の事実だろう。
〈STUDIO NICHOLSON〉はロンドン芸術大学のチェルシー校テキスタイル科を卒業したのち、長きにわたり業界経験を積んだニック・ウェイクマン(Nick Wakeman)が2010年に自身の曽祖母の名前をオマージュし名付けたブランド。ブランドコンセプトに“MODULAR WARDROBE”(モジュラー・ワードローブ)を掲げ、汎用性高いデザインでありながらも、サブカルチャーなどのリファレンスを織り交ぜモダンに昇華し、世界中のファッション玄人たちを唸らせている。そんなNickは大の親日家でも知られており、1999年に日本を訪れてから20年以上日本は私のデザインに影響を与え、第二の故郷のようだと語る。
ファッションデザイナーでありながら、ファッションというジャンルの垣根を越え、建築、デザイン、音楽への造詣が深い彼女に『Hypebeast』はインタビューを敢行。本稿ではニックのパーソナルな趣向を訊きながら、〈STUDIO NICHOLSON〉の魅力、ブランドクリエーションに迫る。
建築と洋服には大きな共通点があると考えていて、家は、人を守り、温めるために存在しますよね? 私は洋服も同じだと思っています
Hypebeast:今回、日本にフラッグシップストアをオープンした経緯を教えてください。
日本はSTUDIO NICHOLSONにとって最も重要なマーケットだと思います。イギリス・ロンドンに旗艦店をオープンして、昨年は韓国にも出店しました。ブランドを始めてから15年が経ち、東京にオープンする準備が整ったのです。
ミニマルでとても素敵な内装だと思います。内装デザインや家具などのインスピレーションは?
ロンドンの第1号店をオープンした時に、ビスポークキッチンを作っているデザイナーさんに什器の制作をお願いしました。昔から彼のキッチンを素敵だと思っていて、彼にコンタクトをとって“私お店やるんだけど?昔からあなたの使う素材が好きなの!”ってオファーしました。私にとってはインテリアにおいても、素材というのは重要なポイントですね。店内のラックは可動式だから、好きな場所に配置替えができる。世界各国の店舗の内装は全て統一されていて、インテリアデザイナーなどは入れず、自分自身でデザインすることにこだわっています。店内に置かれた本も私のお気に入りの本を中心にキュレートしています。
London, SOHOの店舗はカルチャーが交差する街だから出店を決めたと聞きました。青山を選んだのはもちろんアクセスの良さもあると思いますが、他に何か理由はありますか?
素晴らしいショッピングエリアであると同時に、青山には美しい建築のお店がたくさんあります。特に、根津美術館の向かいにあるArts & Science が入った建物は私のお気に入りです。一歩足を踏み入れると、小さなタイルが使用されていて1970年代のような雰囲気なんです。青山にはたくさん有名な建築物がありますが、私は古くてノスタルジックな見た目の建物に魅力を感じます。それが私のパーソナルな趣味ですね。
安藤忠雄など建築がお好きだと良く話されていますが、ご自身のクリエイティブプロセスは建築家と共通する点があると感じますか?
直線的なデザインが好きなんです。建築物のシルエットや構造も面白いと感じる点です。建築と洋服には大きな共通点があると考えていて、家は、人を守り、温めるために存在しますよね? 私は洋服も同じだと思っています。
今回の店舗のプレスリリースに、1999年初めて訪れた東京は、ベージュ、ブラウン、クリーム色のカラーパレットが印象的で整然と美しい光に照らされている完璧な存在であった、と書かれています。具体的に印象的だった物があれば教えてください。
初めて旅館に行った時、すごく印象に残ったのを覚えています。日本の色彩は、私の好きなプロダクトデザイナー ディター・ラムス(Dieter Rams)のような世界観で、壁から、床、TOTOのトイレに至るまで、クリーンで静寂な色彩に感動しました。洗練された落ち着いた色調というのは私のブランドにとっても、私にとっても重要なキーポイントで、90年代日本を訪れた時からずっと影響を与え続けてくれています。
STUDIO NICHOLSONはファブリックファーストで有名ですね。テキスタイルに魅力を感じ、勉強をしようと思ったきっかけを教えてください。
子供の頃、洋服は全て母が作ってくれていました。私の母も布が大好きだったみたいで、母と一緒に生地を選びに行って、5、6歳になる頃には自分でデザインするようになっていたと思います。学校を卒業したら絶対にテキスタイルの勉強をする、と決めていたのでチェルシー(・カレッジ・オブ・アーツ)のテキスタイル科に進むことにしました。もちろん、今でもテキスタイルが大好きで、洋服作りにおいて目的に合った生地選びをする事が一番重要だと思っています。
ブランドの礎ともなる“モジューラーワードローブ”とは具体的にどんな理念なのでしょうか?
