能動的なリスニング体験の復権へ ── スザンヌ・チアーニの歩みと NU Festival がもたらすもの

音楽評論家・原雅明がスザンヌ・チアーニの軌跡から紡ぐ「NU Festival」へのプロローグ

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2026年夏、東京都心の開発エリアで全く新しい音楽フェスティバルが産声を上げる。6月26日(金)〜28日(日)の3日間、『TAKANAWA GATEWAY CITY』および『高輪ゲートウェイ駅』を舞台に開催される「NU Festival(ニュー フェスティバル)」は、最先端の音楽やアート、テクノロジーが交差する次世代の都市型フェスティバルだ。

本フェスのプログラムのひとつ ──「NU Live」は、スペインの国際フェスティバル「Sónar(ソナー)」をコラボレーターに迎え、モジュラーシンセの先駆者 スザンヌ・チアーニ(Suzanne Ciani)やUK電子音楽の異才 アクトレス(Actress)、アンビエント界の巨匠 ウィリアム・バシンスキー(William Basinski)、そしてヒップホップ界のレジェンド DJ クラッシュ(DJ KRUSH)といった先鋭的なアーティストたちが共演を果たす。また、伝説的カルチャースペース『SuperDeluxe(スーパーデラックス)』キュレーションによるライブやトークプログラム、LA発の非営利ネットラジオ『dublab』の日本支局『dublab.jp』プロデュースの特設リスニングルームなど、多様な音楽体験が用意されている。

『dublab.jp』リスニングルームで菊地雅章『六大』のリスニング・セッションをキュレーションする音楽評論家・原雅明が、スザンヌ・チアーニの数奇な軌跡を起点に、現代における「リスニング」の変遷を紐解く。1960年代のパプニングから、2010年代以降に世界を緩やかに浸食したアンビエント/ニューエイジの再評価、あるいは深夜の植物園や公共施設を静謐なサウンドで満たしたロサンゼルス/東京の「Tonalism(トーナリズム)」、そしてバルセロナの「Sónar」まで。幾重もの歴史的文脈を鮮やかに繋ぐ本稿のストーリーは、開催を目前に控えた「NU Festival」への最良の手引きとなるはずだ。


モートン・サボトニックとスザンヌ・チアーニ、Buchla との出会い

 Moogと並ぶ世界最初期のモジュラーシンセサイザーであるBuchlaで制作されたモートン・サボトニックのデビュー作『Silver Apples of the Moon』(1967年)は、サイケデリック・カルチャーの真っ只中にリリースされると、有機的な電子音のテクスチャーとリズミカルな反復で、実験的な電子音楽の枠を超えて多くのリスナーを得た。そのサボトニックのライヴを見てインタヴューをしたのは、15年前のマドリードの「Red Bull Music Academy」だったが、いまも鮮明に記憶している。当時のサボトニックは、折りたたみ式キャビネットに組み込んだBuchla 200eをMacBook ProとAbleton Liveで動かし、80歳になろうかという年齢にも関わらず世界各地を移動して演奏活動をしていた。出音も演奏スタイルも洗練され、同じステージに立った若いクリエーターを嫉妬させるようなパフォーマンスを見せた。

 サボトニックは、高校時代から十二音技法で作曲を始め、大学ではテリー・ライリーやラ・モンテ・ヤング、ポーリン・オリヴェロスらとミュージック・コンクレートに取り組んだ。だが、その後、楽器のための作曲行為を完全に放棄した。さらに、ミュージック・コンクレートが音楽のあるべき姿だと信じる人達とも袂を分かち、電子音楽の制作へと進んだ。クラシックの作曲と並行して音楽テクノロジーを学んでいたスザンヌ・チアーニが、サボトニックと出会ったのもその頃だった。

サボトニックが設立に関わったサンフランシスコ・テープ・ミュージック・センターでBuchlaを使う作業に没頭していた彼女は、Buchlaを製品化したドン・ブックラのもとで働き始めた。Buchlaは、そもそもサボトニックがライヴ・エレクトロニクスの実現のためにブックラに開発を依頼したものだ。鍵盤を介したアプローチを取らずストイックに電子音楽のために開発されたBuchlaはより直接的かつ直感的に操作が可能で、独特の厚みがあるサウンドを響かせた(その響きを聴くにはサボトニックの『Sidewinder』をお勧めする)。チアーニは、後年にサボトニックとの対談で、電子音楽とBuchlaに取り組んだ理由をこう語った。

