KYOTOGRAPHIE 2026 で体験すべき各アーティストの1枚
桜の余韻が残る春の京都が写真の“エッジ”に包まれる──森山大道をはじめ国内外8の国と地域から14組のアーティストによる展示が、4月18日(土)から5月17日(日)まで、京都市内各所で展開される
KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭とは?
「写真」はまだまだ評価されていない──。京都の街を舞台に、その「写真」の可能性を拡張してきた国際的な写真祭が「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」だ。京都にある町家や寺院、歴史的建造物、そして現代建築まで。文化が幾層にも重なる空間を展示会場へと再解釈する独自の構成は、2013年の創設以来、国内外から高い評価を集めてきた。昨年の2025年には29万7658人が来場。創設以来の来場者数は累計210万人を超え、いまやアジアを代表する写真祭として定着した。
今年で第14回を迎える「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2026」のテーマは“EDGE(エッジ)”。境界、分断、接触、移ろい、葛藤、そして未知へ踏み出す瞬間。固定された線ではなく、揺らぎ続ける“縁”を思考するキーワードである。京都という歴史と現代が交錯する都市において、このテーマは一層のリアリティを帯びそうだ。
テーマである“EDGE”について
捉えどころがなく、常に変化を続ける“EDGE”は、物理的、社会的、心理的な様々な形をとって立ち現れる。断崖に身を置いたときの緊張感、衝突が起きる瀬戸際、周縁で生きることの不安定さ、新しい先端を行く決意——そんな感覚を呼び起こすかもしれない。写真もまた、「際(きわ)」をその内側に抱えている。写真というメディウムは誕生以来常に周縁に位置し、記録と芸術のあわい、真実と虚構のあいだを揺れ動いてきた。いま、新たなテクノロジーの到来と画像が氾濫する時代のはざまで、写真は臨界点に立たされている——先が見えない不安と、何かを発見する高揚感。その両者が共存する場所に。“EDGE”の向こう側に何があるのかは、誰にもわからない。混沌とともに崩壊へと向かうのだろうか。それともその「エッジ」は、別の世界へと誘う入口なのだろうか。「KYOTOGRAPHIE2026」は、この「あわい」を、緊張と変化が同時に生まれる場所として描き出す。ラディカルな写真表現の試みの隣で、都市の衰退を見つめる作品があり、周縁に追いやられたコミュニティの記録は、植民地主義や領土争いといった現在進行形の問題と交錯する。また、自然のもつ超越的な力にもレンズを向け、「ギリギリの際」に到達することで、視点・思考・創造の新たな地平がそっと開いていくのが見えてくる──たとえ環境的にも、政治的にも、個人的にも、もっとも暗い現実のさなかにあったとしても。“EDGE”は、不確実性に満ちた場所であり、同時に可能性の生まれる場所でもある。そしてひとつの終わりが、次の始まりへと導かれる。(KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 共同創設者/共同ディレクター ルシール・レイボーズ&仲西祐介)
この“EDGE”をテーマに、2026年は日本を含む世界8の国と地域から14組のアーティストが参加。森山大道をはじめ、南アフリカ、フランス、パレスチナ、ケニアなど、それぞれ異なる社会的・文化的背景を持つ作家たちが“EDGE”を多層的に提示する。展示は京都市内各所で展開され、街全体が写真祭へと変貌する。そこで本特集では、「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2026」の予習として、参加アーティスト全員の作品を1枚ずつティザー的にピックアップした。会場を訪れる前の視点の手がかりとして、ぜひ参考にしてほしい。
森山大道(Daido Moriyama)
「Stray Dog」
戦後日本写真史を象徴する森山大道の大規模回顧展が「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2026」内で開催される。キュレーションを手がけるのは、ブラジルのモレイラ・サレス研究所のチアゴ・ノゲイラ(Thiago Nogueira)。『プロヴォーク』への寄稿や写真集『写真よさようなら』(1972)をはじめ、約60年にわたる活動を、作品だけでなく雑誌や出版物といったメディウムの側面からも再検証する。ピックアップした1枚は、1971年に青森県で撮影された野良犬「Stray Dog」。ノイズやブレ、ざらつきを抱え込みながら写してきた森山の視線が十分に感じられる代表作のひとつだ。
会場|京都市京セラ美術館 本館 南回廊 2階 Presented by Sigma
リンダー・スターリング(Linder Sterling)
「What I Do To Please You I Do」
