インタビュー:アイファニー EYEFUNNY Daniel Arsham(ダニエル・アーシャム)j balvin j バルビン 小木“Poggy”基史

Studio Visits: EYEFUNNY多くのアーティストやセレブリティを虜にする〈EYEFUNNY〉のデザイナー Juryのインスピレーションの源やデザイン哲学を探るBy Yuki Abe

日本のファッションブランドや日本人デザイナーが世界に与えた影響は計り知れず、Virgil Abloh(ヴァージル・アブロー)やKim Jones(キム・ジョーンズ)らの躍進を紐解けば、裏原ムーブメントへの憧れという原体験に帰着する。そういった構図が追い風となる形で、逆輸入的に国内シーンを再評価する気運が高まりを見せている。本稿の主役〈EYEFUNNY(アイファニー)〉もその代表的なブランドのひとつだ。

デザイナーのJuryが2003年にスタートした東京発のジュエリーブランド〈EYEFUNNY〉。一般的なジュエリーの概念を覆すポップでストリート映えするモチーフと、それに相反するようなダイヤモンドを組み合わせた唯一無二のピースを展開。その“かゆいところに手が届く”デザインセンスと卓越したクオリティが、近年は海外で広く支持され、多くのアーティストやセレブリティを連鎖的に虜にする。今回『HYPEBEAST』では〈EYEFUNNY〉を率いるJury氏のインスピレーションの源や哲学を探るべく、都内某所に構えるスタジオや表参道の直営店にて、貴重なロングインタビューを敢行した。

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ブランドをスタートした2003年当時の話を聞かせていただけますか。

元々は古着屋をやっていました。大学を卒業してから、いわゆる就職するつもりは全然なくて、ただファッションが好きで。学生の頃、Gucci(グッチ)もPrada(プラダ)もDolce & Gabbana(ドルチェ&ガッバーナ)などのブランドもまだジャパン社がなかったので並行輸入のアルバイトが流行っていたのですが、卒業後、先輩が始めた並行輸入の会社でバイヤーとして働き始め、それと並行して裏原のgoro’s(ゴローズ)の真裏でYANKS(ヤンクス)という古着屋を共同経営していました。元々好きで通っていたお店なのですが、そこのオーナーが「なんか一緒にやろうよ」と言ってくれて。向こうはアメリカの買い付けで、僕はヨーロッパ買い付けができたので、ヴィンテージのSaint Laurent(サンローラン)、DIOR(ディオール)とかドレスシャツとかをメインにしたヨーロッパ古着を買い付けていました。ファッション好きにとって、店を持つのって夢だったりするじゃないですか。でもいざ持ってみたら、僕みたいな性格にはお店にいる時間が超暇に感じてしまい、その時間にデザインやものづくりを始め、店舗の売却と同じくしてEYEFUNNYを2003年に立ち上げました。

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その際はジュエリーとアパレルがあったのですよね?

そうです。24から25歳になるときだったので当然お金もなく、どうやったら自分のクリエイティビティーというか、創造性みたいなのものを表に出せるか?と考えました。今思えば、ちょっとしたマーケティング目線もあったと思います。「自分の欲しいもの作るぞ」だけじゃなくて、どうやったら自分の感覚やものづくりが世間に見てもらえるかを考え、一番最初に目をつけたのがベルトでした。当時、洋服とかジュエリーは既に死ぬほど選択肢があったのですが、ベルトって意外と選択肢がなくて、それこそHermès(エルメス)のベルトが一番(質が)良い、それ以外もハイブランドのベルトぐらいでした。古着屋のスタッズベルトもかっこよかったのですが、サイズが激ほそだったりとか、皮がボロボロだったり、見るには良いけど、使用するには厳しいものが多くて。で、タウンページを使って調べて、浅草橋とかを歩き回って「こういうスタッズ作りたいんですけど」というところから始めました。ジェムもローズクォーツとかスモーキークウォーツとかアメシストとか、プラスティックじゃなくて、そういうリアルな石を使って、シルバーでバックル作って、そこにダイヤを留めて、ジュエリーによったスタッズベルトを作りました。それを最初にUNITED ARROWS(ユナイテッドアローズ)とESTNATION(エストネーション)が取り扱いたいって言ってくれて、そこからですね。バジェットの問題で当初は自分が身に着けるジュエリーだけしか作れなくて、ただその時から3カラットのブラウンダイヤのピアスをしていたりと、見せることは意識していました。見てもらうという観点でジュエリーより洋服の方がコスト的にも作るプロセスもハードルが低かったので、洋服も始めました。ジュエリーよりも洋服のマーケットの方がはるかに大きかったのも洋服を始めた理由です。最初は、ジュエリー、服飾アクセサリーのベルトと洋服という3ラインでした。

