ジェイムス・ブレイクが見つめる彼の音楽のその先
『Hypebeast Magazine Issue 36: The Platinum Issue』にて掲載されたエクスクルーシブインタビュー
ジェイムス・ブレイクが見つめる彼の音楽のその先
『Hypebeast Magazine Issue 36: The Platinum Issue』にて掲載されたエクスクルーシブインタビュー
ロンドン中心部・ソーホー地区にあるスタジオの地下には、10×20フィートほどの小さな部屋がひっそりと佇んでおり、その限られた空間から、大きなアイデアが次々と生まれている。床にはケーブルが這い、シンセサイザーやキーボードが、散らかった書斎の本のように何段にも積み重ねられている。その中心にいるのが、ダブステップの革新者からグラミー賞受賞アーティストへと進化を遂げたプロデューサー/ボーカリスト ジェイムス・ブレイク(James Blake)だ。背が高く、思慮深く、静かな存在感で空間を支配している。
彼の周囲には、半円状に配置された4台のキーボードがあり、さらに2台がすぐそばに置かれている。一見すると、「本当にこれほど多くの機材が必要なのか?」と思わずにはいられない。しかし、彼が独特で豊かな“ブレイクらしい”メロディを紡ぎ始めた瞬間、その答えは明白になる。
散らかった作業環境は、混乱した思考の象徴とも言われる。しかし、その逆であることも少なくない。そこには“混沌の中の心地よさ”がある。浮遊する音符や参考資料、未完成のアイデアが入り混じる雑多な響きの中から、新しい発想が生まれていくのだ。この小さく雑然とした部屋は、技術に迷う人間の空間ではない。ここは、キャリアのこの段階において、自信と冷静さを備え、自身の表現に確かな軸を持つアーティストの場所なのである。
ジャンルの枠を超えるサウンドと幻想的なプロダクションによって、ブレイクは高い評価を受けるソロアーティストであると同時に、引く手あまたのコラボレーターとしても知られてきた。過去10年以上にわたり、ビヨンセ(Beyoncé)、フランク・オーシャン(Frank Ocean)、ケンドリック・ラマー(Kendrick Lamer)らと共演し、彼ならではのソウルフルなビートと音の質感を生み出してきた。そしてヒット曲を放ち、数々の賞を受賞し、大規模フェスティバルのステージにも立ってきた。
しかし今、エンジニアのボブ・マッケンジー(Bob Mackenzie)とともにこの親密な地下スタジオに座る彼の関心は、別のところに向けられているように見える。それは、より身近で、より本質的なものだ。
「今は、より意識的になっている気がする」と、シンセに囲まれた席から顔を上げ、低く穏やかな声で彼は語る。「昔は、何かを追いかけてばかりだった。でも今は、本当に大切なものに立ち返っている感覚があるんだ」
ブレイクが語っているのは、音楽のことだけではない。会話は自然とストリーミング文化や音楽業界の構造へと移り、彼の穏やかな表情は次第に引き締まっていく。声を荒らげることなく、彼は静かにこう語る。「アーティストを正当に評価しない仕組みが、たくさんあるんだ」
そのはっきりとした口調から、彼が実体験に基づいて話していることが伝わってくる。「人の心を動かすものを作って、完成までに何年もかかるような作品でも、経済的な仕組みの中では、まるで存在していないかのように感じてしまうことがある」
ブレイクは、音楽産業という“マシーン”の内部に長く身を置いてきた。そんな中でも彼は、感情に根ざした自身の音楽においても、業界との向き合い方においても、誠実さを失わずに歩んできた稀有な存在だ。
今年3月にリリース予定の新作アルバム『Trying Times』を控えたいま、36歳となったブレイクが自分のやり方を貫こうとしていることは明らかだ。彼はいま、リセットの最中にいる。外部の声や業界からの雑音を排し、自分自身の音楽と改めて向き合っている。
タイトル曲“Trying Times”は、その姿勢を象徴している。「とてもパーソナルな曲で、まるで空から降ってきたみたいな感覚だった。20分でできたんだ。ただ歌うのが好きで、ずっと歌っていたいと思える曲なんだ」
この曲をはじめ、この部屋で生み出されている音楽の多くは親密で思慮深い響きを持っている。それは、アルゴリズム向けに作られた魂のない楽曲が溢れる現代のポップシーンとは、鮮やかな対照をなしている。