伝統的な作曲を学んだが、それが大嫌いでした。作曲という仕事は恐ろしい。ほとんどの作曲家は、自分の音楽を聴くこともなくこの世を去ってしまうから。女性作曲家ならなおさらです

 チアーニは、サボトニックやブックラと同じくBuchlaの魅力を知り尽くしている。長年取り組んできた伝統的な作曲やピアノの演奏から離れて(「対位法と和声の苦悩に満ちた年月」と彼女は振り返る)、代わりにBuchlaを使ったライヴ演奏のテクニックを10年間かけて集中的に探求した。その記録は、2016年に初めて日の目を見た1975年のライヴ音源『Buchla Concerts 1975』で聴くことができる。彼女の人生を追ったドキュメンタリー映画『A Life In Waves』(2017年)もその翌年に公開され、再評価が一気に進んだ。それは、2010年代に起こったある変化を最も象徴する出来事の一つとなった。

チアーニの再評価とロサンゼルスでの地殻変動

 2010年代に入ってから、じっくりと音楽に向き合うリスニング体験を求める変化を感じるようになった。時代の趨勢として音楽のスタイルやトレンドが刷新されることに比べれば緩やかで小さな変化だったが、無視できないことだった。というのも、個人的に信頼を寄せるカルロス・ニーニョがその変化に気付かせたからだ。彼は、サム・ゲンデルやアンドレ3000からレイ・ハラカミまで、アーティストの新たな側面を見出して紹介する、良きプロデューサー/コミュニケーターである。ただ、彼と知り合った2000年代前半は、ロサンゼルスのネットラジオ『dublab』の設立者の一人であり、スピリチュアル・ジャズを再定義したビルド・アン・アークを率いるバンド・リーダーだった。そのエモーショナルなジャズ・アンサンブルから離れて、アンビエントとフォークが静かに交差するような音楽に移っていったのが最初の変化の兆しだった。ほどなく、ニューエイジのオリジネイターであるヤソスのアンソロジー(『Celestial Soul Portrait』2013年)もコンパイルした。

 そして、彼の周辺では、アリス・コルトレーンの再評価も起こった。夫のジョン・コルトレーン亡き後にソロ活動を始めた彼女は、アフリカ系アメリカ人としてブラック・パワーやラディカリズムを標榜しなかった。内省的で瞑想的な音楽を探求し、スワミ・サチダナンダとの出会いからインド伝承のリズムとゴスペルのグルーヴを融合させたが、次第に世俗的な生活から距離を置き、アシュラムを設立して信仰を持つ求道者たちとの活動に専念した。幼少期からアシュラムに出入りしていた甥のフライング・ロータスが彼女の世界観を『Cosmogramma』(2010年)に発展させたのを皮切りに、デヴィッド・バーンが主宰する「Luaka Bop」はアシュラムで録音された音源『The Ecstatic Music Of Alice Coltrane Turiyasangitananda』(2017年)をリリースした。

Dream House から Tonalism へ ── リスニング体験の拡張

 『dublab』が企画したアンビエント・イヴェント「Tonalism」も一つの転機だった。ニーニョもキュレーターを務めた「Tonalism」では、深夜に特別な場所でDJやライヴが行われたが、クラブパーティではない。ダンスフロアの代わりに用意されたのは、持参した寝袋を敷いて音楽を楽しむ空間だった。街の公共施設やアートスペース、あるいは植物園や公園といった、深夜は使われることがない空間の一角を利用した。例えば、ビッグサーにあるヘンリー・ミラー記念図書館やサンタモニカ桟橋のメリーゴーランドなどが選ばれた。管理団体や行政当局にも協力を仰ぎながら、このイヴェントは毎年開催され、ロサンゼルス以外の都市にも波及していった。2022年には、東京でも開催された。『dublab』は「Tonalismは、ラ・モンテ・ヤングの『Dream House』や、テリー・ライリー、ジョン・ケージ、オノ・ヨーコといったアーティストによる1950~60年代のハプニングから一部着想を得た、一晩中続くアンビエント・ハプニング」と説明している。

