Interviews:Fender の CEO アンディ・ムーニーに聞く音楽とギターの輝ける未来

〈Nike〉や「Disney」などマーケティング評価の高い有名企業で実績を上げてきた敏腕CEOの来日インタビュー

ミュージック 
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創業70年以上を誇る楽器メーカー「Fender Musical Instruments Corporation(フェンダー)」。本業のギター、ベース、アンプのほか、オーディオ機器やアクセサリーのセールスを拡充、さらにeラーニングやアンプアプリのサービスをスタートさせ、ビジネスを順調に軌道に乗せている。その立役者が、2015年に同社のCEOに就任したAndy Mooney(アンディ・ムーニー)だ。同氏は〈Nike(ナイキ)〉や「Disney(ディズニー)」 の関連会社など有名ブランドでのマーケティング責任者を歴任した経歴を持つ。今回『HYPEBEAST』では、そんな彼にまだ見ぬ音楽業界のポテンシャルについて聞くことに成功した。

Fenderが業績好調な理由は、Nike、Disney、Quiksilver(クイックシルバー)など、コンシューマー業界のマーケティング畑を歩み続け、かつ元スタジオミュージシャンでもあるAndyさん自身のキャリアや考え方に由来すると考えます。そのユニークなキャリアを改めて紹介してください。

私は非常に華やかなキャリアホルダーのように見えますが、実は大学に行っていません。高校を卒業してすぐにミュージシャンを志しました。しかし、20歳かそこらの若者がセミプロ一本ですぐに食えるほど世間は甘くない。そこで食べるために、手堅く稼げそうなCPA(公認会計士)になるトレーニングを受けさせてくれる会社を探し、働きながら25歳で資格を取りました。当時の私はちょっとナイーヴで傲慢でしたので(笑)、すぐにCFO(Chief Financial Officer、財務最高責任者)のポジションが欲しくなってしまって。CFOの地位をすぐにでもくれそうだったのが、まだ小さな靴メーカーだったNikeのUK支社でした。Nike UKの売上規模は当時10億ドル程度しかありません。私もCFOではありましたが、毎月一回ウェアハウスで荷下ろしをやったり、財務や会計の仕事以外も何だってやりました。2年ほどそんな日が続いて、ある金曜日にCEOに呼び出されまして『どんな新聞を読んでいるか!?』って聞くんです。私は『Financial Times(英フィナンシャル・タイムズ紙)』だって答えたんですけれど、なぜその質問をされたかって、彼はNikeの広告を出すのにふさわしいメディアを私に相談したかったんですね。畑違いの職務を与えられてクビになるんじゃないかとビクビクしましたが、実は『ファイナンスからマーケティングに移ってほしい』という異動の打診だったんです。即答できなくて『どれくらい時間をもらえますか?』と聞いたら『明日広告を出すべき媒体を今聞いているんだ、すぐにだよ!』と怒られましてね(笑)。翌週から即異動ですよ。そして2年後、29歳のときにUS(Nike本社)へ異動して、30代前半でCMO(Chief Marketing Officer)に昇格しました。Nikeには20年間勤め上げましたが、マーケット規模を400億ドルまで拡大しましたね。

素晴らしい!そこから“ビリオネアを確実に成し遂げる敏腕マーケター”として業界内で評判になり、Disneyに転職したんですね。

はい、Disney Consumer Products(ディズニー・コンシューマー・プロダクツ)の社長としてLAに移住します。下降気味だったコンシューマープロダクトビジネスを建て直すのが私に課せられたミッションでした。非常に難しい局面でしたが、11年間で市場規模を1,000万ドルから300億ドルまで拡大させました。業績回復の大きな支柱となったプロジェクトが『ディズニー・プリンセス』のブランディングです。ゼロから50億ドルのマーケットを作り出せたのが大きかった。実は私のプリンセス・プランに反対した人も社内にはいましたが、不思議なことに新しいアイデアというのはクビになるかどうか寸前のところで良い結果を生むことがあるのです。

『ディズニー・プリンセス』には世界中の多くの子どもたちが勇気をもらっていますから、あなたの功績は偉大です。自信を持ってください。

ありがとう(笑)。その後、2013年にQuiksilverに移り、2015年にFenderのCEOに就任します。実はDisneyを離れたときに、Fenderからファーストオファーをもらっていたんです。しかし、オフィスがスコッツデール(米アリゾナ州)にあるのと、当時5歳だった私の娘が糖尿病の診断をされたばかりで、LAを離れたくなくお断りしました。しかし、私がQuiksilverを離れるタイミングですぐにまたオファーをくれて。元ミュージシャンで、ヴィンテージのギターコレクターでもある私にとって、Fenderでの仕事はまさにドリームジョブでしたが、本社は相変わらずアリゾナだし、娘の健康にもまだまだ不安がある。迷っていたら『実はデジタル・ディヴィジョンのオフィスを新しくLAにオープンするのですが、Google Mapで検索したところ、なんとアンディさんのご自宅から車で15分のところなんです!』と言われてね、今度は即決ですよ(笑)!

