B GALLERY の展示から紐解く横尾忠則の創作の秘密 | Interviews
美術家・横尾忠則の手掛けたポスター作品を集めた展示が東京・新宿『ビームス ジャパン』内の『B GALLERY』にて開催中。『Hypebeast』は87歳を迎えたいまもなお精力的に作品制作を続ける巨匠のアトリエを訪ね、その創作の秘密を訊いた



美術家・横尾忠則の周辺が何やら騒がしい。今年御年87を迎えた巨匠は、3月1日付で「日本芸術院」の新会員に選ばれたかと思えば、11月6日には本年度の文化功労者に選出。そしてコロナ禍の約1年2カ月で制作した作品102点を展示する大規模な展覧会 “横尾忠則 寒山百得”展を、現在『東京国立博物館 表慶館』にて開催中だ。氏は同展の開催に伴って多くのメディアに露出する傍ら、アトリエでは毎日制作に没頭しているという。かの有名な“画家宣言”をして以降、横尾氏の美術家としてのキャリアは40年を超えるが、いまもなおその創作意欲は衰えるどころか、ますます旺盛さを増していると言ってよい。
そんな御大がこれまでに手掛けたポスター作品を集めた展示 “THE POSTERS OF TADANORI YOKOO”が、東京・新宿『ビームス ジャパン』5Fに位置するギャラリー『B GALLERY』にて、12月17日(日)まで開催されている。コンパクトな会場内には、横尾氏のデザイナー時代から2000年代までに制作した作品の中から厳選したポスター全37点を、前期/後期と2期に分けて展示。横尾氏本人も「ポスターだけの展示はあまりない」と言うように、本展はこれまでほとんど展示の機会がなかったポスターの実物を観ることができる、貴重な機会となっている。
ポスターは基本的にクライアントワークであり、純粋な創作とは性質が異なる。しかし、横尾氏のポスター作品は商業的なイメージからは程遠く、観るものを圧倒するエネルギーや、独特のユーモアを誰もが感じられるはず。その秘密を探るべく、今回『Hypebeast』は氏のアトリエを訪ね、創作や日々の生活について話を訊いた。
Hypebeast:現在の毎日のルーティーンを教えていただけますか?
普通の生活ですよ。朝は割と早い時間に起きるんですよ。7時ぐらいから8時ぐらいに起きて、食事をして、それが終わったらすぐここ(アトリエ)に来て、夕方までずっと制作してます。ほとんど毎日そんな生活だから、特に変化はないです。まあ、今日みたいにね、取材を受けたりとか、何かすることはありますけれども。基本的にお昼はお店からテイクアウトしたものを食べて、夕方暗くなってから帰ってご飯を食べて、お風呂に入って、そのまま寝ちゃいます。皆さんの方が面白い生活をしてらっしゃるんじゃないですか? 遊びに行くとか、お酒飲むとか。僕は元々お酒は飲めないですし。それに今は耳が悪いからね、コンサートも映画も、お芝居も楽しめないんですよ。そういう悪条件の中での、非常に限られた時間と空間での生活ですよね。
以前からそういった生活が基本だったんですか?
いや、いままでは創作が一方であって、もう一方でいま言ったようなコンサートや映画、演劇を観たりする生活がありました。でも片方の生活がなくなって、もうここで絵を描くこと自体が生活になっちゃったんですよね。生活と創作が一体化してしまった。まあ、それは僕にとってはある意味で理想なんですけどね。他のことはもう一切しなくなったっていうか、できなくなった。絵具が乾燥する待ち日数の間は、エッセイを書いたり、ぼんやりと無為の時間をむさぼってます。
デザイナー時代はやっぱりね、クライアントやエージェントとか、色々な人たちとの交流がありましたよ。また、友人との夜の社交っていうんですかね。当時は自分も多面的っていうか、ありとあらゆる伝播されるものに首を突っ込んで、それらに対応してきたんです。でも画家に転向してからは、それがなくなりましたね。対応するのは目の前にあるキャンバスだけになっちゃった。若い間に色んなことをほとんど経験してしまったので、もう今の年齢になると飽きちゃって、また同じような経験はもういいやって感じです。だから、生活はうんと縮小されたっていうのかな。単純化したというか。
では本や画集とか、何かから影響を受けることはあるんでしょうか?
