KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2025で見るべき1枚はどれ?
桜が舞い散る春、京都の街が写真一色に染まる──国内外の写真家による展示が、4月12日(土)から5月11日(日)まで、市内15カ所で開催される
KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭とは?
「写真」はまだまだ評価されていない──。その可能性を広げるために2013年に始まった、国際的な写真祭が「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」だ。舞台は、世界屈指の文化都市・京都。春の訪れとともに、歴史的建築やモダンな空間が写真展の会場へと生まれ変わる。
2025年で13回目を迎える「KYOTOGRAPHIE」のテーマは“HUMANITY”。戦争、ジェンダー、アイデンティティ、コミュニティ、愛、痛み──。人間の営みの多様性と複雑さを映し出す作品が、国内外の写真家によって展示される。今年はアダム・ルハナ、イーモン・ドイル、エリック・ポワトヴァン、グラシエラ・イトゥルビデ、JR、マーティン・パー、石川真生、土田ヒロミら14組のアーティストが参加予定。さらに、京都駅での写真壁画というユニークな展示も加わり、写真祭はより街全体へと広がりを見せている。写真が問いかけ、写真が語りかける本フェスティバルは、京都の街で“見る”からこそ、その本質に出会える。
テーマである“HUMANITY”について
私たちは個人として、世界の一員として、どう生きるのか。人間性には、素質や経験などそのすべてがあらわれる。変化し発展し続ける現代社会において、私たち人間はどう在るべきだろうか。 KYOTOGRAPHIE 2025のテーマ「HUMANITY」は、私たちの愛の力や共感力、危機を乗り越える力にまなざしを向けながら、日本と西洋という2つの異なる文化的視点を通じて人間の営みの複雑さを浮かび上がらせる。 関係性を大事にし、調和と相互依存を重んじる日本において、人間性とは、他者との関係性によって成り立ち、人間を自然界から切り離せないものとして捉えられる。一方、西洋では伝統的に個性や自由を尊重し、世界における人間の中心性を強調し、共通の善と普遍的な道徳原理を讃えている。 2025年のプログラムで展示する作品は、自らの経験が作品の中心になっていて、私たちの周囲を照らし出し感情を深く揺さぶる。それは一人ひとりの在り方をあらわにし、私たちが他者と出会い、思いやり、調和することができることを語っている。 写真の力を通じ、人間性とは何かをともに探し求めることが、他者への理解の一助となり、この混沌とした世界において自らがすべきことを共有するきっかけとなることを願う。(KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 共同創設者/共同ディレクター ルシール・レイボーズ&仲西祐介)
この“HUMANITY”をテーマに、国内外のアーティストによる14の展示が京都市内15カ所で開催される。ここでは、その予習として、参加アーティスト全員の作品を1枚ずつティザー的にピックアップした。
アダム・ルハナ(ADAM ROUHANA)
「The Logic of Truth」
エルサレムとロンドンを拠点に活動するパレスチナ系アメリカ人の写真家 アダム・ルハナ(Adam Rouhana)の写真が、八竹庵で展示される。彼は1991年生まれで、オックスフォード大学で修士号を取得し、『ニューヨーク・タイムズ』『Aperture』などに作品が掲載されている。最大の特徴は、自身のルーツを軸に、パレスチナのリアルを写し出す作品だ。西洋人、アラブ人、パレスチナ人という多層的な視点から、オリエンタリズムを問い直している。彼の作品には、祖母の果樹園や幼少期の記憶が息づき、過去と現在を繋ぐ新たな物語が描かれている。今回ピックした1枚は、川で水浴びをする子どもたちを捉える。身体を清める姿は、日常の一瞬でありながら、そこに宿る歴史やアイデンティティの物語を感じさせる。
会場|八竹庵(旧川崎家住宅)
石川真生(MAO ISHIKAWA)
「タイトルは後日発表」