1970年代イギリスのパンクシーンから登場したリンダー・スターリング(Linder Sterling)。写真とフォトモンタージュを大胆に用い、女性の身体や欲望をめぐる既成概念を解体してきた現代アーティストである。本展は日本初個展となり、ヘイワード・ギャラリーでの回顧展に続く重要な機会となる。ダダやシュルレアリスムの精神を受け継ぎながら、フェミニズムの視点で視覚文化を再構築してきたその実践は、“EDGE”が示す境界や葛藤を鋭く照射する。ここで紹介する1枚「What I Do To Please You I Do」は、装飾と身体、欲望と規範のあいだに横たわる緊張を可視化するポートレートと言える。
会場|京都文化博物館 別館 Presented by CHANEL Nexus Hall
イヴ・マルシャン&ロマ・メェッフェル(Yves Marchand & Romain Meffre)
「c803d74b-86ff-49a9-b633-3d83e9633402, Ruines de Paris, 2024」
20年以上にわたりユニットとして活動するイヴ・マルシャン&ロマ・メェッフェル(Yves Marchand & Romain Meffre)。近代建築の廃墟を大判カメラで記録してきた彼らは、近年AI技術を取り入れ、都市そのものを“終末後”の風景へと変容させる実験を行っている。本作「c803d74b-86ff-49a9-b633-3d83e9633402, Ruines de Paris, 2024」は、その象徴的な1枚だ。無機質なコードのようなタイトルとは裏腹に、砕け散ったルーヴルのピラミッドが静かに横たわる光景は強烈なリアリティを帯びる。
会場|重信会館
ジュリエット・アニェル(Juliette Agnel)
「Susceptibility of Rocks」
風景と光に対する詩的かつ形而上学的なアプローチで知られるジュリエット・アニェル(Juliette Agnel)。砂漠や氷河、深夜の闇といった極限の環境で制作を重ね、人間と自然を結ぶ不可視の力を探ってきた。本作は「Susceptibility of Rocks」シリーズの作品で、鮮烈なピンクの鉱物を静謐に写し出す1枚だ。無機質な石は単なる物質を超え、時間や神話、そして大地の記憶を宿す存在として立ち現れる。揺らぎや感応性を意味するタイトルが示す通り、その表面は世界の振動に呼応しているかのようだ。
会場|有斐斎 弘道館 Presented by Van Cleef & Arpels
福島あつし(Atsushi Fukushima)
弁当配達員として働きながら日本各地を旅し、農業の現場に身を置いてきた福島あつし。彼は“写真家らしさ”から距離を取り、労働の只中でシャッターを切る。本作は、夏の収穫期に土を掘り起こす一瞬を捉えた1枚だ。水と泥が噴き上がり、秩序と無秩序が入り混じる農の現場に、生と死のエネルギーが凝縮される。穏やかな田園風景という幻想を裏切り、事業としての農業と肉体労働の現実を可視化するその視線に注目したい。
会場|ygion Supported by Fujifilm
タンディウェ・ムリウ(Thandiwe Muriu)
「CAMO」
ケニア出身の写真家タンディウェ・ムリウ(Thandiwe Muriu)。アイデンティティや女性のエンパワーメントを主題に、アンカラやカンガ布といったテキスタイルの物語を視覚的に再構築してきた。本作は代表作「CAMO」シリーズの1枚。鮮烈なパターンのなかに身体を溶け込ませながら、被写体は同時に強い存在感を放つ。背景に同化しつつ、決して消えない視線。そこには、伝統と個人、可視と不可視のあいだで揺れる女性の立場が映し出される。「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2026」では代表作と京都滞在制作による新作を2会場で展開。
会場|誉田屋源兵衛 竹院の間 Presented by LONGCHAMP
会場|出町桝形商店街 ― DELTA/KYOTOGRAPHIE Permanent Space
アントン・コービン(Anton Corbijn)
「David Bowie, Chicago, 1980」
オランダ出身の写真家アントン・コービン(Anton Corbijn)。デペッシュ・モード(Depeche Mode)やU2、ニルヴァーナ(NIRVANA)らのポートレートで知られ、半世紀にわたり音楽とアートの歴史を写してきた。本作「David Bowie, Chicago 1980」は、その代表的な1枚。スローシャッターによるモノクロの階調が、ボウイの身体に宿る緊張と脆さを際立たせる。「完璧さよりも不完全さのほうが生に近い」と語るコービンの視線は、スターの偶像性と人間的な揺らぎのあいだに横たわる境界を浮かび上がらせる。京都では、50年に及ぶポートレートの軌跡をたどる回顧展が展開される。
会場|嶋臺(しまだい)ギャラリー Supported by agnès b.