 ラ・モンテ・ヤングが1960年代初頭に結成した永久音楽劇場(The Theatre of Eternal Music)は、始まりも終わりもない永遠の音響空間の構築を実践した。後にヴェルヴェット・アンダーグラウンドを結成するジョン・ケイルや、ブライアン・イーノとのコラボレーションで有名となるジョン・ハッセルも関わった。北インド古典音楽のラーガにも影響を受けた連続する音響環境への取り組みは、サイン波発生装置を用いて緻密に設計された持続音と、マリアン・ザジーラの幾何学的に形どった光の彫刻と照明による『Dream House』のインスタレーションに結実する。こうしたインスタレーションをアート作品として鑑賞することから、能動的に体験する経験に導いたのが、「Tonalism」だった。それは、リスニングに向き合う土壌が徐々に形成された結果でもあった。チアー二の再評価もここに重なる。

電子音楽への回帰 ── 新世代との邂逅が生む新たなサウンド

 1曲20分に及ぶ『Buchla Concerts 1975』のライヴ音源は間違いなくチアー二の代表作だが、40年以上の年月を経てようやく真摯なリスニングの対象となった。その間、彼女はCM音楽の世界で活躍し、『Seven Waves』(1982年)や『The Velocity Of Love』(1986年)でニューエイジのフィールドで評価され、グラミー賞に5回ノミネートされた。クラシックのピアニストという出自に戻ってピアノ・アルバムもリリースした。だが、『Buchla Concerts 1975』のリリース後、ドン・ブックラの勧めでBuchla 200eを購入して、その操作を学び直した。そして、チアー二は同じくBuchlaを使うケイトリン・オーレリア・スミスと即興的なセッションを行って、『Sunergy』(2016年)を作った。これは、現代のアーティストとその先駆者たるアーティストとの世代を超えたセッションを実現する「RVNG Intl.」のFRKWYSシリーズでリリースされた。さらに4チャンネル・サラウンドのQuadraphonic盤(かつてマイルス・デイヴィスの『Bitches Brew』でも導入された)でソロ・ライヴ『LIVE Quadraphonic』(2018年)もリリースした。

こうして、Buchlaと再び向き合った彼女の活動は活性化していった。アクトレスとのライヴ・パフォーマンスから作られた『Concrète Waves』(2026年)はその最新のアウトプットだが、アクトレスの粗々しく連打されるキックと無機質でポスト・インダストリアルな音響に対して、チアーニは有機的で調和性のあるBuchlaの響きを重ねた。齟齬を生じかねないコラボレーションだったが、逆に深みのあるグラデーションを作り出すことに成功した。

NU Festival が提示する包括的リスニング体験

 アクトレスとスザンヌ・チアーニのライヴが、Martin Audioのスピーカー・システムを使った4チャンネル・サラウンドで再生されるという「NU Festival」は、チアーニの再評価がもたらしたリスニングにフォーカスする。東京都心の、山手線の駅に隣接する空間における複合的なアート体験のバックグラウンドにある一つのストーリーとして、ここではチアーニの現在に至る歩みと2010年代以降のリスニングを巡る変化について紹介した。もちろん、そこに「NU Festival」のすべてが集約されるわけではない。アメリカ同時多発テロ事件と『The Disintegration Loops』(2002年)から始まるウィリアム・バシンスキーの、時代の変化を象徴するもう一つのリスニングを巡るストーリーもある。それにはさらに多くの言葉を費やさねばならないが、ここでは割愛する。ただ、バシンスキーがシゲルカワイのグランドピアノを初めて使う「NU Festival」でのライヴは特別なものとなるだろう。ピアノと磁気テープが生んだ『Variations For Piano & Tape』(2006年)やオーケストレーションされた『The Disintegration Loops』とも異なる演奏が展開されるはずだ。

 また、DJクラッシュの出演は、『dublab.jp』がキュレーションした静岡県沼津市の大中寺でのコロナ禍における無観客パフォーマンスが、「NU Festival」にも繋がるコンセプトであったことを思い出させる。さらに、現在は千葉県鴨川市にある『SuperDeluxe』は2000年代初頭から六本木の地下において即興演奏からアートエキシビションまで展開した先駆的な場だったが、「NU Festival」によって再び都市空間に戻ってくる。そして、『dublab.jp』は「Tonalism」から続くユニークなリスニングルームをキュレーションする。そこで流れる菊地雅章の『六大』は、チアーニと同じく長らく忘れられた電子音楽だった。他にも、いくつもの異なるレイヤー、異なるフィールドが交差する「NU Festival」は、訪れた人がそこに自分のストーリーを見つけて楽しむ余地があるはずだ。