1953年、沖縄県に生まれた石川真生。1970年代から写真を撮り続け、沖縄の人々と深く関わりながら、その生の姿を記録してきた人物だ。作品『FENCES, OKINAWA』でさがみはら写真賞、日本写真協会賞作家賞などを受賞し、国内外の美術館に作品が収蔵されている。今回の「KYOTOGRAPHIE 2025」では、1970年代後半に黒人米兵が集うバーで撮影した初期作『赤花』と、現在進行中の最新作を発表する。沖縄の歴史と個人の物語が交錯するような作品群だ。また、ピックアップした1枚に写るのは、左手に「命」と刻んだタトゥーを持つアフロヘアの女性。リビングのような空間で辞書を手に取る姿は、彼女の人生の断片を想像させる。モノクロの質感が、時間の層をより深く刻み込んでいる。
Presented by SIGMA
会場|誉田屋源兵衛 竹院の間
リー・シュルマン & オマー・ヴィクター・ディオプ(LEE SHULMAN & OMAR VICTOR DIOP)
「Being There」
ロンドン生まれでパリ在住のリー・シュルマン(Lee Shulman)は、広告や映像の分野で活躍するアーティストであり、膨大なヴィンテージ写真を収集・アーカイブする「アノニマス・プロジェクト」の創設者。一方、セネガル出身のオマー・ヴィクター・ディオプ(Omar Victor Diop)は、セルフポートレイト作品で知られる写真家で、歴史と現代を交差させる独自の手法を持つ。「KYOTOGRAPHIE 2025」では、アノニマス・プロジェクトの一環として“Being There”を発表。1950〜60年代のアメリカに残る匿名写真にオマー自身が“登場”することで、人種差別が色濃く残る時代の記憶と現在をつなぐ。そして、ピックアップした1枚は、広い道路とクラシックカーを背景に、スーツ姿の2人が談笑するシーン。一見、ファッション写真のように洗練されているが、この時代に黒人と白人が並んで語り合う光景が持つ意味を考えたとき、作品の真意が浮かび上がる。過去の記録を再構築し、新たな視点を提示する試みがここにある。
Supported by agnès b.
会場|嶋臺(しまだい)ギャラリー
劉 星佑(リュウ・セイユウ)
「父と母と私」
1985年、台湾・高雄生まれの劉星佑は、農業や生態系、ジェンダーの平等をテーマに、写真を“参加型のメディウム”として探求するアーティスト。思慮深さとユーモアを兼ね備えた作品で、社会の課題に新たな視点を提示してきた。「KYOTOGRAPHIE 2025」では、「KG+SELECT Award 2024」を受賞した『The Mail Address is No Longer Valid』を展示する。台湾で同性婚が合法化されたことを自身の先祖に知らせるため、父にウェディングドレス、母にスーツを着せ、幻想と現実の境界が揺らぐ結婚式を演出した。ピックアップした1枚も、その強烈な瞬間を捉えたものだ。伝統的な家族像を再構築するこの写真は、社会的な役割やジェンダーの固定観念を問いかけ、過去と未来をつなぐ“儀式”として機能している。写真に刻まれた文字や印章もまた、目に見えない「不在」を可視化し、記憶の中に存在し続けるための手がかりとなる。
会場|ギャラリー素形
プシュパマラ・N(PUSHPAMALA N)
「Dressing Up: Pushpamala N」
1956年生まれ、インド・バンガロールを拠点に活動するプシュパマラ・N(PUSHPAMALA N)は、彫刻家としてのキャリアを経て、1990年代半ばからセルフポートレイトを用いたフォト・パフォーマンスを展開。女性像の構築や国民国家の枠組みをテーマに、社会問題をユーモアと皮肉を交えて問いかける作品を生み出してきた。今回の「KYOTOGRAPHIE 2025」では、『The Arrival of Vasco da Gama』、『Mother India』を含む3つの主要シリーズを展示。ヴァスコ・ダ・ガマに自ら扮することで、植民地主義の歴史を批評的に再構築し、インドの歴史的表象を探る。
そして、ピックアップした1枚では、彼女が“4本の腕”を持つ姿が捉えられている。それはヒンドゥー神話の神々のようでもあり、女性の多面的な役割を象徴するものとも読み取れる。彼女自身の身体を通して、歴史や文化のステレオタイプを再構築し、新たな視点を提示するプシュパマラの表現は、視る者の想像力を刺激する。