そういう影響もね、そんなにないですね。もしかしたら、自分の過去の記憶が影響してるんじゃないかな。これまでは外部からの色々な経験とか体験したことからの影響があったと思いますけども、今は過去の遺産でやってる。まあコロナ禍以降の3年くらいは外出することもなくなったので、絵を描くしかなかったんですよね。だから(*現在東京国立博物館 表慶館で展示している)『寒山百得』展ができたのはコロナ様様ですよ。そのおかげで1年ちょっとで102点も描けましたし。でも、今は難聴が激しいので、若い頃みたいにうろうろしないね。
話題にあがったので、『寒山百得』についても聞かせてください。展示を拝見しまして、漫画などのモチーフを引用されていたり、色彩も豊かで、作品ごとに多彩な表現でアウトプットされていて、とても見応えがありました。
一般的なアーティストっていうのは、自分のアイデンティティっていうのかな、自分に即した主題と様式を持っていますよね。通常はその2つを持って、それに従って作品ごとに反復するわけです。ですから、あの作家はこういう作家だっていうのは、すぐわかりますよね。ところが僕の場合は、掴みどころがないと思うんですよ。というのは、自分自身がそういう様式を持ってないから。僕の場合は、1つ1つ、その日の気分で今日はこんな絵を描いてみたい、明日はこんな絵を描いてみたいっていうことで、作品はどんどん多様化していくわけです。だから、そういう意味では僕は非常にタブーな存在なんです。普通はギャラリーはこんな作家は扱いませんよね。例えば、丸ばっかり描いてる作家、三角ばっかり書いてる作家っていうのはわかりやすいよね。でも僕みたいに特定の様式がない、作風もバラバラなアーティストは、一般的にも批評家にも理解されづらいし、ギャラリー的には商売しにくいんですね。
でも今回の作品はどれも力強くて、観ていてすごく楽しくなりました。
そうですか。それはね、観る側の多様性だと思うんですよ。例えば、1人の作家はこういう絵を描くんだっていう固定した考え方で観に行く人もいると思うんですね。そうすると、僕のような(作風が)バラバラの作品を観ると、その人はそこでコンフューズ(混乱)しちゃう。ところが、フレキシビリティのある人が観ると、僕の作品は受け入れられるんです。だから、固定化した考え方を持ってる人には理解し難いのかもしれないですね。
お話をうかがっていると、横尾さんはその場その場でご自身の描きたいものを描かれているとのことですが、アーティスト/作家として生みの苦しみのようなものはありますか? もしあるとすれば、それとどのように向き合っていますか。
やっぱりね、1つの固定した考えを持ってる人は苦しむと思うんですよ。自分の考えの中に、なかなか取り込めないものまでも強引に取り込もうとするから、そこに苦しみが生まれてくるんですよね。でも僕は固定した考え方とか様式を持ってないので、さっき言ったようにその時の気分で制作しています。何か食べたい時の気分と同じなんですよね。例えば、毎日カレーライスばかり食べてる人もいるかもしれません。だけど、普通はカレーライスや寿司、中華、洋食とかいろんなものがあるわけだから、それをその時の気分でみんな選びますよね。だから僕もそういう食べ物をチョイスする気分で絵のテーマとか様式を選んでるから、そういう意味では生理に従っているので、苦しまない。
でも自分の考えはこうなんだっていう思想のような、なんかこう、強固なものを持ってる人は苦しむと思います。うん、そこに無理矢理当てはめなきゃいけないから、いろんなものを。僕の場合はそれがないから、なんでもありなんです。
もし現在も『寒山百得』のようなテーマ性のある新作を制作中でしたら、それについて教えていただけますか。
うーん、『寒山百得』は一応あれで終わったかなっていう感じはあるんですけど。でもそこで経験した創作の体験は、今後の作品の中になんらかの形で影響してくると思うんですよね。で、いま取り組んでるのは『寒山百得』の展覧会の後から始めた制作なんですけど、これは2年後にある美術館で発表することになっています。これもね、どういう作品になるのか、ちょっとわからない。1点1点描いて、今日描いた作品が、明日の作品の結果を生むわけだから。最初から全部コンセプトを立てて、それに従って制作するっていうことはほぼないですね。
ポスターも絵画も、メディアが変わるだけで発想そのものは同じ
現在『B GALLERY』で横尾さんが過去に手掛けられたポスターを集めた展示を開催しています。ここからは、ポスター作品についてお話をうかがえればと思います。
自分のポスターだけを展示した展覧会ってあんまり見たことないから、僕にとっては非常に新鮮な感じがするね。
横尾さんはデザイナーから画家に転身されてからもたくさんのポスターを手掛けられてきましたが、それはなぜでしょうか?
たくさんと言っても43年間に100点足らずでしょ。デザイナーの時は20年で900点描きましたからね。なぜ?って理由は簡単。頼まれたからです。
ポスターと絵画では、ご自身の中では作品の向き合い方に違いはありますか?
いや、基本的にはないですね。メディアが違うだけですから。例えばポスターにはいろんな必要条件が加わってるでしょ、制約とかね。そういったものを踏まえた上で表現すれば、それがポスターになるわけ。で、そのままキャンバスに描けば絵画になる。別のメディアで表現すれば、それが写真になったり、建築になったりするかもしれない。つまり、発想の出どころは一箇所なんです。
同じところから発想が生まれる?
そう。メディアが変わるだけですから、全然不思議でもなんでもない。ただ、画家に転向してから僕の作風は変わりましたし、だからポスターも自然とアートを通しての表現に変わっていったと思います。あと量的なことを言えば、デザイナー時代は全ての仕事がクライアントありきの作品だったでしょ。ところが画家に転向してからは、そんなにデザインの仕事の依頼自体がなく、自分の個展のポスターが中心です。年に1点とか2点、多くて5〜6点くらい。普段はほとんどペインティングが中心だからね。
横尾さんがこれまで制作してきたポスターの中で、特に思い入れがあるものはどの作品でしょうか?