EYEFUNNYという名前は設立当初から使っていたのですか?

当初からです。ブランドを立ち上げた当時は友人の紹介もありOEMでjunhashimoto(ジュンハシモト)の橋本さんがやられていたwjkさん、当時のTMTさんとかにデザイン提供していました。OEMでは名前を出していませんでしたけど、その時からEYEFUNNYという名前は使っていました。僕が自分で手作りで作っていたベルトやジュエリーは、TMTでも木村拓哉さんからオーダーを受けたりとか、GLAYのみなさんのオーダーを受けたりとかしていましたが、その時にはEYEFUNNYという名前を使っていたと思います。洋服も当時はEYEFUNNYでやっていました。

Juryさんが手がけるものは全てEYEFUNNYの名が付いていたのですね。

そうですね。 自分で発表しているものにはEYEFUNNYという名前をつけていました。

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ブランドのシグネチャーでもあるスマイリーフェイスの誕生した経緯を教えてください。

うちにもクロスとか星とかハートとか、いわゆる一般的な、どこのブランドにあるようなモチーフを使ったデザインがあるのですが、それらと同じように普遍的なモチーフなのにスマイルは他のブランドに無いことに気づきました。見る人を幸せにすることもでき、ビジュアルコミュニケーションが取れるモチーフなのに、他のモチーフはあってスマイリーはない、「これはいける」と思ったので、早々にうちのブランドのひとつのアイコンとして押し出しました。

EYEFUNNYはポップなモチーフが多いですが、最初にデザインしたものを教えてください。

一番最初はもう超シンプルなデザインですね。さっきお話した3カラットの僕が当時していたブラウンダイヤのピアスなどです。それは4つ爪なのですが、その爪は丸じゃなくてひし形で、みねが立っているのです。爪の大きさで言ったら幅が1mm、長さが2mmもないのかな。とにかく小さいんですね。ひし形でみねが立って、面が光るんですけど、この距離で対面して見ても、爪の形状なんてわからないと思います。そういう細かい形状を均一にして、面をちゃんと全部鏡面にしてとか、そういう細部にすごいこだわっていました。シンプルなんだけど実はディテールを見ていくと、あれ?これ良い仕事しているねみたいな。そういうパッと見分からないけど違うみたいなのを作ろうとしていました。一番最初は。でもそれって超難しいじゃないですか。誰もわからないじゃないですか。なんなら誰も求めていなかったと思います(笑)。そこでさっきのマーケティング目線じゃないんですけど、やっぱり人に見てもらうには、わかり易く他と差別化しないといけないし、アイコニックじゃないと認識してもらえないと考えました。それからスマイルなどどんどん今のEYEFUNNYのイメージに近い、アイコニックなモチーフをデザインとして増やしていきました。今のEYEFUNNYって可愛いモチーフとか面白い特徴的なモチーフが多いですよねって言われますが、単純にそれが好きだったというよりかは、そう言う要素が差別化と認められるために必要だったということです。

しばらくはジェエリー、アパレル、ベルトの3本柱を続けていたのですか?

