TAKAHIROMIYASHITATheSoloist. 2023年秋冬コレクションをプレイバック
東京・上野『表慶館』を舞台に開催されたショーをバックステージの写真と共に振り返る











宮下貴裕の手掛ける〈TAKAHIROMIYASHITATheSoloist.(タカヒロミヤシタザソロイスト.)〉は去る3月17日(金)、「Rakuten Fashion Week TOKYO 2023 A/W」の特別企画 “by R(バイアール)”のサポートのもとで2023年秋冬コレクションを発表した。同ブランドがランウェイショー形式でコレクションを発表するのは、2022年春夏シーズン以来約1年半ぶり。そのため、今回のショーには開催前から多くの期待が寄せられていた。本稿では、今季最大のハイライトとなったショーの貴重なバックステージの写真と共に、当日のコレクションを振り返りたい。
〈TAKAHIROMIYASHITATheSoloist.(以下TheSoloist.)〉は、90年代〜00年代にかけて国内外の若者に絶大な支持を得た〈NUMBER (N)INE(ナンバーナイン)〉のデザイナーを務めた宮下氏が自身のブランドとして2010年にスタートし、今年で設立13年目を迎える。デザイナーとして25年以上のキャリアを持ち、長年日本のメンズファッションシーンを牽引してきた宮下氏だが、自身は「毎回新人のつもり」と語るように、コレクション毎にその作風は大きく変化する。筆者の私見ではあるが、同ブランドのクリエーションは大きく分けてこれまで3つの変遷を遂げてきたように見える。
まず〈NUMBER (N)INE〉というバンド(のようなブランド)を脱退し、ソロ活動として私的なワードローブを作り続けてきた初期。次に東京で初のランウェイショー形式で発表した2018年春夏コレクション、第93回「Pitti Immagine Uomo(ピッティ・イマージネ・ウォモ)」で〈UNDERCOVER(アンダーカバー)〉との合同ショーを行った2018年秋冬コレクションを経て、パリ・ファッションウィーク・メンズの公式スケジュールに復帰した2019年秋冬コレクションから2020年秋冬コレクションまでの第2期。新型コロナのパンデミックにより、映像表現やルックでの発表に切り替えた2021年春夏コレクション以降の第3期。特にコロナ禍で発表されたここ数シーズンは、何かに囚われ、次の方向性を模索しているようにも思えた。そして今回のコレクションでは“ランウェイショー”という表現方法に回帰したことで、ある種の呪縛から解放され、〈TheSoloist.〉が第4期ともいえる新たなフェーズに突入したことを感じさせる力強い服の数々が披露された。
ショーの会場となったのは、明治42年(1909年)に開館した日本初の本格的な美術館である『東京国立博物館・表慶館』。『東宮御所(*現在の迎賓館)』なども手掛けた宮廷建築家・片山東熊の設計によるこの建築物は、明治末期の洋風建築を代表する建物として重要文化財に指定されている。宮下氏は当初ショー会場に“教会”を想定していたものの、なかなか思うような場所が見つからずに決めかねていたところ、『表慶館』を見た瞬間に「ここだ!」と感じたそうだ。厳粛な空間を舞台に行われたコレクションのテーマは、“THE TWO OF US”。今季のコレクションは、宮下氏曰く「友達のようであり、兄弟のようでもある」一人の女性との関係性をベースに据えて制作されたという。
〈TheSoloist.〉のショーでは毎回長いランウェイが用意され、足元に照明器具が設置されている。これは観客に洋服のディテールをよりじっくり魅せるための演出であり、今回はその中をショーピースを着たモデルたちが、いつもよりゆっくり、ゆっくりと歩いていく。ここに、宮下氏の強い意志を感じた。ファーストルックでお披露目されたのは、つばの長いハットに純白のテーラードジャケットとロングスカートのコーディネート。男性合わせの2つボタンのジャケットにはフックとアイが取り付けられ、女性合わせへと変化させることが可能な仕様に。その後はメディカルウェアのディテールを取り入れたマキシ丈のスリーブレス・ドレスや、ファーを贅沢に使ったトップスとマイクロスカート、クロップド丈のボンバージャケット、ペンシルシルエットのロングPコートなど、斬新なアイテムが続く。
特筆すべきは、ボトムスのバリエーション。スカートに見えるキュロットや、その逆にキュロットに見えるスカート、スーパーマイクロミニのスカート、タイトなロングマキシスカートといった女性服に振れたものを数多く提案。それらを男性モデルが纏うことで、ジェンダーの境界は曖昧に。カラーパレットは「“彼女”が好きそう」だというブラックとホワイトを中心に、ブラウン、パープル、バーガンディ、ネイビーなどの中間色を採用。素材もここ数シーズン使用していなかった毛皮やレザー、サテン、ヴェルヴェットなど、艶やかなマテリアルを取り入れた。
また、ランウェイには1990年代のファッション/音楽などのサブカルチャーを牽引した雑誌『Ray Gun』のアートディレクションを担っていた伝説的なグラフィックデザイナー David Carson(デイヴィッド・カーソン)とのコラボピースも登場。彼の生み出した“グランジ・タイポグラフィ”は一世を風靡し、若き日の宮下氏も多大な影響を受けたという。今回は“Ray Gun”のグラフィックを施したライダースやボンバージャケット、カットソー、スカート、シューズなどを制作。宮下氏はDavidとの協業について、以下のようにコメント。「『Ray Gun』は僕の⻘春の一つでもあったので、そういったアイコンとして使っています。これを機に昔の雑誌が掘り返されて、若い世代にも当時のタイポグラフィや音楽に対する姿勢などが伝わってくれれば嬉しいです」
ショーの音楽は、前回のランウェイでも協業した作曲家/ピアニストの小瀬村晶が担当。彼はUKのコーラルコレクティヴ Hi Lo Singersと、ブリストルを拠点とするシンガーソングライター Clara Mann(クララ・マン)を起用し、ピアノをベースにコーラスやヴォーカル、環境音を織り交ぜた静謐な音楽で会場の空間を彩った。細部に至るまで宮下氏の美意識が行き届いた今回のショーでは、涙を流す観客の姿も。
本コレクションは全て特定の女性のために作られたようだが、結果としてメンズ服のコードを再構築し、それらを纏った男性たちの魅力をより引き出すことに成功している。男性を美しく魅せる服を作る手腕にかけては、宮下氏は世界でもトップレベルに位置するだろう。“THE TWO OF US”は会場を含めた演出や音楽、そして服といった全ての要素が見事に調和し、宮下氏の真骨頂と言えるコレクションとなった。