モジュラーワードローブとは、“一生使える洋服”という考えに基づいています。つまり、流行に左右されない、という意味です。ファッション性はありながらも、ファッションすぎないとも言えますね。私は洋服をデザインする時にふたつの事を考えながらデザインしていて、 ひとつは50年後もファッションとして成立するデザインなのか?もうひとつは何年後も着られる品質なのか?という点です。それらが私の考えるモジュラーという意味です。例えば、3年間着用しなかったアイテムがあったとします。それをまたワードローブから引っ張り出して着る。それでも素敵だし、まだ着られる洋服であるということが、素晴らしいと思います。そんな洋服を提案したい!という考えで掲げています。
少し余談にはなるんですが、お花が嫌いといくつかのインタビューで話していますね。それは、モジュラーワードローブの概念同様、花は長続きしないものだからですか?
いい質問ですね(笑)。でも答えはNOかな。花は枯れる。素敵なことじゃない?(植物も枯れるけど植物は好きなんです。)花が嫌いな理由は騒がしいと感じるからです。私はここにいるよ!って主張が激しくて、存在が静かじゃないから苦手です。
STUDIO NICHOLSONでは、完璧なフィット感を追い求め、フィッティング作業に多くの時間を費やしているんです。それに、男性が女性、女性が男性用前立てのジャケットを着るべきではないと思っています。そこは伝統的にあるべきかと。とはいえ、私はメンズウェアをたくさん着ますけどね(笑)
STUDIO NICHOLSONは何年後も着たい長寿の洋服だと思います。それは環境保護の観点からも素晴らしい理念だと思いますが、環境への取り組みや考えはありますか?
個人的にはたくさんあります。服を作るということは、やはり製品を生産しているので環境には優しくありません。ダメな商品を作ればゴミになってしまうし、問題を増やしているという意識もあります。でも、長く愛される洋服を生産することで、一人一人の買う量を減らすことができると思っていて、それを続けることで環境問題に貢献できると思っています。私たちのブランドでは、リサイクルの糸やリサイクルのゴアテックス素材を、シーズンやアイテムにもよりますが、40%~90%使用していますし生産地にも細心の注意を払っています。でもこのデニムはリサイクルなんです!とか声高に言うつもりはないんです。私は、環境に優しい服づくりをすることが当たり前の事だと思っているからです。
ムーンスターの靴が唯一、女性用と男性用が共通にデザインされているという記事を読みました。STUDIO NICHOLSONはアンドロジナスな雰囲気を持っているので驚きました。
店に入って左側のラックがメンズで、右手がウィメンズの商品です。鏡のように掛かっていますが同じデザインのものはありません。女性と男性、言わずもがな体の形が違います。STUDIO NICHOLSONでは、完璧なフィット感を追い求め、フィッティング作業に多くの時間を費やしているんです。それに、男性が女性、女性が男性用前立てのジャケットを着るべきではないと思っています。そこは伝統的にあるべきかと。とはいえ、私はメンズウェアをたくさん着ますけどね(笑)。
あなたのクリエイティブプロセスは?