いや、ベルトはすぐやめました。なんでかというと僕がほぼ一人で全部作っていたんで、回らなくなってしまいました。デザインの仕事がオーダーに追われて出来なくて。

Juryさんが職人さんみたいになっていたわけですね。

そうです。まさにそうだったのでそこはブランド始めて2年ぐらいで止めました。オーダーの受付けもストップして、デザインに専念するようにシフトしました。縁があり僕よりも格段に腕のいい職人さんたちと出会うことができ、ものづくりをチームで進めるようになりました。洋服は、もう少し続けていましたけど、もう10年ぐらい前には止めてますね。2011年の震災の後に止めました。

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ジュエリーは本当に自分が思い描いたものが形にできる。もちろん僕一人じゃないですけど、チームだったり、熟練の職人さんと一緒に作り上げることができて、満足できるわけです。

EYEFUNNYの歴史を追うと、3分の1ぐらいはアパレルが存在していたということですね。

そうですね、アパレルはありました。ただちょっと時期が定かじゃないのですが、2007年くらいにEYEFUNNYという名前を洋服で使うのを止めました。会社で、Nine(9)(ナイン)やy(ワイ)というレーベルを作って、そのブランドで洋服を展開していました。

ジュエリーにフォーカスされた理由を教えてください。

Jury:突き詰めると単純にジュエリーが一番楽しかったということが大きいです。アーティストに憧れがすごくあって、絵を描いていたりしたのですが、自分の思い描いている物をペインティングで形にすることができませんでした。だからこれは違うなって。でも、ジュエリーは本当に自分が思い描いたものが形にできる。もちろん僕一人じゃないですけど、チームだったり、熟練の職人さんと一緒に作り上げることができて、満足できるわけです。成功体験というか自然とそこにフォーカスするようになりました。

色々やられた結果、自分のあっているものに行き着いたという形でしょうか。

元々、アートとかジュエリーとか、未来永劫残る仕事に憧れがありました。洋服は今でも好きですし、作ることも楽しいのですが、僕は飽きてしまうことに気付きました。情熱がどうしても続かない。初期のEYEFUNNYの服って抜染にラメのプリントでダイヤグラムモチーフをプリントしたり、服にダイヤをリベット付けしたりして、Tシャツだけで半期で3,000枚とか5,000枚とか売れていました。でもそのイメージとは違うものづくりをしたくなったりして、いきなりスビンゴールドのコットンカシミアを使ったラクダ色のパーカーとか、オーガニックコットンで生成りか墨染めの黒の無地Tシャツみたいな服を作って売ったんですけど、売れないことも多くて。店舗からも「こういうのじゃなくて、もっとキラキラしたやつを作ってください」って言われるんですけど、もうそれがストレスで(笑)。洋服を作り続けることにそういったジレンマがあったタイミングで震災があって、自分を見つめ直す機会となりました。本当に自分がやりたいこと/自分たちが得意なことに特化して、なんでもかんでもじゃなくて、ひとつのことを突き詰めて、それを追求した方がいいよねっていう所に行きつき、みんなにも話をして僕自身もそこにフォーカスして、ジュエリー1本にフォーカスしたというところです。

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ダイヤを使ったスタイルは最初からですか?

それは最初からです。地球上で一番綺麗でタフな物質がダイヤモンドなので。ダイヤを使ったジュエリーを作りたいというのが始めからありました。でも最初からフルレンジでダイヤモンドジュエリーはやれませんでした、僕は別に資産家の息子でもないですし、お金がなかったので。

2003年にブランドをローンチしたタイミングでは、どのようなアイテムがあったのですか?

今でもある33(サーティースリー)というモチーフのダイヤのペンダントヘッドとさっき話した爪にこだわっているブリリアントというピアスだったりとか、アイファニークロスとかです。今では廃盤になっちゃった型もあるんですけど、ダイヤモンドジュエリーのみで全部で6型リリースしました。その後の2005年には現在のフルダイヤのスマイリーをリリースしています。

スマイリーは初期の初期から登場していたのですね。1990年代の後半は、シルバーアクセサリーが大ブームでしたが、ダイヤはその時から興味があったのですか?