ブレイクの静かな佇まいは、彼が手に入れた新たな自由の証でもある。彼は最近、インディペンデントとして活動する決断を下し、作品の届け方をより慎重に考えるため新作のリリースを延期することさえ選んだ。
「この新しい音楽には、僕がすべてを注いだら何が起こるのかを見るチャンスを与える価値があると思うんだ」そう彼は語る。
常に世間に合わせて変化し続けなければならないというプレッシャーから解き放たれたことで、彼は立ち止まり、振り返るための余白を手に入れた。いま彼は、「何を作るか」だけでなく、「なぜ作るのか」という問いにも向き合っている。その音楽には、これまで以上に意志的で研ぎ澄まされた集中力が宿っている。紛れもなくブレイクの音楽でありながら、そこには、自分の立ち位置を明確に理解している者だけが持つ確信が感じられる。
音楽業界はいまだ混乱の只中にあり、ストリーミングの数字はこれからも多くのミュージシャンを悩ませ続けるだろう。しかし、シンセやキーボード、そして大の大人が2人ぎゅうぎゅうに詰まった、この暖かな地下スタジオの“繭”のような空間で、私たちはこの15年で最も独創的な音楽家のひとりが、自分のペースで歩み続ける姿を目撃している。彼は、自分自身の声と音を選び取り、数字が色あせたあとも残り続ける、持続的な力を持った表現を紡いでいるのだ。
Hypebeast:撮影中にいくつか時計を付け替えているのを見ましたが、かなりの時計好きなんですか?
James Blake:うん、すごく魅力的だと思っているよ。自分が好きなさまざまなデザインの要素が交差する場所、という感じがしてね。時計は本当に好きだし、僕はものづくりに対してかなり細かいところまで気にするタイプだから、こういう精緻なクラフトに惹かれるのは自然なことだと思う。
今つけているのは、Vacheron Constantinの「1921」。これは特にお気に入りなんだ。というのも、ラッパーのDaveからもらったものだからね。パンデミック中、彼のアルバム『We’re All Alone in This Together』を制作していて、何カ月もスタジオにこもっていた時期があったんだ。この作品は本当に大好きななんだ。そして完成したとき、彼がこのギフトを持って家まで来てくれた。
レコーディングの途中で、僕が彼に「これ、僕の1番好きな時計のひとつなんだ」って言ったことがあってね。それを彼はちゃんと覚えていたんだと思う。だから今では、誰かが素敵な時計をしているのを見ると、「あ、それ実は僕のお気に入りなんだよね」って言うようになった(笑)。でも本当に、この時計は特別なんだ。絶対に手放せない時計ってあるでしょ?これはまさにその1本だね。
ファッションについてはどうですか? 今、特に気に入っているブランドはありますか?
いま一番好きなのは、たぶんMartine Roseかな。いちばんよく着ているのはStudio Nicholson。あとは状況によるけど、普段着ならCasey Caseyが好きだね。イベントのときはPrada。基本的には、送られてくるものと、自分で買うものの半々かな。自分で買うものは、どちらかというと少しエクレクティック(個性的)なものが多いね。
ZEGNAとの取り組みもありましたよね。2026年サマーコレクションのショーで音楽アドバイザーを務めていましたが、具体的にはどんな役割だったんですか?
正直、音楽アドバイザーは作られた言葉だよ(笑)。作られた職業みたいなものだね。これまでは事前に音楽を提供することが多かったけど、今回は実際にショー中に演奏して、即興もしていたんだ。それがすごく良かった。
ピアノを弾いて歌いながら、その瞬間に入り込む感じになるんだよ。僕がいちばん刺激的な瞬間を感じるのは、そういう“境界的な空間”なんだ。長くパフォーマーをやっていると、自分自身が楽しめる形を見つけることが大事になってくる。ああいう場で即興するのは正直ちょっと怖いけど、同時にすごく「今、この瞬間」に集中できる。アレッサンドロ・サルトリはアーティストをとても尊重してくれる人だから、ああいうことを一緒にやるには最適な相手だったと思うよ。
この新しい音楽には、僕がすべてを注いだら何が起こるのかを見るチャンスを与える価値があると思うんだ
あなたの音楽がファッションと相性がいい理由は、どこにあると思いますか?