まずはムードボードづくりから始めます。映画や音楽、古いファッション写真などを集める作業からスタートします。私は、人が好きで、人間観察もよくしますね。その洋服を纏った時にどう感じるか?など言葉では言い表せないアティチュードを写真を使ってデザインチームに説明していく作業です。それから彼らがシルエットを作り始め、目的に沿った生地選びをします。言葉で聞くと簡単そうに思えますが、1つ1つのステップを踏み1枚の洋服を創り上げるのは本当に難しいんです。あとオフィスでは、よくJNDという隠語を使っていて、Just Noticable Difference(=ほんの少しの変化)の略語です。それは細部のディテールであるときや、素材を触った時の意外性など、汎用性の高いデザインのなかに少しのギミックを加えるというのもうちのブランドらしいアプローチだと思います。
2023秋冬コレクションのテーマやインスピレーションは?
ウィメンズのPre fallは高尚な90sをインスピレーションにし、メンズは同じ年代のニューヨークをイメージしました。アメリカンなムードを念頭に、デンゼル・ワシントン(Denzel Washington)がブルージーンズを履いて空港を闊歩している写真やマンハッタンを背景に撮られたミッキー・ローク(Mickey Rourke)の写真をムードボードに掲げました。あとは、メンズウェアは一貫してレイブシーンを想起させるようなムードにしています。レイブのムーブメントはディスコブームのあとに出現したカルチャーで、ドレスアップしてハイヒールを履いたディスコとは逆にルーズなフィットのバギーパンツやカラフルなアイテムが出てきた時代です。STUDIO NICHOLSONにとってこの時代のバギー(ダブダブの)シルエットは重要です。
90年代のサブカルチャーからインスピレーションを得ることが多いようですが、90年代はどんな時代でしたか?
クレイジー。超クレイジー(笑)。1993年に学校を卒業してからしばらくイタリアで働いていたんだけど、90年代はとにかくエキサイティングな時代でした。スマートフォンもインターネットもなかったから、本を読んだり、街を歩いたり、ギャラリーに行ったりしなければならなかった。雑誌は情報を知る重要なツールで週に20冊も買っていました。日本のスナップ誌、FRUiTS(フルーツ)なんかも買っていましたよ。その時代は新しい情報を発見するのに多くのエネルギーを費やす必要があったのに、その文化は完全に消えてしまいましたね。今は情報や物が簡単に手に入りすぎると思います。つまらないよね最近は。その時代のイギリスはかなりミックスカルチャーだったけど、グランジが一番大きなムーブメントだったと思います。友達同士で洋服を交換したり、ヴィンテージを買い漁ったりね。音楽は90sを語る上では欠かせない存在で、いつも大勢で連んでたよ。20人くらいで映画観に行ったりして(笑)。
最後に日本について聞かせてください。日本のカスタマーはSTUDIO NICHOLSONのどんなところを気に入って購買に繋がっていると思いますか?
日本とイギリスには少し似た文化があって、どちらの国も少し伝統を重んじる姿勢があると思います。生地の質感やクオリティは
日本の消費者にとって非常に重要だと思うんです。だって、日本で人気のあるブランドを思い出してみてください。〈MARGARET HOWELL(マーガレット・ハウエル)〉も〈Paul Smith(ポール・スミス)〉も仕立てやクオリティに定評のあるブランドですから。スタジオニコルソンもそういった細部にまで拘るブランドとして評価されているんだと思います。
“まだ発表はできないけれど、今後いくつもの企画を計画中です。”と最後に話してくれたニック。これからも彼女の確固たる美学を軸に世界中のカスタマーをワクワクさせてくれることに違いない。また、今回のストアローンチを記念し日本限定でセットアップを2色展開で発表した。尾州産のウォッシャブルウールを使用したセットアップは、年代を問わず一生共にできる相棒として全ての人のワードローブに不可欠なアイテムになるだろう。詳しくはブランドの公式ウェブサイトからチェックしてみよう。
STUDIO NICHOLSON
住所:東京都港区北青山3-7-10
Tel:03-6450-5773
時間:11:00〜20:00
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