いや、ないね。その時に作ってる作品、それ自体に思い入れがあるわけで。どれが1番とか2番とか、そういうことはないです。基本的にどの作品に対しても、自分の思いは同じです。
ポスター作品のようなクライアントワークは、ある程度依頼主からの条件があるわけですよね? その制約の中でも、割と柔軟に考えて作品を作っていたから、それも楽しめたんでしょうか。
だけどね、クライアントからは評判悪かったね。
そうなんですか(笑)
だって自分のやりたいことやるんだから。クライアントは自分のところの商品なり企業イメージを宣伝したいわけでしょ。BEAMSさんだったら、BEAMSさんの思想があるわけで、それを表現したいんですよね? でも、僕にはそんな思想なんか関係ないんだから。それはBEAMSさんの思想で、僕の思想じゃないです。僕が何かをやる。それがどこかでBEAMSさんとフィットすれば、採用してもらう、それでいいんじゃないかなと。
だんだん世の中が多様化してきて、固定的な、コンセプチュアルな考え方っていうのは、これから受け入れられなくなっていくと思いますね。コンセプチュアルっていうのは、 ある意味で考え方の枠を作ってしまって、その枠の中での発想と行動でしょう? 社会が多様化して複雑化してくると、自分のコンセプトが合わなくなってくると思うんですよ。だから、いずれ、そんなに先じゃないけども、コンセプトっていう考え方自体がなくなっていくんじゃないかな。それがあると、世の中息苦しくなっちゃう。
なるほどです。ちなみに、今回のBEAMSでの展示に合わせて色々なグッズが制作されました。この中で気になるアイテムはありますか?
(*NOWHAW製作のパジャマを指して)これは面白いですよね。オリジナルと全然違う、非常にクラシックな色彩になっていて、元の作品より良いんじゃないかと思う(笑)。元々はカラフルな絵でしょ。それがモノクロになると、自分の作品じゃない、新鮮な感じに見えますね。今度こういう色彩(モノクロ)で描いてみようかな。僕は自分の作品が洋服になって、それを着るっていうのはあんまり好きじゃないんですけど、これだったら着てもいいかな。
これ(*大型ブランケット)も発想が面白いね。こういう褪せた色合いも自分ではやったことないから、真似したいね。僕の手を離れた作品から、第三者によって新たなメディアが生まれることには、非常に興味があります。自分の作品でありながら、そこに異質な要素が加わると、違ったものに見えてくるでしょ。それらからの影響は、素直に受けた方がいいかなと今見て思いました。
最後の質問です。横尾さんが今後やってみたいこと、挑戦してみたいことはありますか?
全然ないです。もうね、その時に与えられる仕事に対して対応するだけですね。だから、僕は自分から何か企画立てたり、それで何かやるっていうことは、0ではないけど、ほとんどないですね。外部からの要求に従って、それを受け入れて対応するっていうやり方です。自分の意思は相手の意思に従うっていう感じです。それはあの、大袈裟な表現をするとね、運命に従ってると考えていいんじゃないかと思うんですよね。運命っていうのは、どこからか知らないけど、その人に与えられるものでしょ。で、それを受け入れるか、その運命を拒否するかというのは、その人の考え方次第であって、自由ですよね。僕の場合は、与えられたものはほぼ引き受けます。だから、今日も(取材の)要求を受けたから引き受けたんです。
(笑)本日はありがとうございました!
だけど、なんでも引き受けるっていうわけじゃないですよ。興味のないものは引き受けない。取捨選択はしますしね。
THE POSTERS OF TADANORI YOKOO
開催期間:2023年10月27日(金)〜12月17日(日)
会場:ビームス ジャパン 5F『B GALLERY』
住所:東京都新宿区新宿3-32-6
TEL:03-5368-7300
公式サイト
横尾忠則 美術家
1936年兵庫県生まれ。72年ニューヨーク近代美術館での個展を皮切りに、その後もパリ、ヴェネツィア、サンパウロなど各国のビエンナーレに出品し、ステデリック美術館(アムステルダム)、カルティエ財団現代美術館(パリ)、ロシア国立東洋美術館(モスクワ)など世界各国の美術館で個展を開催。また、東京都現代美術館、京都国立近代美術館、金沢21世紀美術館、国立国際美術館など国内でも相次いで個展を開催し、2012年神戸市に兵庫県立横尾忠則現代美術館、13年香川県に豊島横尾館を開館。95年毎日芸術賞、11年旭日小綬章、朝日賞、15年高松宮殿下記念世界文化賞、令和2年度東京都名誉都民顕彰、23年日本芸術院会員、文化功労者。主な著書に小説『ぶるうらんど』(泉鏡花文学賞)エッセイ『言葉を離れる』(講談社エッセイ賞)『死後を生きる生き方』『時々、死んだふり』『老いと創造』ほか多数。2023年11月28日(火)には、自身が装幀/レイアウト/イラストを手掛けた寺山修司の著書『書を捨てよ、町へ出よう』の1967年刊の初版が完全復刻された。12月3日(日)まで東京国立博物館 表慶館にて“横尾忠則 寒山百得”展を開催中。