カルト的に支持される“ローファイ・ヒップホップ”の人気の秘密を探る

ローファイ・ヒップホップのプロデューサーたちへのインタビューから検証するシーンの現状と未来

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近年、世界中の音楽ファンの間で密かな人気を誇る“Lo-fi Hip Hop(ローファイ・ヒップホップ)”。“ChillHop(チルホップ)”とも呼ばれるこの音楽ジャンルは、古いジャズやソウルからサンプリングされた上ネタに、レイドバック感のある“ヨレた”ドラムで構成されたヒップホップを指す(ことが多い)。故・J Dilla(J ディラ)やNujabes(ヌジャベス)といったアーティストがそのジャンルの先駆者としてとして挙げられる。1990年代から先述のような音楽性のヒップホップは存在していたものの、近年になって世界的に支持層を拡大している。きっかけとなったのは、2017年ごろに『YouTube(ユーチューブ)』の上で同時多発的に始まった“Lo-fi Hip Hop”というキーワードを含んだライブストリーミング。当時『YouTube』がライブ・ストリーミングを行うチャンネルを積極的に上位掲載させる仕様と相まって、リスナーが徐々に増えていった。

ローファイ・ヒップホップを代表するチャンネルのひとつ『ChilledCow(チルドカウ)』は、2017年1月に「スタジオジブリ」の代表的なアニメ映画『耳をすませば』のワンシーンのループを用いてLo-fiなビートを延々と流す“lofi hip hop radio – beats to relax/study to”と題したストリーミングを開始。瞬く間に世界中で人気を博し、多くのリスナーを獲得した。2020年2月、『YouTube』が誤って『ChilledCow』のアカウントを削除し、リスナーから抗議が殺到するという事態が起きた。同チャンネルはリスナーが聴きながら家でリラックスしたり、勉強する際のBGMとしていまだに絶大な支持を得ており、実際、アカウントが一旦停止されるまでライブストリーミングは約2年に相当する13,000時間以上続いており、再生回数は2億1,800万回を記録していたほど。また、『Spotify(スポティファイ)』などにも、ローファイ・ヒップホップのプレイリストが数多く存在することからも、(爆発的ではないにしても)じわりじわりと尻上がりに人気が高まっていることが窺える。

しかし、ローファイ・ヒップホップの盛り上がりとは裏腹に、同ジャンルのプロデューサー達はこのレッテルに縛られることに辟易しているようだ。オランダの女性ビートメイカー eevee(イーブイ)は、自身の音楽が特定のジャンルに括られることに否定的な態度を見せる。フィンランド・ヘルシンキ出身のプロデューサー Tomppabeats(トンパビーツ)やIdealism(アイディアリズム)は、決まったスタイルから外れることを好み、ジャンルの束縛から逃れるため、自らの音楽をどう位置付けるかについてはリスナーに任せているようだ。

「特定のジャンルに固執しているということはありません。僕の音楽がそのジャンルに該当するのか否か、聴く人が判断してくれればいいし。もしくは勝手にジャンル名を決めてもらってもいいし。そのように考えるようにしています」とTomppabeatsは語る。一方、Idealismは、「過去2年で、私は典型的なローファイ・ヒップホップからは大きく離れて、アンビエントやダウンテンポといった様々なジャンルを取り入れたトラックを作ることに挑戦してきました。私の音楽性は特定のジャンルには当てはまりません」とコメントしている。

これらのプロデューサー陣がローファイ・ヒップホップを強く打ち出すことに消極的ではあったものの、(皮肉なことに)ローファイ・ヒップホップはひとつの大きな流行を生み出したと言っても過言ではない。しかし、このジャンルのシンプルな音楽性と誰でも作れるような敷居の低さは、同ジャンルの人気の浮き沈み両方を可能性を孕んでいる。Idealismはこのことについても言及。「誰もが便乗して、ローファイ・ヒップホップを作り始めることはできると思います。なんら難しいことはありません。サンプリングさえできれば、誰でもそれを制作できます。イージーリスニングだし、非常にシンプルな音楽です。通常、ローファイ・ヒップホップのビートは複雑なものではなく、コードやメロディは予定調和なものです。でも、それがお決まりの心地良さなわけで」。