そうですね。僕が学生の頃に最初に買ったピアスはCartierのペアで100万ぐらいだったのかなと。引越し屋で鬼バイトしました(笑) Cartierが一番好きでしたがTiffany & Co.(ティファニー)もしていました。僕は天邪鬼なところがあるので、みんながシルバーだったら「もうそれいいでしょ」「いやダイヤでしょ」みたいな、そういう感じだったかもしれません。メンズでは以外と早かったと思います。goro’s付けて、ダイヤのピアスしてみたいな。そういうミックスをしていました。

ジュエリーをデザインされる上でのインスピレーション源を教えてください。

みんなそうだと思いますが、自分の中の経験だったりとか、普段感じるものがクリエーションのソースだと思います。僕はスタジオにDaniel Arsham(ダニエル・アーシャム)の作品やCharlotte Perriand (シャルロット・ペリアン)のスツールとかアフリカのアートだったりとかを置いていますが、自分の好きな物に囲まれた空間だとストレスがないんですよ。そこから直接的な刺激を受けるというよりかは、その空間では自分がフラットでリラックスできるかがすごく重要で。メディテーションじゃないですけど、自分がストレスのない環境にいることによって、自分の中にある経験という“色”が出て来ると思います。日常の中で自分の感情が動いた出来事を反芻するというか、振り返って、はっと思った時に、メモったりする時もありますし、ボイスメモとることもありますし。そうやってアイデアをためて、アトリエに行って、それをちょっと具現化してみたり、チームと話して、膨らませたりしています。基本ジュエリーのデザインは僕がフリーハンドでラフを描いて、そこから始まるので、超アナログです。普通に方眼紙は常備していますし、シャーペン、消しゴム、鉛筆も必須です。

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クオリティーも含めて、ちゃんと世界に出る準備ができていた。そういう要素やタイミングが全て繋がって今の環境があるのかなとは思っています。

海外には年間どのぐらい行かれているのですか?

仕事では月1ぐらいですね。なので年間で10回から12、13回ぐらいでしょうか。旅は好きなのでで多分60~70ヵ国くらいは回っていると思います。

パリコレはどれぐらいの頻度で?

パリコレは年に2回、メンズの時に行っていて、ウィメンズも理由があれば行きます。あとはアメリカ、アジア、インドはダイヤモンドのファクトリーがあるので、年に1回か2回は行くようにしてます。南米行ってみたいんですよね。(EYEFUNNYの顧客である) J Balvin(J.バルヴィン)もいますし、マーケットも見てみたいですし、綺麗で楽しそうじゃないですか。遠いですけど(笑)。まだ南米で仕事がないこととそれがネックです。

現在は海外のセレブが着用している印象が強めですが、海外で人気度が高まったターニングポイントはありますか?

それは色々なタイミングが重なったと思うのですが、まずひとつはInstagramをちゃんとやり出したこと。それと、小木“Poggy”基史さんと一緒に仕事をやり始めたというのと、その2つが大きいですね。あとは、Daniel ArshamがEYEFUNNYをすごいヘルプしてくれていることも理由のひとつです。Daniel自身は「やってやったよ」という意図はないかもしれませんが、単純に彼がうちのプロダクトを良いと思ってくれて、面白いと思ってくれて、それをTravis Scott(トラヴィス・スコット)だったりJ Balvinだったりとか、そうそうたる彼の周りにいるクライアントたちに「これやばいよ」って紹介くれたようで。それでダイレクトメッセージで、J Balvinとかから連絡が来るようになりました。彼とは連絡を取り合い、パリで会って、そこから彼らとの関係性が始まって、毎回新しいものをデリバリーするようになりました。そういう意味では海外の広がりはDanielから始まったと言っても過言じゃないと思います。僕もそうですけど、映画にせよ音楽にせよ、自分がいいと思ったものって友人や知人に紹介したくなるものなので、Danielも自分がしていて良かったので、きっと周りに触れ回ってくれたのだと思います。