Presented by CHANEL Nexus Hall
会場|京都文化博物館 別館
甲斐啓二郎
「骨の髄」
1974年に福岡県生まれた写真家 甲斐啓二郎。国内外で精力的に活動し、伝統的な祭事や肉体のぶつかり合いを通じて、人間の「生」の本質に迫る作品を撮り続けている。今回の「KYOTOGRAPHIE 2025」では、日本をはじめ世界各地の格闘的な祭事を記録したシリーズを発表。近代スポーツ以前から続く、身体と身体が絡み合う原始的な競り合いの瞬間を捉える。ここで紹介する1枚は、岡山の伝統的な祭りを俯瞰から撮影したもの。上半身裸の男たちが密集し、手を繋ぎ合う姿は、祭りの熱狂と共同体のエネルギーをまざまざと感じさせる。乱れながらもひとつの塊となる肉体群は、抗えない生命の衝動を映し出すかのようだ。甲斐の写真が切り取るのは、単なるドキュメントではなく、人間の根源的な営みそのものを映し出す。
Supported by Fujifilm
会場|くろちく万蔵ビル
JR
「Printing the Chronicles of Kyoto」
「JR・京都クロニクル京都 2024」
JRは、パブリック・アートを通じて人々の物語を拡張し、社会に問いを投げかけるフランス出身のアーティスト。世界各地で展開してきた壮大な壁画シリーズ「クロニクル」は、何百人ものポートレートをコラージュし、土地ごとの社会構造や関係性を映し出す試みだ。
「KYOTOGRAPHIE 2025」では、京都の街を舞台にした最新作『JR・京都クロニクル京都 2024』を発表する。2024年秋、JRと彼のチームは京都のさまざまな場所で移動式スタジオを構え、道ゆく人々のポートレートを撮影。京都駅ビル北側通路壁面「JR・クロニクル京都 2024」では、その一人ひとりの表情が重なり合い、京都の多様なコミュニティと歴史が交差する壮大な写真壁画へと結実する。京都新聞ビル地下1F(印刷工場跡地)&1Fでは「Printing the Chronicles of Kyoto」と題し、まるで本作品の世界に入り込むような展示が展開される。
会場|京都新聞ビル地下1F(印刷工場跡地)&1F、京都駅ビル北側通路壁面
マーティン・バー(MARTIN PARR)
「Small World」
マーティン・パー(MARTIN PARR)の作品は、ユーモアと皮肉を交えた視覚的な観察が特徴。ここでピックするのは、メキシコの観光地を舞台にした写真。観光地で見られる典型的な光景を捉え、パーならではの辛辣な視点が光る。明るく鮮やかな色使いの中で、観光客のありふれた行動が強調され、彼らの無邪気で少し滑稽な姿が浮かび上がっている。
そして、この作品は、まさにパーが長年テーマとして探求してきた「マスツーリズム」に対する鋭い観察の一部。観光地での典型的なシーンが、まるで舞台の一場面のように切り取られ、観光という行為の背後にある不変の姿を浮き彫りにしている。パーは、観光客たちが「どこか別の世界」にいるような錯覚を持ちながらも、その行動がいかに日常的であるかを巧妙に表現している。「KYOTOGRAPHIE 2025」では、パーのユーモア溢れる作品群に加えて、開催直前に京都で撮影された新作も発表され、世界各地の観光地を舞台にした彼の視覚的な冒険が楽しめる。
In collaboration with Magnum Photos
会場|TIME’S
レティシア・キイ(LAETITIA KY)
「LOVE & JUSTICE」
写真の1枚は、レティシア・キイ(LAETITIA KY)の2021年の作品で、黒人女性の髪を彫刻的に表現したもの。この作品には、女性マークの中にグーした腕が浮かび上がり、その形状が象徴的。これは自己肯定感や力強さを意味しており、女性のエンパワーメントを象徴していると思われる。髪の彫刻を通じて、キイは黒人女性の髪の美しさとその文化的意義を讃え、アイデンティティの重要性を再確認させてくれる。また、この作品は、キイが自身のアイデンティティと文化的ルーツに対して持つ強い誇りを反映していて、同時に社会的な規範に対する挑戦でもある。髪という個人的で文化的な要素を彫刻として表現することで、キイは観る者に自己愛と尊重を促し、強さを感じさせる作品を作る。
