Louis Vuitton メンズの次期アーティスティックディレクターに適任なのは誰?
ヴァージル・アブローの後任と噂される3名のデザイナーのクリエーションを徹底比較

いよいよ開催まで1カ月を切った2023年春夏シーズンのパリ・ファッションウィーク・ウィメンズ。9月26日〜10月4日(現地時間)にかけてフランス・パリで行われる恒例のファッションウィークでは、各メゾンの最新クリエーションに期待が寄せられているが、最近ある噂が業界内でまことしやかに囁かれている。その噂とは、今回のファッションウィーク期間中に〈Louis Vuitton(ルイ・ヴィトン)〉のメンズの次期アーティスティックディレクターが発表されるのではないか、というもの。多くの方がご存知の通り、昨年11月にVirgil Abloh(ヴァージル・アブロー)が急逝して以来、同メゾンのメンズラインはアーティスティックディレクター不在のまま、デザインチームによって制作されている。Virgilの後任として有力視されているのは、自身の名を冠したメンズウェアブランドを手掛けるMartine Rose(マーティン・ローズ)、〈WALES BONNER(ウェールズ・ボナー)〉のデザイナー Grace Wales Bonner(グレース・ウェールズ・ボナー)、アメリカ・ニューヨーク発のジェンダーレスブランド〈Telfar(テルファー)〉のTelfar Clemens(テルファー・クレメンス)の3名。本稿では、この3名のデザイナーのクリエーションを振り返り、〈Louis Vuitton〉のアーティスティックディレクターとしての資質を検証する。なお、この3名についてはあくまで“噂”であるため、全く別のデザイナーが抜擢される可能性もあることをことわっておく。
Martine Rose
イギリス・ロンドンを拠点に活動するデザイナー Martine Roseは、2007年に自身の名を冠したメンズウェア・ブランド〈Martine Rose〉を設立。当初少量生産のTシャツとシャツのラインアップでスタートした同ブランドは、2010年9月のロンドン・ファションウィークにてインスタレーション形式のコレクションを発表した。その後、2012年秋冬シーズンにはロンドンをベースに活動する若手デザイナー育成を目的としたプログラム “NewGen”アワードを受賞し、同時に初となるランウェイショーを開催。2017年に新進デザイナーのためのANDAM賞を受賞し、「LVMH Prize」のファイナリスト候補にも選ばれた。また、2019年にはロンドンのサマセットハウスで開催された大規模な企画展 “GET UP, STAND UP NOW – GENERATIONS OF BLACK CREATIVE PIONEERS”に参加し、英国ファッション協会による“Menswear Designer of The Year”と“Urban Lux Award”にもノミネートされるなど、業界内での評価は高い。
Martineのデザインは、自らのルーツであるジャマイカとイギリスの伝統、ロンドンと言う都市のコミュニティーから生み出された音楽やサブカルチャーにインスピレーションを受けているという。とりわけその作風は1990年代のレイヴカルチャーやヒップホップから着想を得ていると言われており、メンズウェアのベーシックなアイテムを基調としつつ、ハイとローを自由に行き来し、モード/ストリートという両極にあるスタイルを上手く融合させたピースを創出している。彼女のユースカルチャーへの造詣の深さは、Virgilとの共通点。また、2017年よりイタリアのプレミアムカジュアルウェアブランド〈Napapijri(ナパピリ)〉とのコラボレートライン〈Napa by Martine Rose(ナパ バイ マーティン ローズ)〉改め〈NAPAPIJRI MARTINE ROSE(ナパピリ マーティン ローズ)〉を展開し、〈Nike(ナイキ)〉とのコラボレーションも長年にわたって継続している。Virgil時代の〈Louis Vuitton〉がさまざまなコラボレーションを行っていたことを踏まえると、他ブランドや異業種とのパートナーシップを継続できるのは、彼女の強みだろう。また、Martineのクリエーションに魅了されたDemna(デムナ)からのオファーにより、彼がアーティスティック・ディレクターに就任した〈Balenciaga(バレンシアガ)〉のデビューコレクションから5シーズンにわたって、メンズチームのディレクションを担当。このような経験から、彼女のラグジュアリーメゾンのディレクターとしての資質は、既に充分備わっていると言える。
Grace Wales Bonner
ジャマイカ系英国人であるGrace Wales Bonnerは、名門ファッションスクール Central Saint Martins(セントラル・セント・マーチンズ)卒業後の2014年にメンズウェアブランド〈WALES BONNER〉をスタート。2016年には「LVMH Prize」のグランプリを獲得し、2021年には「CFDA(Council of Fashion Designers of America / アメリカファッション協議会)」による“International Men’s Designer of the Year”に選出されるなど、数々の賞を受賞している。
Graceはデビュー時に披露した2015年秋冬コレクション “Ebonics”から最新の2023年春夏コレクション “Horizon Blues”に至るまで、地上における“ブラックネス(黒人性)”の優位性や神話を探求し、それらが持つ文化的なコンテクストを自身のデザインに織り込んできた。しばしば“詩的”と称される彼女のコレクションは、制作の段階で社会的な事象や設定したテーマに関連する文学、芸術作品などを広範囲にわたってリサーチし、学術的なアプローチでそれらをアプトプットしているのが特徴だ。複雑なテーマ設定にも関わらず、Graceの創り出す服は決して難解ではない。テーラードをはじめとするメンズウェアのベーシックなアイテムを高度な技術と繊細なディテール、素材使いでモダンに昇華し、その作品が多くの人々から支持を得ている。今回あげた3名の中では、最も“職人的”な気質を持ったデザイナーと言えるかもしれない。また、〈adidas Originals(アディダス オリジナルス)〉とのコラボレーションも長年継続しており、モードからストリートウェア、スニーカーまで幅広くデザインできる手腕は〈Louis Vuitton〉でも存分に発揮されるだろう。
Telfar Clemens
Telfar Clemensは、アメリカ・ニューヨークを拠点とするジェンダーレスブランド〈Telfar〉を2005年に設立。同ブランドは人種や国籍、性別、年齢を問わず、さまざまな違いをもつ人々の多様性を尊重し、それぞれの個性を受け入れる“インクルーシブ”な価値観を打ち出している。ベーシックなアメリカン・カジュアルウェアをモチーフにしたアイテムをはじめ、設立当初から環境問題を意識し、素材にヴィーガンレザーを採用したバッグや小物を展開。特にアイコニックなロゴを使用したヴィーガンレザーバッグ Telfar Shopping Bagは多くのセレブリティが愛用し、ブランドを象徴するアイテムとして知られている。Clemensは近年のファッション業界で議論されている多くの課題にいち早く取り組み、ブランドのアイデンティティーとして昇華した、最も“今”という時代を体現しているデザイナーと言えるだろう。
Clemensのアーティスティックディレクターとしての資質は、クリエーションの多様性や創造性という観点から見れば先述の2名よりやや弱い気もするが、ビジネス面ではTelfar Shopping Bagのようなヒットアイテムを生み出したという実績がある。これはバッグや時計などのアクセサリーで多くの利益を得ているラグジュアリーメゾンにとっては必須の才能だろう。Clemensの手によって〈Louis Vuitton〉の新たな定番となるアイコンバッグが、今後誕生するかもしれない。