フェンダー Interviews:Fender の CEO アンディ・ムーニーに聞く音楽とギターの輝ける未来

オフィスと自宅が近いのはビジネスマンにとって最大のメリットです。就任された当時、Fender最大の課題は何でしたか?

いや、むしろ難しい局面はなくて、伸びしろしかなかった。DisneyもQuiksilverも確固とした見込みが立たない中で自社のビジネスを建て直さなければなりませんでしたが、そういう意味では音楽業界自体が非常に健康的なマーケットで、そのなかでFenderはありがたいことに、非常にいいブランドポジションを獲得していました。当時ボードメンバーと課題に挙げたのは2点で、ひとつはトラディショナルなハードウェアのビジネスを引き続き伸ばしていくことと、もうひとつはソフトウェア(=LAにできたばかりのデジタル部門)を伸ばすこと。しかし、後者のほうは私もメンバーもどのようなプロダクトを実際に出せばいいのか、最初のうちはまったくアイディアがありませんでした。

そこで、Andyさんお得意のデータ・マーケティング・スキルが火を吹くんですね。

そうです。まずいちばんにユーザーデータの収集を行いました。一体誰がどういうプロセスでFenderの商品を購入しているのか、一切データがなかったんです!そこで、ギター業界ではおそらく初の試みだと自負しているのですが、ギターユーザー全体に対するコンシューマーリサーチを徹底して行いました。そのとき、今のFenderの戦略の基礎にもなっている5つの大切なユーザー傾向が見えてきたのです。ギター購入者の50%が女性であること。その女性たちのほとんどがアコースティックギターを買っていること。「伝統的な楽器屋さんに入りづらい」という理由で、オンラインで購入する女性も多いこと。ギター購入者の45%は最初の1本目を買っていること(=初心者が45%)。そのうちの90%が90日~1年以内でギターをやめてしまうこと。

意外と女性が多いんですね。アコースティックギターのマーケットの大きさにも驚きました。

私たちもです。結果、業界全体としては新しいプレーヤーが増えているにもかかわらず、1年以上ギターを続ける10%の人たちに対するコミットメントが圧倒的に足りないことに気がつきました。しかもその10%の大切なプレイヤーたちは、ギターを5~7本程度購入し、アンプやアクセサリーをそろえたりと、生涯にわたり平均で1万ドルも使うのです。さらに初心者の場合、購入した機材に対して4倍程度のお金をレッスンに費やしていた。そのレッスンも、伝統的なプライベートレッスンや学校ではなく、オンラインを好んで受けていることがわかりました。そこで私たちは2018年に“FENDER PLAY(フェンダープレイ)”というeラーニングサービスを始めます。これが単体で収益性を上げるものと期待していますし、実際、10%の継続プレーヤーが20%に増えてくれれば売上も倍増します。プレーヤーの離脱をいかに防ぐかを真剣に考えるべき局面にきているのです。

FENDER PLAYの手ごたえはいかがですか?

ローンチして2年経ちましたが、2019年10月現在、11万6000人の会員がいて、そのうちの10万8000人が有料会員です。不思議なことに3年で止めるひとはほとんどおらず、やはり1年間のうちにギターを弾くアクティビティをうまく増やすことができれば、先ほど申し上げた“10%ユーザー”の仲間入りをしてくれるので、とにかく一年の壁を超えてもらうことに必死です。また、FENDER PLAYユーザーの調査も非常に面白くて、たとえばギターを弾く機会は、結婚を機にグッと減るんです。家庭における責任が必然的にいろいろと増えてくるので、ギターを弾く時間が取れないんですね。ところが子どもたちが成長して家を出て行くと、プレーヤーが戻ってくるんです。FENDER PLAYも最初は『若い初心者のひとたちがメインユーザーになるのでは?』と予想していましたが、フタを開けてみるとそれは半分くらいで、残りの約50%は子どもたちが家庭から巣立った後とみられるシニア層です。彼らは時間もお金も豊富にあるので、ありがたいことに高い楽器を買って積極的に使ってくれるんですよ! ちょうど今月(2019年10月)に新しく、会員制によるアプリベースの新サービス、FENDER SONGS(フェンダーソングス)をローンチします(iOS用、現時点北米のみ展開)。コード進行と歌詞を自動的にジェネレートさせた100万曲を用意しました。アメリカで行ったβ版のテストで最も多かった『いい曲や好きな曲で、コード進行さえわかれば弾いてみたい』というユーザーニーズに応えました。EDMやヒップホップなど、ギターを使っていない曲でも、コードがあれば曲に合わせてギターを弾くことができます。テストに参加してくれた私の12歳の娘はビリー・アイリッシュの曲をウクレレで弾いていましたよ。新たな可能性に期待しています。