 海外のフェスティバルでいまも強く印象に残っていることがある。バルセロナの「Sónar」でのことだ。午前中からブライアン・イーノの基調講演を聞いていたときに斜め前に座っていた地元の人らしき老夫婦を、その後に別ホールのニコラ・クルスやマッド・プロフェッサーのライヴでも見かけ、夕刻に会場のゲートから出ていく姿も見た。バルセロナ万博の跡地であるモンジュイックの丘の歴史ある会場は、街との繋がりを感じさせる環境だった。街に根付き、気軽にそこを訪れて、好きに見たいものだけを楽しんでいる光景は新鮮だった。自分の住む東京と比較したことも覚えている。あれも2010年代半ばのことだった。リスニングのみならず、アートやテクノロジーも包括する体験を準備する「NU Festival」が、2026年現在の東京にもたらすことを期待したい。


【Event Info】

NU Festival 2026
日時:
2026年6月26日(金)12:00-22:30
2026年6月27日(土)12:00-23:00
2026年6月28日(日)12:00-23:00
*各プログラムごとに実施時間は異なる。

会場:
【NU Live】TAKANAWA GATEWAY Convention Center LINKPILLAR Hall
【NU Art】MoN Takanawa: The Museum of Narratives (Box300 / Tatami)
【NU Station】高輪ゲートウェイ駅 南改札外3Fテラス
【NU Park】高輪ゲートウェイ駅前 Gateway Park
【NU Connect】NEWoMan TAKANAWA North 5F 高輪SAUNAS / LUFTBAUM 28F 翠の庭

出演(A to Z):
Actress(DJ)
Actress & Suzanne Ciani present Concrète Waves [LIVE]
COLA REN
DAITO MANABE [LIVE]
DJ KRUSH
Grandbrothers [LIVE]
Nathan Fake [LIVE]
Sakura Tsuruta [LIVE]
SAPPHIRE SLOWS
Two Shell
William Basinski “Passing the cup of sorrows” [LIVE]
鏡民 / Kyomi
みんなのきもち / Minna-no-Kimochi(Downtempo Set)
冥丁 / MEITEI [LIVE]
etc..

*Actress & Suzanne Ciani, William Basinskiの出演は6月28日(日)
*DJ KRUSH の出演は6月27日(土)
*dublab.jp presents OTOJU Sessions は6月27日(土)・28日(日)

チケット料金(税込):
2 Days Early Bird:12,000円
1 Day:9,000円
2 Days:15,000円
1 Day Under 23:5,000円

オフィシャルサイト

NU Festival × Qobuz
Suzanne Ciani Quadraphonic Album Listening Session

日時:2026年6月30日(火)19:30-21:00
会場:KATA(LIQUIDROOM 2F)
住所:東京都渋谷区東3-16-6
料金:5,000円
*NU Festival来場者は無料招待(要事前登録)
*満席の際は入場を制限する場合あり

「NU Festival」のアフターイベントとして、ハイレゾ音楽配信サービス『Qobuz』とのコラボレーションによる特別なリスニングセッションを開催。スザンヌ・チアーニの来日にあわせ、Metropole Orkestと共に制作した最新アルバムを『Qobuz』のストリーミング音源によるクアドラフォニック音響で体験する一夜限りのイベントに。


【Author Profile】

原雅明(Masaaki Hara)
文筆家、選曲家。レーベル ringsのプロデューサーとしてレイ・ハラカミの再発等に携わり、LA発の非営利ネットラジオ dublabの日本ブランチの設立に関わる。リスニングや環境音楽に関連するプロジェクトやワークショップの企画、ホテル等の選曲も手掛け、都市や街、自然と音楽とのマッチングに関心を寄せる。早稲田大学非常勤講師。著書に『アンビエント/ジャズ ── マイルス・デイヴィスとブライアン・イーノから始まる音の系譜』『Jazz Thing ジャズという何か』『音楽から解き放たれるために ── 21世紀のサウンド・リサイクル』など。
https://linktr.ee/masaakihara

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