それは嬉しいですね。

もちろん嬉しいです。今、アートが一番ホットなマーケットだと僕は思っていて、それこそBill Gates(ビル・ゲイツ)やElon Musk(イーロン・マスク)、世界も富裕層はみんなアートに興味あり買っています、今やファッションの中心にいるラッパーたちもそうです。今の高級品の消費に対してポジティブな彼らはほとんど皆アートに興味があります。なので、それを生み出すアーティストの発言ってかなり影響力があると思っています。だからハイブランドもアーティストと組みたがるのかと。その流れの中で世界的に評価を上げているDanielが良いって推してくれたことが大きかったのかと思います。

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それもタイミングですよね。

まさにそうですね。あとは僕がリアルなDanielのファンだったこともあるのかな、と思います、出会う前からこうやって作品も買っていたわけですし。それを彼も喜んでくれたみたいで。リアルじゃないですか。

上っ面じゃないってことですね。

そこがやっぱりすごく重要で、Danielも僕と会って、僕の彼に対するリスペクトが本物だと感じてくれたんだと思います。僕のクリエーションも見て、こいつはちょっと本気で面白いことをやってるなって思ってくれて、そこでシンパシーみたいなのが生まれたのかと思います。今Danielとコラボの話も進めています。

Danielと最初にお会いになったのはいつ頃ですか?

2年前に東京に来た時に、小木さんが紹介してくれました。僕がDanielのファンだと小木さんは知っていたので、お店に連れてきてくれました。時計が欲しいと言ったので、プレゼントさせてもらおうと思ったのですが、「まじで?いやもらえないよ」って最初は言っていたんですけど、「今度ニューヨークに来た時に、俺のアートあげるから交換しようよ」ってことに落ち着きました。それから連絡を取り合うようになりました。

Danielとは普段どういう話をされるんですか?

普通に色々話します。Danielのものづくりのコンセプトの話とか、EYEFUNNYの話とかもアドバイスくれたりしますし。共通の友人の笑い話などもしますし友達的な感じですね。

初めて会った段階でDanielはEYEFUNNYのことは知っていましたか?

知ってはいたのでしょうけど、お店に来たのはもちろん初めてですし、リアルな商品を見たのは2年前が初めてだったと思いますね。話は変わりますが同じようなタイミングで2019年1月にパリコレで小木さんのPOGGY’S BOXの展示会に参加させてもらい、Don C(ドン C)がネックレスをオーダーしてくれたりとか、そこでも色々な出会いがありました。そのタイミングでいろんなことがボンという感じでしたね。小木さんもちょうどUAを独立したタイミングで、ご自分の会社を作られて、2018年から19年にかけて本当に大きく色々動き始めたってって感じでした。

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ここ2年以内のお話ですね。

そうですね。その前はcolette(コレット)が7年半取り扱ってくれていましたが、それこそ100あるブランドのひとつで、コーナーは常設でしたが、5アイテムだけを置いてみたいな感じでした。coletteが閉店を決断したときは、本当にショックで寂しかったのですが、今思うと今につながる海外展開を考えるきっかけとなったので感謝しています。当時自分が海外で売りたいと思ったお店はcoletteだけだったのでcoletteでやっているということで海外展開の完成形のように感じてしまっていたのでと思います。そのcoletteがなくなった時にどうする?ってなり、じゃあちゃんと展示会とかやって、見てもらわないと、先ずは知ってもらわないとね、というところから、先程の小木さんの話に繋がります。小木さんが独立するという話をお聞きして「一緒に何かやりませんか」みたいな話をしたりとか、そうやって全てのタイミングがハマっていって、紹介してもらったDanielが、いきなり高いところから火をつけてくれちゃって(笑)。名前聞いたことあるいろんな人たちからDMやオーダー来るし(笑)。

根底にあるのは人と人の繋がりで、そこを通して拡散されたような感じですね。

あとは小木さんが言ってくださっているのは、僕らのビジネスはその当時でも15年やっていたわけで、ベースがちゃんとしていたというか。ボンと火がついた時に、一発芸人みたいに一瞬で終わらなかったのは、ちゃんとしたバックグラウンドがあって、ビジネス基盤もあって、物もあって、そういったクオリティーも含めて、ちゃんと世界に出る準備ができていた。そういう要素やタイミングが全て繋がって今の環境があるのかなとは思っています。