2020年に向けて、音楽業界の動向をどう見ていますか? コンピューター上で全てを作るミュージシャンも散見され、ギターやベースの習得に手を焼き、途中で挫折してしまう人もいるようです。しかし、音楽を志しプロとして成功している方にタッチポイントを聞くと、ほぼ99.9%「女の子にモテたかったから」と答えるんですよ。

おっと、その残りの0.1%は確実に嘘をついているのでは(笑)? ギターを続けるモチベーションは大切ですよね。実は私たちの調査によると、10%のギタープレーヤーのなかに「すぐにステージに立ちたい!」「自分のクリエイションをギターでいち早く表現したい!」と積極的な人は意外と少なくて、実に72%の人が、語学を学ぶ事と同じようなライフスキルとしてギターを習っているのです。しかもそのうちの42%は、バンドを組んで他の人と共演したり、ステージに立ちたいという目標がないというのも解りました。あくまでプライベートな空間で「家族や友達の前で少し弾ければいいや」と気楽に考えている人が圧倒的に多いのです。しかしその「モテたい!」というのは非常に重要なモチベーションで、10%の人たちがギターを続けている理由は、ギターが弾けることで上手く目立ち、モテ続けているからじゃないかな(笑)。逆にそんな「目立ちたい!」欲求がないカジュアルユーザーほど、やる気がどうしてもフェードアウトしてしまいます。そういう人たちにこそFENDER PLAYは受けている。アプリがちゃんとあって、自宅でしっかり練習できますからね。

動機はどうあれ、ギター自体の魅力がユーザーの心をつかみ続けていると。

確かにデジタルミュージックが勢いをみせた時、「アナログなアプローチの音楽はもう流行らない」という見出しが散見されましたが、実際、音楽のストリーミングサービスが主流になっている中でその半数以上はいわゆる“Back Catalogue(バックカタログ)”という旧い音楽を聴いているのです。すなわち、それはギターやベース主体の音楽を聴いていることになります。年齢や嗜好に関係なく、ストリーミング普及のおかげで誰でもギターの音を耳にする機会が増えているということです。フェスやコンサートに行く人口も世界中で増えていますし、現場でオーディエンスを集める人気のステージは、圧倒的にギターやベースの音楽でしょう? また、世界で今いちばんマーケット規模を伸ばしている音楽のジャンルはヘヴィ・メタルなんですね。ヘヴィ・メタルはギターとベースなしには完成しません。アメリカで2018年に興行が大きかったアーティストはMETALLICA(メタリカ)やGuns N’ Roses(ガンズ・アンド・ローゼズ)ですし。ほら、日本のBABYMETAL(ベビーメタル)だって超人気じゃないですか(笑)。彼女たちは欧米の音楽シーンに強烈なインパクトを与えています。いずれも間違いなくギター音楽ですよ。ギターやベースの存在感は減るどころか、むしろ増していると考えています。

HYPEBEASTも2020年に15周年を迎えるので、そんな元気なFenderと何かプロジェクトをご一緒できたら、と考えています。

私自身さまざまなアーティストやクリエイターとコラボレーションするのが大好きなので、Kevin(ケヴィン)を筆頭とするHYPEBEASTチームとご一緒できたらとてもエキサイティングですね。最近では『Game of Thrones(ゲーム・オブ・スローンズ)』とコラボしたギターを作ってね…いや、ディレクターの息子さんと私の娘が同じ学校に通っていて、パパ友の雑談から盛り上がってプロジェクトがスタートしましてね(笑)。クリエイティブなコラボレーションのチャンスをいつも探しているので、大歓迎ですよ!

最後に、HYPEBEASTの読者にメッセージをお願いします。

若いうちは「自分の仕事が本当に好きだ!」と気がつき誇りを持てるまで、少し時間がかかることがあります…私がそうでした。でも自分の情熱に嘘をつかず、自分を信じて前に進み続け、常にクリエイティブなマインドをアグレッシブに追求していてほしいですね。Follow your passion!

フェンダー Interviews:Fender の CEO アンディ・ムーニーに聞く音楽とギターの輝ける未来

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