『Nike HARAJUKU』にて行われたロサンゼルス・ドジャース 山本由伸の特別トークセッションをレポート
勝負へのマインドセットをフィーチャー
『Nike HARAJUKU』にて行われたロサンゼルス・ドジャース 山本由伸の特別トークセッションをレポート
勝負へのマインドセットをフィーチャー
1月24日(土)に『Nike HARAJUKU』にて行われた、ロサンゼルス・ドジャース 山本由伸選手のスペシャルトークショー。このトークショーは事前抽選制で一般の参加も応募受付をしており、予想をはるかに上回る応募数により受付締め切りが早まるほどの人気っぷりをみせていた。
ご存知の方がほとんどだとは思うが、かくゆうは山本選手はパシフィック・リーグのオリックス・バファローズで6年間ピッチャーとして活躍した後、2024年にMLB ロサンゼルス・ドジャースに入団。オリックス時代には、数々のタイトル獲得および主要な表彰を受賞しており、ロサンゼルス・ドジャースとはMLBの投手では史上最高額となる12年総額3億2500万ドル(約465億円)の契約を結ぶなど、輝かしい経歴を持つ。また、2025年にはワールドシリーズで開幕投手を務め、30試合に先発しドジャースの優勝に大きく貢献。2001年のランディ・ジョンソン(Randy Johnson)選手以来24年ぶりとなる3勝0敗の快挙で、MVPにも選ばれた。
今回のトークショーには、そんな世界的勝者・山本選手のトークショーに参加するべく、一般応募で当選した約150人のファンと〈Nike(ナイキ)〉に招待された江戸川エンジェルズの選手、メディア関係者が集結。元プロ野球選手の杉谷拳士をMCに迎え、彼のこれまでの野球人生を振り返ってもらったほか、勝負へのマインドセットや普段の過ごし方、ドジャースでの経験などを語った。本稿では、その一部を抜粋してお届けする。
杉谷:2025年シーズン、誰よりも長く戦い抜きましたね。振り返っていかがですか?
山本:そうですね。もう最後まで、最後の試合まで戦いました。ですが、最後の瞬間を経験できたのも初めてだったので、あれは特別なシーズンでした。このシーズンが始まった序盤から終盤にかけて、正直、これほど自分が中心になるとは思いませんでしたね。2年目とは言え、あの春先はまだわからないこともあったので。そこからどんどん自分のプレーができるようになって、10月は最高の1カ月になったので、本当にいいシーズンでした。
シーズン中に試行錯誤したり、新しくチャレンジしたことがあれば教えてください。
細かいところで言うと、やっぱり試合のプランですかね。配球の面も変えたりしましたが、“自分のプレーができるようになった”という、そんな感じでしたね。
学生時代、体があまり大きくなかったそうですが、どうやって勝負していましたか?
中学生の時に硬式野球を始めたんですけど、やっぱり力が必要というか。大きい同級生にどんどん抜かれていったり、そういう時期もありました。最初は小さかったしガリガリだったので、かなり苦労しました。でも、徐々に自分もどんどん大きくなって、パワーがついてきて。順調に成長していきましたけど、最初は本当に全然ダメでした。
最初からピッチャーだったのでしょうか。
いえ、中学に入った時は、もともとセカンドをしてて。あるタイミングで、試しに同級生に混じって投げたりしてみて、そこからストライクが投げれるからっていう理由でどんどんピッチャーに転向していったんです。
バッティングへの自信はどうでした?
パワーもないですし、(バッティングは)めちゃくちゃ好きだったんですけど、小学校ぐらいをピークにどんどん下っていきましたね。プロになるのは厳しいんじゃないかなっていう感覚は、(小学生まで夢を見ていましたが)中学生の時までありました。でも、高校でピッチャーをしてボールがどんどん速くなって、プロを目指そうと改めて思ったという感じです。
体格のハンデについて、今はどう考えていますか?