Supported by Cheerio
会場|ASPHODEL
𠮷田多麻希
「土を継ぐ」
𠮷田多麻希のこの写真は、自然と生き物への深い洞察と優しさを感じさせる1枚。霧に包まれた環境の中で、カモシカが穏やかな表情でこちらを見つめている。その静謐な瞬間は、見る者に生き物の生命力と共存への思いを強く呼び起こしてくれる。また、𠮷田はこれまで、自然や生き物と人間との関係に着目し、無意識のうちに生まれる不平等を問い直してきた。この作品においても、彼女は鹿の微笑む姿を通して、自然の中での共生の可能性を感じさせている。霧に包まれた環境は、私たちが日常的に見過ごしている微細なつながりを象徴しているかのよう。𠮷田は、人間の行動に対する無意識の影響を問いかけつつ、悲劇的な側面に焦点を当てるのではなく、むしろ自然の中での新しいバランスを探ることを目指している。
Ruinart Japan Award 2024 Winner Presented by Ruinart
会場|TIME’S
レティシア・キイ(LAETITIA KY)
「A KYOTO HAIR-ITAGE」
先ほど紹介したレティシア・キイが、「KYOTOGRAPHIE」のアフリカンアーティスト・イン・レジデンスプログラムで0224年冬に京都滞在した際の新作のポートレートの数々。タイトルは「A KYOTO HAIR-ITAGE」だ。こちらは、出町桝形商店街のスペースで展示される。
KYOTOGRAPHIE African Residency Program
会場|出町桝形商店街 ― DELTA/KYOTOGRAPHIE Permanent Space
イーモン・ドイル(EAMONN DOYLE)
「K」
イーモン・ドイル(EAMONN DOYLE)の作品「K」は、アイルランドの荒野に現れる不思議な光景を捉えている。こちらは、赤い布のようなものが、荒野に突如として立ち上がり、まるで建築物のように存在感を放つ。この赤い布が象徴するものは、悲しみ、記憶、そして喪失の感情が交錯する空間であり、見る者に強烈な印象を与える。これを含む「K」シリーズは、ドイルが、兄の急逝をきっかけに作られ、母親キャサリンの深い悲しみをも表現しているという。荒れ果てた大地に浮かび上がるこの赤い布は、彼女の痛みと記憶の象徴であり、亡き息子に捧げる愛と喪失の表現でもある。その姿は、亡霊のように物理的な実体を持たず、どこか幻想的で儚い印象を与えている。
With the support of the Government of Ireland
会場|東本願寺 大玄関
エリック・ポワトヴァン(ERIC POITEVIN)
「両忘ーThe̶ Space Between」
エリック・ポワトヴァン(ERIC POITEVIN)の作品「両忘—The Space Between」から選んだ1枚。まさに自然の儚さと美しさが交錯する瞬間を捉えている。草木が枯れ落ちる直前の、まるで時間が静止したかのような美しい瞬間。この写真は、自然界における変化と移ろいを感じさせると同時に、それが持つ深い静寂と力強さをも伝えてくる。ポワトヴァンは、古典的な絵画ジャンルを写真というメディアを通して再考し、特に自然と身体をテーマに作品を作り続けている。彼の作品は、被写体に対して時間をかけてアプローチし、その一瞬一瞬を丁寧に捉えることから生まれる精緻な美しさに特徴がある。今回の作品も、草木が枯れ落ちる直前という限られた時間に訪れる、美しくも儚い瞬間を写し取ったものだ。
Presented by Van Cleef & Arpels
会場|両足院
KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2025
会期 2025年4月12日(土)-5月11日(日)
主催 一般社団法人KYOTOGRAPHIE
共催 京都市、京都市教育委員会
パスポートチケット:一般 6,000円(前売り5,500円)、学生 3,000円(前売りも同額)
●お問い合わせ
KYOTOGRAPHIE 事務局
京都市上京区相国寺門前町670番地10
Tel. 075-708-7108
公式サイト:https://www.kyotographie.jp