まるで、自分の音楽がもうひとつの人生を生きているのを見るような感覚なんだよね。というのも、僕は音の空間を作っているわけだけど、それと同時に、彼らは体験としての空間を作っている。その2つが重なり合うんだ。最後に自分の曲が使われたショーを観たのは、ミラノで行われたBottega Venetaの2025年春夏コレクションだった。マチュー・ブレイジーのショーで、“When We’re Older”が使われていたんだ。あの素晴らしいシルエットや、美しい人たちがランウェイを歩くのを見ながら、その曲が流れていたのを観て、本当に胸を打たれたのを覚えている。
2020年の『Covers』に収録されている“Godspeed”は、私にとっても史上最高の1曲です。実は自分の結婚式でも流しました。フランク・オーシャンのオリジナル制作にも関わり、その後ご自身でもカバーしていますが、どのようにアプローチしたのですか?
まず最初に、別れの曲でヴァージンロードを歩いたっていうのがすごく素敵だね。その勇気を称えたい(笑)。それから、僕もあの曲が大好きなんだ。だからカバーしたんだよ。頭の中にはずっと、自分がカバーした形のバージョンがあって、それを世に出したかった。自分の曲じゃない音楽を扱うときって、常に「別の可能性のあるバージョン」が頭に浮かぶものなんだ。オリジナルと似たような形で別バージョンを作るのは、むしろ失礼だと思ってね。だから、ピアノ1本で、自分のやり方で歌おうと決めた。結果的に、この曲は独自の命を持つようになったと思う。
あなたの音楽は、詩的で、表現力豊かで、緻密だと評されることが多いですが、ご自身を詩人、技術者、デザイナーのどれだと捉えていますか?
僕たちは皆、それぞれユニークなDNAの刻印を持っている。そこを出発点にすれば、どんな存在にでもなれる自由があるんだ。自分が興味を持つものになればいい。僕は昔から詩を書くことには興味があったけど、特別に詩集を読むタイプではなかった。ソングライティングの文脈では、詩は感情を解放するための手段として自然に出てきたものだった。そして結果的に、それは楽曲を作るうえでとても豊かな土壌になった。
技術的な面については、すべて「必要に迫られて」身についたものだと思っている。「この音を出したい。じゃあ、どうやってやるんだ?」という発想だよ。ビジネスでも同じで、問題が起きたら解決する。それが、作れない質感だったり、探している言葉だったり、感情的なつながりをどう表現するかだったりする。
とにかく、自分で答えを見つけなきゃいけない。僕は本質的に問題解決型の人間なんだ。プロデューサーとして、作家として、そして他のアーティストのメンターとしても、相手がいちばん良い形で自己表現できるよう手助けすることが仕事になる。そこには、感情面での問題解決も含まれることが多い。時には、まず自分自身を“セラピー”しなければならないこともある。自分が整った状態で、バランスの取れた場所にいることを確認する必要があるんだ。
デビューアルバムから14年が経ちましたが、音楽をリリースすることや、オーディエンスの反応に対する向き合い方は、キャリア初期と比べて変わりましたか?
いまは、以前のようなプレッシャーはあまり感じていないね。これまでに発表してきた作品を振り返ると、正直、今ここで音楽活動をやめたとしても、「世界に十分な“ノイズ”は残したな」と言えると思う。でも、次のアルバムには、人々にとって新鮮に感じてもらえるような、ある種の明確さがあるはずなんだ。すでにリリースを9カ月延期しているし、必要なら、さらに何カ月でも延ばすつもりでいる。
今回は、きちんと時間と労力をかけてプロモーションしたいと思っている作品なんだ。これまでは、リリースしてから数回SNSに投稿して、そのあとは自然に任せる、ということも多かった。それでも問題はなかったけれど、このアルバムに関しては、それでは足りない気がしている。この新しい音楽には、僕が全力を注いだら何が起こるのかを試すチャンスを与えるべきだと思っているんだ。
僕の妻は壁画アーティストなんですが、作品が完成間近になると、気持ちがスッと離れて興味を失い、次へ進みたくなるみたいなんです。アルバムを完成させるときのあなたの感覚も、きっとそれに近いのでは?