成長には個人差ありますし、背が高いのが有利なことも多いと思いますけど、小さくても問題はないと思います。ただ、小さくてガリガリのままで一流で活躍している人はいないと思うので。体のサイズを言い訳にする必要はないですけど、学生時代で言うと、やっぱり“ご飯を食べる”とか“しっかり体を動かす”とか。そういうのでどんどんパワーがついてくると思います。
プロで壁にぶち当たった時、気持ちの切り替え方法を教えてください。
やっぱり、現役生活してても、学生時代もそうですけど、嬉しい瞬間って結構一瞬じゃないですか。瞬間の単位で見るとあそこが注目されがちだけど、練習している時、もちろん辛いし、その中でも失敗がある。だから、一流の選手もみんな辛い時期があると思います。嬉しい瞬間は一瞬で、失敗の方が多い。だけど、もっと先に大きい目標があれば、失敗した時も反省になるし、そこでくじけることはないと思います。強く目標を持ってやることだと思います。
プロ時代から、やり投げなどの独特なトレーニングを始めたきっかけは?
プレーする中で、肩や肘にちょっと悩みがあったんです。1軍で投げたら張りが強かったり、痛みに近い張りが出たりして、高校生の時からずっと気になっていました。そのときに色んな病院の先生に会いに行ったんですけど、似たような答えが多い中で、今教わっている矢田先生と話した時に「この人だな」ってピンときたんです。感覚的じゃなく、色んな説明をしてもらって、自分の今までの経験と照らし合わせて納得できた。やってることは一般的ではなかったですけど、ひとつちゃんとした確信が持てたんで、思い切り踏み込むことができました。
誰もやっていない道を進むことに、不安や迷いはありませんでしたか。
迷いはないですけど、これまで前例がなくずっと否定され続けてきたので、すごくストレスはありましたね。でも、やっていく中で、数年前に思い描いていたものが感覚的に見えてくる手応えがあったんです。否定してくる人たちはすごく感覚的な否定だったし、“自分の方がその情報について調べている”という確信があって。なので、迷わず自分を信じることができましたね。
ドジャースに入ってみて、いかがでしたか?
素晴らしいチームだなと思いました。勝つために必要なことなら何でもしますし、それが当たり前のようにできる環境が整っている。これだけ大きい組織なのにそれができている凄さを感じました。一流の選手たちが毎日、すごく基礎的なことを続けていたり。一緒に過ごすと余計にそれを感じますね。
ポストシーズンとレギュラーシーズンの違いは?
レギュラーシーズンもみんなめちゃくちゃガチなんですよ。びっくりするぐらいのエネルギーで向かってくる。だけどポストシーズンはまた熱量が増すというか。本当に、常に本気と本気のぶつかり合いです。
ご自身のメンタルは強い方ですか。
僕は決してメンタル強い方ではないと思います。毎週緊張してますし、すごい繊細なところもあるので。潰されそうになりながらやっています。
ワールドシリーズの第3戦、延長18回までいった伝説の試合は、どんな気持ちでベンチにいましたか?
あの日はもちろん投げる予定はなかったので、始まった時はコーヒー飲んでリラックスしてましたし、お寿司屋さんが来てくれる日だったんで3回ぐらいにお寿司を食べてたんです(笑)。そしたらいつの間にかピッチャーがいなくなってきて、「次投げるのは自分か……」となって。そこからマインドセットしましたけど、あの日を振り返ったら1人でちょっと面白かったですね。ブルペンに行った時はちょっと震え上がりました。
緊張したときは、どのようにしていますか?
緊張には、ただ自信がなくて不安になるものと、プレッシャーはあるけれどアドレナリンが出てくるような、良い意味での緊張があると思います。日々練習を積み重ねて自分に力がついている状態なら、どれだけ緊張していてもマウンドに立てば自信を持って振る舞えます。逆に、練習が疎かな状態でその場に立ってしまったら、緊張しても打つ手がなくて、悪い方向にしか進みません。
緊張する局面に立つたびに痛感するのは、日々の丁寧な生活と練習を積み重ねておくことの大切さです。手のひらに文字を書くようなおまじないでは、結局どうにもなりません。マウンドでその緊張を自分の力に変えられるかどうかは、日々の積み重ねにかかっている。そう強く思っています。
本日着用されているNike Mindは、実際に履かれてみていかがですか?