フェデリコ・エストル(Federico Estol)
「Shine Heroes」
ウルグアイ出身のアーティスト フェデリコ・エストル(Federico Estol)。文化的アイデンティティや不平等、社会正義を主題に、周縁化されたコミュニティと協働してきた。本作は、ボリビア・ラパスで働く靴磨きの人びとを捉えた「Shine Heroes」シリーズよりピックアップ。差別から身を守るためマスクで顔を覆う彼らを、エストルは“ヒーロー”として再構築する。煙や強い色彩をまとい立ち上がる姿は、匿名の労働者ではなく、誇りと連帯の象徴だ。「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2026」では新たな個展として展開する。
会場|誉田屋源兵衛 黒蔵
柴田早理(Sari Shibata)
富山県南砺市出身の写真家 柴田早理。「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2025」でルイナール・ジャパン・アワードを受賞し、フランス・ランスのシャンパーニュ・メゾンの本拠地にて滞在制作を行った。本作は、葡萄畑を舞台に、女性が葡萄のように時を重ね成熟していく物語を紡ぐ写真群だ。自然の循環と人の営みが静かに重なり合う光景には、制御できない大地の力への畏怖と感謝がにじむ。都市と地方を往還してきた柴田の視線は、人間と自然のあいだに引かれた境界を問い直す。
会場|ASPHODEL Presented by Ruinart
ファトマ・ハッスーナ(Fatma Hassona)
ガザの日常を記録し続けたパレスチナの写真家 ファトマ・ハッスーナ(Fatma Hassona)。想像を絶する状況のなかでも、市井の暮らしに根ざした視線で現実を伝え、SNSを通じて国際的な注目を集めた。2025年4月、25歳という若さで爆撃により命を落とす。「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2026」では、彼女が遺した作品をスライドプロジェクションで紹介し、その生き様に敬意を捧げる。色彩豊かな市場の風景と崩れ落ちた建物が同時に存在するこの1枚は、日常と破壊が隣り合わせにある現実を静かに物語る。“EDGE”が示すのは、平和と暴力のあいだに引かれた、あまりにも脆い境界である。
会場|八竹庵(旧川崎家住宅)
アーネスト・コール(Ernest Cole)
「Segregation signage, South Africa, 1960s.」
南アフリカ出身の写真家 アーネスト・コール(Ernest Cole)。1967年に刊行された写真集『House of Bondage』は、アパルトヘイトの実態を内側から告発した最初期の記録として知られる。本作はその象徴的な1枚。EUROPEANS ONLYと記されたベンチに座る女性の姿は、制度化された差別が日常の風景に組み込まれていた現実を静かに突きつける。黒人フォトジャーナリストとして命を懸けて撮影を続けたコールの視線は、社会が引いた線の暴力性を可視化した。
会場|京都市京セラ美術館 本館 南回廊 2階 Supported by Cheerio
レボハン・ハンイェ(Lebohang Kganye)
「Woman in middle of night, 2022」
南アフリカ出身のアーティスト レボハン・ハンイェ(Lebohang Kganye)。写真を起点に、演劇性や彫刻的手法、オーラル・ヒストリーを横断しながら、個人史と歴史の関係を再構築してきた。本作は、切り抜かれた人物像と空間を組み合わせたシリーズの1枚。平面的でありながら立体的な構成が、記憶の断片性を可視化する。ハンイェは、欠落したアーカイブをどのように継承し、語り直すのかを問い続ける。「虚構」がときに真実を照らすという逆説も、その実践の核にある。
会場|東本願寺 大玄関 Presented by DIOR
ピーター・ヒューゴ ピーター・ヒューゴ(Pieter Hugo)も南アフリカ出身の写真家だ。20年以上にわたり続けてきた「What the Light Falls On」は、ポートレートや風景、静物を横断しながら、生と死のあいだに横たわる時間を見つめるシリーズだ。本作は、母と子が寄り添う静かな瞬間を捉えた1枚。柔らかな光に包まれた身体は、誕生と終焉が循環する生命の連なりを想起させる。ヒューゴは「すべての始まりは、別の終わりから生まれる」と語る。「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2026」では23年にわたる思索の軌跡が提示される。
会場|京都市京セラ美術館 本館 南回廊 2階
KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2026
「Afternoon nap interrupted, Nature’s Valley, 2012」
会期:2026年4月18日(土)-5月17日(日)
主催:一般社団法人KYOTOGRAPHIE
共催:京都市、京都市教育委員会
パスポートチケット:一般 6,000円(前売り5,500円)、学生 3,000円(前売りも同額)
●お問い合わせ
KYOTOGRAPHIE 事務局
京都市中京区久遠院前町672番地1
Tel:075-708-7108
公式サイト:https://www.kyotographie.jp