奥さんのその感覚には、とても共感するよ。アーティストって、自分が作っているものを完成させる頃には、それと切り離して、みんなに手渡して、さらに音楽とはまったく関係のないことをたくさんして宣伝しなければならなくなる。そのこと自体が、痛みを伴うように感じるんだ。アルバムのプロモーション期間って、音楽やアートとは無関係なことが本当に多いからね。
これまでの作品を振り返ると、プロデューサーとしてもアーティストとしても、僕はどこか感情的に“印象派的”だったと思う。ファルセットの使い方や、少し身体から遊離したような表現も含めてね。全体として見ると、まるで自分自身の絵画の中で、僕は背景にいるような感覚だった。
でも、新しいアルバムでは、中心にある“声”としっかりつながろう、という決断をしたんだ。そして、目の前の観客やリスナーとも、より直接的につながりたいと思っている。もう自分を全体のテクスチャーの一部として扱うのではなく、「メッセージを運ぶ存在」にしようとしている。それがすごくワクワクするんだ。だって、もし自分が背景にいるだけの絵だったら、そんなものを人に見せるために、ここまで努力する意味があるのか?って思ってしまうからね。
そのようなボーカルスタイルが活きている具体例はありますか?
“Trying Times”は、とてもパーソナルな歌い方になっている。制作しているとき、まるで空から降ってきたみたいな感覚だった。とにかく歌うのが好きで、ずっと歌っていたくなるんだ。正直、そう感じる曲は、僕の中でもほんのわずかしかない。
“Retrograde”でも、同じ感覚があった。演奏するのが楽しくて仕方なくて、毎晩でも演奏したかったし、今でも毎晩演奏したいくらいだ。どうしてなのかはわからない。書き方なのか、どれだけ個人的な曲なのか、その理由ははっきりしないけど、飽きることがないんだ。“Trying Times”も同じだよ。なぜか、演奏するたびにエンドルフィンが一気にあふれてくるような感覚になるんだ。
アーティストは“今この瞬間に起きていること”を映し出す存在だ。問題は、自分が現実を正確に映す鏡になれているかどうかだ
なぜインディペンデントという道を選んだのですか?
これまでの僕は、本当に信じていたものがあっても、「もっといい選択肢がある」と周囲に説得されて、それを追いかけるのをやめてしまうことが多かったんだ。そして、その“別の選択肢”には本気で打ち込めず、情熱も湧かなくて、結果的にすべてをダメにしてしまっていた。いま振り返ると、ある曲についてこう思うことがある。「商業的なこの曲に25%の力を注ぐより、そこまで売れ線じゃなくても、もっといい曲だったこっちに100%の力を注げばよかった」ってね。
インディペンデントという考え方は、一過性の流行語みたいなものじゃない。これはひとつの“精神”なんだ。もっと早くから、その意識を持っていればよかったと心から思っている。表向きには創作の自由はあったけれど、実際の取り組み方には、独立した精神が欠けていた。それはいまでも後悔している。
100%で向き合う姿勢を受け入れたとき、僕は急に創作が楽しくなったし、自分の作品に対して、これまで感じたことのないほどの「所有感」を持てるようになった。それが、この新しい活力につながっている。もう、ただ作品を渡して終わり、ということはしたくない。それでは音楽にも、聴いてくれる人にも失礼だからね。
Hypebeast創刊20周年にちなんで、これまでのアルバムを一言で表すとしたら?
『James Blake』は「断片的」。
『Overgrown』は「不完全」。
『The Colour in Anything』は「迷路」、あるいは「迷路のよう」。
『Assume Form』は「開かれている」。
『Friends That Break Your Heart』は「カラフル」。
『Playing Robots in Heaven』は「無謀」。
そして新作『Trying Times』は「対称的」だね。
こうして並べてみると面白いよね。この言葉たちは、僕の感覚とかなり一致している。アルバムを制作することは身体と心のバランス、統一感を見つけていく旅でもあって、それが作品にも反映されている。ひとりのミュージシャンを例にとると、よりはっきり見えてくる。僕たちは、アーティストの感情状態と作品の音が結びついていることは理解しているけれど、キャリア全体を見て、「このとき、彼は実際に何を経験していたのか?」と考えることはあまりないよね。
世の中で起きていることを、どれくらい新しい音楽に反映していますか?