まず届いたときに、この靴裏のデザインに驚きました。この球体が、歩くと同時に動いていることが直接足裏に感じられて、単純に気持ちいいというか。昨日も飛行機で日本に帰国したんですが、練習が終わってからこれを履いてそのまま来ました。届いてから、毎日履いています。とにかく楽な履き心地で、今一番ハマっていますね。
次に、成功するためのジンクスや、こだわりはあれば教えてください。
ジンクス……どうだろうな、ありますかね。僕は逆に“気にしない”タイプなんですよ。たとえば、右足から靴を履かなきゃいけないとか、打たれなかった時の手袋をずっと使い続けるとか、そういうのは全然なくて。練習用具もずっと使い続けることもないですね。
地元の岡山の名産で好きなものは?
岡山には、皆さんも知ってるかもしれないんですけど“備前焼き”っていう焼き物があるんです。僕の友達のお父さんが作家さんだったりするくらい身近にあって。なので、オフシーズンもよく作らせてもらっています。作っているときはすごく集中できるし、それが作品になるのがいいんですよね。自分で作ったお茶碗で、いつもご飯を食べてます。
いつから野球に興味を持っていたのでしょうか。
僕の実家の隣も、オリックス・バファローズでプレーしている本宮だったりして、とにかく公園に集まればみんなで野球をするような地域だったんです。なので、日常的に野球をしていて、気づいたら野球に夢中になっていました。
球速を上げるために、どんなことをしましたか?
小さい頃であれば、トレーニングをするというよりは、特にご飯を食べるとか、睡眠がすごく大事だと思います。今思うと僕も「もっと寝とけばよかったな」と思います(笑)。今は中日の高橋宏斗と練習してるんですけど、彼は中学までそこまで背が高くなかったらしいんですが、高校の時にめちゃくちゃ寝てたら本当に背が伸びたらしいんですよ。成長期のホルモンとかもありますし、僕も今でも睡眠は大切にしています。
子供の頃に憧れていた選手はいましたか?
誰だろうな。地上波放送が少なくなった時期だったので、プロ野球選手に憧れるというよりは、近所の先輩のお兄さんに憧れて、全部真似してた記憶があります。田舎育ちなのでプロ野球なんて人生で1、2回しか見たことがなくて、すごく遠いものだと思ってたんですね。だからこそ、近所のお兄さんに憧れていました。
プロを意識したのはいつ頃かを教えてください。
中学ではパワーのなさを感じて一時期はあまり(プロを)強く思わなくなっていたんです。でも高校生になってピッチャーを始めて、球が速くなって。ある日、前の試合で投げていたピッチャーを見にプロのスカウトが来ていて、その次が僕だった。監督から「スカウトが見てくれてたぞ」と聞いた時に、「目指せるならなりたい」と明確に目標ができました。そこから意識が変わって、努力できるようになりました。
ドラフトで選ばれた時は、どんな気持ちでしたか?
本当に選ばれるかなって(笑)。その日までただの高校生だったのに、次の日にプロ野球選手になれているっていう、その1日がすごく不思議でした。4位で指名されて、「いよいよ始まるんだ」って、不安よりもワクワクの方が大きかったです。
メジャーに行って驚いたことは何ですか?
飛行機が貸し切りだったりサポート体制もすごいですけど、一番びっくりしたのは、一流の選手たちが信じられないくらい練習すること。移動でどんなに騒いでいても、球場に行ったらみんな汗をかいて、もうすでにめちゃくちゃ練習してるんです。「あんなに実力があるのに、これだけ練習するのか」っていうのは本当に驚きました。
山本選手がこれほど挑戦を続ける理由は何ですか?
最初は「プロになりたい」。なれたら「1軍でやりたい」。次は「メジャーがある」。25歳で目標が達成できて、次は「そこで一番になりたい」。上には上がいる。ひとつ目標をクリアしたら、また次が見えて「もっとこうなりたい」と思う。その連続で、気づいたらここまで来れていました。18歳の自分からしたら今の姿は見えなかっただろうけど、小さい目標を積み重ねてきた結果だと思います。
最後に、若者たちへメッセージをお願いします。
夢がある人もない人も、僕もまだ27歳で、これからだと思っています。一歩ずつ進むことが、最終的に大きな成長に繋がる。お互い頑張りましょう!


