そのお話はすごい腑に落ちますね。そういった基盤がないとチャンスが巡ってきても、ものにできないと思うんですよ。

おっしゃる通りですね。

各業界のセレブやアーティストから支持される理由をご自身ではどのようにお考えですか。

やっぱり新しいからじゃないですかね。他に似たような物があったりとか、流行り物に似たりしてたら誰も欲しがらないと思います。そこはブランドを始めた時からそうなのですが、マーケティングの視点というか、マーケットにないもの、みんなが欲しいと思うだろうものみたいな感覚は常に持つようにしています。さっきのスマイリーとかも、どこを見渡してもないので「いける」と思ったわけです。EYEFUNNYでは既存のデザインを組み合わせて、ネームやレタードのチェーンを作れる、という半オーダーみたいなこともやっていますが、アイデアとしてのパターンオーダーは珍しくありません。ただgoro’sみたいに足したり引いたりできたりとか、組み合わせでオリジナルのものを作るというアイデアは既存のハイジュエラーたちはやっていなかった。僕がジュエリーを作る前から好きだったエッセンスをジャンルの異なるダイヤモンドジュエリーで形にした、それが面白いと思ってもらえたのだと思います。そうやって新しい見せ方、もしくは単純に新しい物やデザインをマーケットに投下し続けることが支持を獲得するには必要だと思います。

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そこは最初からずっと意識されていた?

そうですね。好きな物を作るというのは基本的にずっと変わっていませんが、自分だけが欲しい物を作るっていう自慰行為に近い考えとは違う視点を常に持っている気がしますね。

1日の仕事のルーティンを教えてください。

朝は大体7時ぐらいに起きて、子供の遊びに付き合います。9時から10時くらいに家を出て、打合せやダイヤを見るなり、会社に行くなりして、会社では店舗に卸す前の商品のクオリティーチェックだったり、前の日に思い描いたデザインを、ドローイングしたりして、何もなければ、そのまんま1日夕方17時半ぐらいまで会社いて、その後ジムに行ってプールで泳いで、19時ぐらいに帰宅します。会食があれば、その後外出したり、なければそのまんま家で妻とご飯を食べて、だいたい20時ぐらいには子供が寝るので、その後はさっき話したように(Danielのアートなどに囲まれた空間で)デザインや考え事をするみたいな感じですね。それがルーティンです。

丸1日お休みの日は少なそうですね。

そうですね、何もなければ日曜は休むようにしていますが。基本は月に1回出張があるので、1週間から10日、長ければ2週間いないので、そうするとやっぱ月のうち、2週間とか3週間しか日本にいないわけでなかなか休もうとしないかもしれません。僕はワーカホリックなので、やることがあれば仕事したいたちなので。

最後に今後のビジョンを教えてください。

好きなことをやっていくというのは始めた時から変わらないと思います。CartierとかHarry Winston(ハリー・ウィンストン)みたいなダイヤモンドジュエラーは日本にないので、東京発のワールドフェイマスなダイヤモンドジュエラーを作りたいという気持ちはブランド創設当時からあります。5年後10年後もしくは20年経って、EYEFUNNYが多くの人の認識の中で、そういうカテゴリーにはまってくれれば、それはすごく嬉しいですね。でも今は、東京だろうがパリだろうがあまり関係なくて、ボーダレスな世界がより加速していくと考えると、単純に多くの人に求められて、必要とされて、喜んでもらえるというのが理にかなっているのかなって。東京発にこだわる必要はないかなと。ただ世界中の多くの人たちに、認めてもらいたい、必要とされたいというのはあります。その方が楽しいじゃないですか。好きなことをやれて、それをちゃんと多くの方にフォローしてもらえるような環境もクリエーションも続けるということ。それがビジョンになりますかね。

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Toshiyuki Togashi
Editor
Yuki Abe
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