いつも意識しているよ。僕はあまりインターネットを使わないようにしていて、スマホにはブロッカーを入れて、ADHD的な無限スクロールに陥らないようにしている。たぶん、僕はあまりにも感受性が強すぎて、すべてを読むことも、すべてを受け止めることもできないんだ。
これは昔からあるジレンマだよね。すべてを見て“今”に追いつく代わりに、心の平穏を壊すのか。それとも距離を置いて、自分を保つのか。ケンドリック・ラマーの「沈黙の谷で魂を守る」というリリックのように、それが僕の理想なんだ。僕は基本的に、物事の“裏側”で動くタイプだ。何かを改善したり、助けたりしたいときも、SNSではなく水面下でやる。例外は、音楽業界から関わりを断つときくらいかな。そのときは、できるだけ派手にやるけどね(笑)。
音楽業界の話に関連して、あなたはストリーミングの普及によって音楽の価値が下がり、切り離されてしまったと語っています。それは、リスナーが音楽と個人的・感情的につながる方法にどのような影響を与えていると思いますか?
これまでは、ストリーミングによるアーティストへの報酬だけに焦点を当てて、少し単純化しすぎて考えていたと思う。もっと包括的に見ると、テクノロジーは、実は音楽を聴く体験そのものを弱めてしまったんだ。いまの音楽体験は、ほぼ完全に「ひとりで完結するもの」になってしまった。
たとえば、昔の家庭用ゲーム機みたいなものだよ。以前はソファに並んで一緒に遊んでいたのに、いまではDRMに守られた状態で、それぞれが自分の家で、自分のゲーム機とヘッドセットを使って遊んでいる。それが、より大きな孤立を生んでいる。
音楽を発表すること自体の“儀式”が、もう失われてしまったように感じる。レコードショップや、店頭イベントで人と出会うような時代と比べると、ストリーミングは歴史上もっとも退屈な音楽リリースの形だと思う。
音楽におけるAIについては、これまでも探究されていますが、ツールだと思いますか? それとも脅威でしょうか? あるいは別の存在ですか?
全部だと思うよ。たとえば、モジュラーシンセだって、ジェネレーティブに設定すれば、自分が書いていない音楽を自動で生み出すことができる。僕はその“選別者”にすぎない。ジェネレーティブ音楽自体は、何十年も前から存在している。
でも一方で、AIによってミュージシャンが置き換えられてしまう可能性もある。そこは、創作的に一線を引くべきところだと思っている。僕たちの音楽を学習したモデルが、それを組み合わせて作品を生み出し、僕たちには一切報酬が入らない──そんな状況は許されるべきじゃない。
AIは本来、時間を節約するためのものだったはずなのに、実際には、混乱や不安を増やし、時間を奪い、パニックを生み、パソコンの前で悩む時間を増やしているように感じる。
もし音楽の道に進んでいなかったら、何をしていたと思いますか?
ピーター・クラウチが「もしサッカー選手じゃなかったら何をしていたか?」と聞かれて、「童貞だね」って答えたのを覚えてる(笑)。僕だったら、時計職人になっていたかもしれない。やっていることは、今の仕事ともかなり近いし、きっと夢中になってしまうタイプの仕事だと思う。
いまでも創作を続ける原動力は何ですか?
ノーム・マクドナルドのこんな言葉があるんだ。「サイコロが宙に浮いている間、時間は止まる。赤いサイコロが空中にある限り、ギャンブラーには希望がある。そして希望とは、依存してもいいほど素晴らしいものだ。」
僕にとって音楽は、まさにそれに近い。サイコロを投げる瞬間、何が起こるかわからないあの感覚だ。特にコラボレーションでは、その感覚が強い。「何が生まれるかわからない」という期待は、集団による一種の“具現化”みたいなものだと思っている。
このワクワク感が、僕にとって色あせることは、きっとないだろうね。
James Blake(ジェイムス・ブレイク)
ロンドン・エンフィールド出身のシンガーソングライター/プロデューサーとして活躍するアーティスト。
フランク・オーシャンやケンドリック・ラマー、JAY-Zなど数多くの作品にプロデューサーやゲストとして参加しており、影響力のあるアルバムの制作を支えるミステリアスな存在としても知られている。またトラビス・スコットの大作『ASTRROWORLD』でスティービー・ワンダーやキッド・キューディと共演した“Stop Trying to Be God”や、チャートを席巻した『ブラックパンサー』でジェイ・ロック、ケンドリック・ラマー、フィーチャーと共演した“King’s Dead”など、さまざまな作品にもクレジットされている。“King’s Dead”はトリプル・プラチナを獲得しただけでなく、第61回グラミー賞でブレイクはベスト・ラップ・パフォーマンス部門で自身初のグラミー賞を受賞した。