ローファイ・ヒップホップが持つシンプルさとリスナーの集中力を高めるような音楽性は、このジャンルのセールスポイントの大きな要素である。不安、憂鬱、圧倒感などに悩まされがちなストレス社会では、このような癒しのジャンルが市民権を得るのは自然な流れのように思える。「ローファイ・ヒップホップは落ち着いてリラックスして聴くことができます。直面する問題事を忘れさせたり、より平穏に感じられるベターな方法で問題に対処するために、ストレスを解消して心をクリアするのに役立ちます」とeeveeは説明する。さらにIdealismはまたこう付け加えた。「誰もが自分たちの内情と他者の表向きの華やかさ比較してしまうので、成功や幸せになるために自分たちが十分な努力をしていないように感じます。このようなジャンルの音楽は、とっつきやすく、特に若年層にとっては社会的ストレスからの開放を手伝い、このような要素がローファイ・ヒップホップの人気の拡大に確実につながっています」。

ソーシャルメディアは、アンダーグラウンドミュージックのリスナー拡大を支援する重要な要素だ。『YouTube』『SoundCloud(サウンドクラウド)』『Bandcamp(バンドキャンプ)』『Spotify』などを使用すると、ユーザーは数回クリックするだけで無数の音源に出会うことが可能。Tomppabeatsは次のように述べている。「音楽に対して、ほとんどの人は非常に消極的です。私たちは無音の状態をなくすためだけにラジオを聴いていましたが、放送局が流している音楽は気にも留めませんでしたが、現在はもう少し選曲に気を使うようになってきました」。

ただし、昨今のローファイ・ヒップホップの飽和感は、このジャンルの未来に不安をもたらしている。著名なアニメから拝借されたGIFから、多用される同じ上ネタやドラムのパターンまで非難の的になっていることは否定できない。eeveeが言うように、「どれも同じような音楽に聴こえてくると、ある時点で退屈になります」 。Anderson Paak(アンダーソン・パーク)とのデュオ NxWorries(ノー・ウォーリーズ)としての活動でも知られ、カリフォルニアを拠点に活動するプロデューサー Knxwledge(ノレッジ)も現状に苦言を呈する一人。彼は過去に『HYPEBEAST』のインタビューで、『SoundCloud』にアップロードされているローファイ・ヒップホップに疑問を感じることさえあると述べた。「なんか変な感じだよな。SoundCloud特有の新たなトレンドなんだろう。SoundCloudはもうイケてるものではないね。SoundCloudに自分の楽曲を投稿しても、“なんでこんなことしてるんだ?”って思うことがあるよ」。

Idealismはまた、サンプリングに対するプロデューサーの怠慢なアプローチがこのジャンルの欠点の1つであると考えている。「単に上ネタをサンプリングして、それを細かく刻んだりせずに、キックとスネアを追加するだけで、それを一曲と呼ぶことが多くあります。実際私もそのような曲作りをやっていましたが、でもそれが理由でサンプリングという手法から足を洗いました」と彼は説明した。「適切なサンプリングのテクニックを理解し、そのネタを“自分のもの”にする方法を学習するために、もっと時間をかけるべきだと思います。そして、自分の作品のオリジナリティを自問する必要があります」。

このようにカルト的な人気を誇るローファイ・ヒップホップであるが、商業的に大きな成功を収めるケースは稀である。「非常に多くの才能あるビートメイカーやレーベルが、音楽に情熱と愛情を注ぎ長年活動していますが、これらの人々に恩恵が少ないことは非常に残念です」とTomppabeatsは言う。「お金のために曲を作ったのか、情熱を持って作ったのかは、その音楽を聴けば一目瞭然です。お金のために音楽を作るなら、それは既に負けを意味します。本当の意味で音楽を作っているとはいえません」。

このジャンルを取り巻く環境は様々だが、多くのローファイ・ヒップホップのプロデューサーたちは、自分たちの音楽を真摯に取り組んでいる。彼らは自分たちの楽曲が何十万人もの人々の日常生活に寄り添っていることを理解しており、今もなおリスナーの感情に訴えかけるのである。Idealismは「ノスタルジックは感情の中でも強力で、人々は空想にふけり、自分の人生を振り返り、音楽に対するより深い個人的な愛着を作り出します。これは素晴らしいと思います」。eeveeは「私は必死にもがいてきました。リスナーは私の音楽の中でそれを感じることができ、一部の人はそれに感情移入できると感じています。この方法で人々とつながるのは美しいことです。私の音楽は、人々を少し幸せにしたり、ストレスを軽減したりすることができます。それは私がやっていることに、より多くの意味を与えてくれます」。

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