『パンクの系譜学』著者が藤原ヒロシとの対談のすべてを語る

パンクの抵抗の系譜を辿った本『パンクの系譜学』が発刊されたことをきっかけに、藤原ヒロシと倉敷芸術科大学准教授の川上幸之介(著者)による40名限定のトークショーが行われた。そのトークショーを終えたばかりの著者・川上幸之介が『Hypebeast』に寄稿してくれた

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私たちの世代で、藤原ヒロシさんから音楽、ファッション、ストリートといった文化的な影響を受けなかったという人は少ないのではないだろうか。大学教員というと固苦しいイメージを持たれがちだが、私も多分に洩れず、毎月ファッション誌を購読して流行を追いかけ、裏原系に憧れ、魅了された少年であった。

中でもヒロシさんは、MA-1に少しだけ手を加えたものや、ロゴのデザイン、缶バッジといったパンクエッセンスをさりげなくストリートに取り入れ、私がそれまで知っていた派手なパンクファッションとは異なるスタイルを生み出していた。また「レディメイド(マルセル・デュシャン(Marcel Duchamp)の言葉で、芸術の文脈に既製品を持ち込むことで芸術への認識を変えた手法。例えば既製品の便器を用いた作品など)」のようにストリートにハイブランドを持ち込んだり、また逆もしかりと、これまでのファッションの固定化された階級的規範をずらし、転倒させ、多くの人々を魅了してきた。

今年3月、そんなヒロシさんからの影響もあったパンクに関する本を出版した際、共通の友人である〈Lewis Leathers(ルイスレザー)〉のデレック・ハリス(Derek Harris)の紹介を通して、倉敷に遊びに来てくださることになった。

当初は7月6日を予定していたが、東京から岡山に向かう最中に停電があり、新幹線が静岡で止まってしまったため、8月25日にわざわざ日をあらためて来てくださった。当日、直島から来られるとのことで船着場で緊張しつつ待っていると「こんにちは」とこれまで何度もメディアで拝見してきたヒロシさんが目の前に現れた。緊張した私に配慮してくれたのか、トークの前には冗談や、くだけた会話で緊張をほぐしてくれた。おかげで本番もちょうどいい緊張感を持って臨むことができた。

パンクは一般的に1970年代にイギリスで登場したセックス・ピストルズを起点としたロックのいちジャンルとして考えられている。しかし当時席巻していたロックが技巧を凝らし、観客とアーティストを隔てたアリーナで演奏し、細部にまでこだわったスタジオ録音を主としていたのに対し、イギリスのパンクは主に失業者と学生で構成されていたため、必然的に資金がなく、ライブを手作りし、簡単なコードさえ覚えれば誰もが弾けるといったアマチュアリズムに根ざしていた。そしてそんな自分たちを生んだ社会環境に対して怒っていた。また怒るだけでなく、若者の多くが当時感じていた社会からの疎外、抑圧、貧困、不平等や主流派の基準や価値観といった社会規範に異議申し立てをしたことも特徴としてあげることができるだろう。

またロックのライブに比べパンクは、観客との距離も近く、ファンと交流があり、ファンジンといったハンドメイドのメディアを発信していた。これらは自分でなんでもやってみるといったDIY精神によって培われ、パンクに脈打つ思想となった。さらにパンクはアナキズムといったイデオロギーも叫んだが、同時にうわべだけの政治的な正しさも批判してきた。『パンクの系譜学』では、これらの観点からパンクシーンを系譜的に紡いだものだ。

ヒロシさんがロンドンに行った1980年代前半は、もうパンクファッションをしている人はほとんどおらず、キングズ・ロードに観光客と写真を撮ることで日銭を稼ぐ観光パンクスくらいしかいなかったそうだ。だからこそ自分が受け入れられたのではないかと話していた。なぜならヒロシさんは当時、忘れかけられていたセディショナリーズを着た東洋人であり、シーンにいた彼らもみな、少数派=マイノリティだったからというのである。確かに、一般的に少数派というと、人種、セクシャリティによって分けられがちだが、白人であったとしても、当時のパンクスは社会から逸脱し、ドロップアウトしたものたちとレッテルを貼られ、意味もなく警察に尋問されたり、路上で罵声を浴びたりしていた。今では尖ったファッションスタイルというイメージのパンクだが、当時のアメリカでは親たちによって脱パンク運動が起こったほどモラルパニックが引き起こされたシーンだったのだ。ヒロシさんは、その後、マルコム・マクラーレン(Malcolm McLaren)に勧められてニューヨークに渡り、そこでもヒップホップシーンに温かく迎えられたのだが、ヒップホップも当時は少数派のシーンであった。つまり無意識にせよ、少数派から少数派へと移動するという、まだ見ぬ潮流を歩くことでシーンを開き、だが、そこに固執もしないことで、独自のスタイルを確立させたのかもしれない。

ヒロシさんは自論だけどと恐縮しつつ、パンクとは自由の象徴でもあると説明する。だから、その時の興味関心によって色々なところへと行き来しているのだという。Everything But The Girlを引き合いに出し「彼らもセックス・ピストルズを聞いて音楽を始めた。後にパンクと全く逆方向の音楽の道を進むことになる」と話してくれた。そう、きっかけがパンクであっても、それに囚われない軽やかさこそがヒロシさんのパンクスピリットなのだ。これは拙著にはない観点の一つだ。

最後にヒロシさんはパンクスタイルを継続している人々や、クラスといったアナキズムを信奉するパンクスの精神はどんなものだろうかと問いかけてきた。そこでパンクが90年代以降の社会運動への入り口となっていることや、その運動は組織のあり方から見直し、誰も否定されない環境の構築から始めようとしている点にあることを話したが、間髪入れずに「モヒカン頭で? まずはその見た目をどうにかしないと話を聞いてもらえないのでは」と会場を爆笑の渦に包んだ。そうなのだ。もちろん、ここでヒロシさんが言ってることはモヒカンの威圧的な視覚面の問題ではない。パンク精神の根底には破壊と創造だけでなく、自由と柔軟さという動的なものが横たわっており、そのスタイルとは、こだわるものなのだろうかと疑問を呈しているのだ。30年を経て、またもヒロシさんにパンクの新しい側面を見せられ、私の美学はずらされたのだった。

パンクの系譜学』(書肆侃侃房)
著者:川上幸之介(かわかみ・こうのすけ)
1979年山梨県生まれ。倉敷芸術科学大学教員。KAG(https://gallerykag.jp/)アートディレクター。ロンドン芸術大学セントラル・セント・マーチンズMAファインアート修了。専門は現代アート、ポピュラー音楽、キューレーション。著書に『パンクの系譜学』(書肆侃侃房)、共著に『思想としてのアナキズム』(以文社)。キュレーションにPunk! The Revolution of Everyday Life 展、Bedtime for Democracy 展ほか。

『パンクの系譜学』トークイベント

「パンクのラディカルな想像力とその実践」川上幸之介 × 西山敦子
2024年9月13日(金)19:00~20:30
SPBS本店 東京都渋谷区神山町17-3 テラス神山1F
https://www.shibuyabooks.co.jp/

だいまりこの「ゼロから学ぶ 街場の大学」第19回 ゲスト 川上幸之介 × 森元斎
2024年9月14日(金)(土) 19:00 ~ 21:00
隣町珈琲 品川区中延3丁目8−7 サンハイツ中延 B1
https://peatix.com/event/4078982

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