野村訓市が語る「久々のパリと Cartier のトリニティ」
〈Cartier(カルティエ)〉の名作3連リング“トリニティ”が100周年。そのセレブレーションイベントの出席のため、パリを訪れた野村訓市が『Hypebeast』に寄稿してくれた
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久しぶりにおパリに来ている。最後に来たのはコロナ前だからもう4年ぶり、5年ぶりになる。あの頃はまだヴァージルが元気だったし、ファッションウィークに誘われてきて皆で遊んだものだが、それもこれも今となっては遠い思い出。今年はパリオリンピックイヤーなのだ、前回が東京オリンピック前だったという事実に、眩暈を覚えるほどびっくりする。子供の頃、オリンピックやワールドカップの4年間ってとんでもなく長いと感じていたものだったから。こんなにあっさり時間が経ってしまっていいのだろうか?
そんな自分が何しにまたパリに来たのかと言えばカルティエのトリニティ100周年のお招きを受けたから。トリニティ? 映画マトリックスに出てくる? 違います。話題のオッペンハイマーもトリニティ計画についてだったような。それも違う。トリニティとはカルティエの代名詞とも呼べる3連リングのこと。トリニティとは3重とか3つの部分を意味する言葉だけれど、キリスト教の神、キリスト、精霊を一体としてみる三位一体のことを指すこともある。だから英語圏では割と馴染みのある言葉なのだけれど、ジュエリーの世界においてトリニティといえば兎にも角にもカルティエの3連コレクションということになる。ハイジュエリー、ハイブランドをほぼ身につけない自分にとってトリニティは数少ない馴染みあるもの。何故なら若かりし頃にプレゼントされ付けていたことがあったからですよ。デコラティブなものが苦手だったり、何かしらそのものにストーリー性を求めがちな自分にとって、トリニティはこれ以上シンプルにできないという形状と、とてもいいバックストーリーがあったからありがたく身につけたわけだ。そのストーリーといえばジャン・コクトー。20世紀初頭からパリで活躍した一応本職は詩人なのだけれど、小説も書けば劇も手がけ、絵に映画とあらゆるアート活動に携わった男。とにかく当時パリで活動していたアーティストならモディリアーニやピカソから作曲家サティ、歌手のエディット・ピアフまであらゆる人と関わり、作品を作っていたりしたので、そのあたりの本だの音楽だのを掘ると必ずコクトーにぶち当たる。
「私の耳はかいの殻 海の響をなつかしむ」
なんて詩を目にしたことはないだろうか? 代表作の小説『恐るべき子どもたち』のタイトルは、才能あふれる若手のアーティストたちが現れてると、彼らを表す言葉として今でもよく使われる。ニューヨークでダッシュ・スノウやライアン・マッキンレー、ダン・コーレンたちがダウンタウンのアートシーンに颯爽と登場した時も「恐るべき子どもたち」と呼ばれていたっけ。自分たちが「恐るべき子どもたち」と呼ばれることがこの先あったら、上手くいってるという証拠です。とにかくコクトーという人に興味を持ち、その時彼が小指にピンキーとしてトリニティを付けていたというのを知っていいなと思っていたのだ。3つの色違いの輪からなるシンプルな形。男がつけれるジュエリーというのはあまり多くないと思っているのだけれど、トリニティはその数少ないものの一つ。というわけで、誘いに乗ってきたのです。
まず向かったのがメディア向けに作られたポップアップスペース。そこには100周年ということでいろいろとトリニティの新作が出ていました。四角いのから、オリジナルが太くなったものまで。昔貰ったトリニティと同じように、それぞれのリングが裏打ちされ、重くなっているのがよかった。男的にはシンプルだけど華奢過ぎるよりこのくらいボリュームがある方が付けやすい。ここはやっぱり小指につけるピンキーリングとして選ぶのがいいんじゃないでしょうか。何にでも合うしね。それからリニューアルしたカルティエのパリ本店にもお邪魔することに。パリに初めてきたのは10代の頃なのだけれど、店に行ったのは初めて。昔の何が変わったのか、実際のところ何一つわからなかったけれど、カルティエといえばトリニティや友達がつけていた時計のタンク辺りしか知らなかったので、思った以上にいろいろなモチーフがあるのを見て大分印象が変わりました。アールデコとかパンテールを中心としたアニマルモチーフとか、歴史が長いと色々な世界観があるわけで。
そのあとはカルティエ現代美術財団へ。ここはカルティエが運営するギャラリーというか美術館でもう40年ほど続いているもの。年2、3回、新しい展示に入れ替えるのだが、すごいのは毎回ここでやるためにアーティストが新作を制作、発表すること。最初にここを訪れたのはもう20年以上前で、プロダクトデザイナーのマーク・ニューソンがデザインした飛行機を展示した時。実際には飛行できないモックアップの飛行機でしたが、自由にデザインしたということで見に行く甲斐のある展示でした。その後も写真界の巨人、ウィリアム・エグルストンの写真も見に訪れたこともあれば、北野武の大展覧会もここでした。今回は個人的に大好きなスタジオ・ムンバイを率いるインドの建築家ビジョイ・ジェイン。カルティエには馴染みがない、よくわからないという人ももしパリに来る機会があればカルティエ現代美術財団のプログラムは必ずチェックしたほうがいいです。ここでしか見れない素晴らしいアーティストの展示が見れるのだから。個人的にとてもとても興味深い展示でした。
アニバーサリーということで大きなディナー会とアフターパーティもありました。正装的な装いでということで華やかな感じのディナーは世界中からクリエイターやセレブと呼ばれる人がたくさんいました。この人数を一晩のために世界中から招待したのか!と考えるとカルティエというブランドのパワーがものすごく強い。みなが注目するのはカルティエのアンバサダーの一人であるブラックピンクのジス。K-POP人気はどこまで行くんでしょうかね。同じアジア人として、凄いなと思うけれど、日本人がいないのは寂しい。アフターパーティはパリ万博の時に会場として建てられ、今はミュージアムとなっている築100年以上の重厚な建物であるプティ・パレ。こういうところでパーティができてしまうのがパリのいいところで、東京ももう少し柔らかくならないかと思うのだが。真っ赤に彩られた会場ではパフォーマンスとして、SIAとラビリンスがパフォーマンスを行い、ディプロがDJとして盛り上げた。ソフィア・コッポラや知り合いにもたくさん会えたこのパーティで、ハイボールとは何かを教えたら延々とバーテンが作ってくれたのでほろ酔い気分になりながら、久しぶりのパリはいいなぁ、カルティエは面白いブランドだなぁ、ありがとうという気持ちが赤いライトの下、沸々の湧き上がってきました。そして酔っ払って小指のトリニティを昔みたいに無くさないようにしないとなと誓いました。