デムナと Balenciaga の再出発
“エンターテインメントからの脱却”を掲げたコレクションは、ファッション業界の新たな方向性を示す道標となるか
3月5日(現地時間)にお披露目された〈Balenciaga(バレンシアガ)〉2023年冬コレクション。2022年10月発表の前コレクションからの半年間は、ブランドとDemna(デムナ)にとって苦しい期間だった。“YZY GAP ENGINEERED BY BALENCIAGA(イージーギャップ エンジニアド バイ バレンシアガ)”をローンチしたばかりで、Demnaの良き友人だったKanye West(カニエ・ウェスト)/Ye(イェ)は、その言動によって、ファッション業界から追放される形となり、そこから2カ月も経たないうちに、2023年春シーズンのキャンペーンビジュアルが児童虐待であると激しく非難される事態に。
一時はソーシャルメディア上で不買運動も起きたものの、Ye着用のブーツや新作スニーカーなどが、瞬く間に完売するなど、Demnaの影響力と勢いを実証する期間でもあった。そういった逆風に次ぐ逆風を受けてからの初コレクションということで、Demnaと〈Balenciaga〉には重要な位置付けの今シーズン。ショー会場の各席には、Demnaからの小さなメモが置かれており、デザイナーとしての意思表示が記されていた。
両親が近所のテーラーで私のためのパンツを仕立ててくれたのは6歳のときでした。自らデザインし、生地屋で生地を選び、そしてフィッティングのためにテーラーへ2度通いました。これが、わたしが服に夢中になる始まりでした。 私と服との関係を定義づけ、デザイナーになりたいと思うきっかけとなりました。ファッションは一種のエンターテインメントになりましたが、その側面が、シェイプやボリューム、シルエット、身体と生地の関係の生み出し方、 ショルダーラインやアームホールの作り方、服が持つ私たちを変える力のあり方など、ファッションの本質を覆い隠してしまうことがよくあります。ここ数か月、私はファッションに熱中するためのシェルターを探す必要があり、服を作る過程で本能的にそれを見つけました。私が幸せを感じ、真に自分を表現できるその驚くべきパワーをもう一度思い出させてくれました。だからこそ、私にとってファッションはもはやエンターテインメントではなく、服を作るという芸術です
文字通り泥にまみれた前コレクションとは対照的に、純白のカーペットが敷かれた会場。自らの「ファッションはもはやエンターテインメントではなく、服を作るという芸術」という言葉を体現するかのように、エンタメ性は一切排除された内容となった。〈Balenciaga〉のシグネチャーとも言える派手なグラフィックやダメージ加工などの飛び道具系はなりを潜め、実直に服で勝負を挑んだDemna。これまでの炎上を受けての一種の禊ぎなのか?とも感じられたが、コレクションに取り掛かり始めたのは、問題の起きる前だったとショー終了後の全体インタビューで答えている。Demnaは〈Vetements(ヴェトモン)〉時代からこれまで、ある意味反則技的な手法(直近ではゴミ袋をモチーフにしたバッグや極限まで汚れ加工を施したスニーカーなど)で自身のクリエイティビティを発揮し、批判すら味方に付ける形で、その人気と地位を確固たるものとしてきた。しかし、本コレクションでは、本来の服作りにフォーカスし、Demnaらしさがシェイプや構造を中心に表現されている。いささか物足りないと感じた〈Balenciaga〉ファンも少なからずいたと思うが、「このコレクションは、ロゴを使わない最初のコレクションでもありました。私が考えたのは、このコレクションを純化し、編集することで、私がここで行っていることのすべてを語ることができるようにすることでした」と説明。また、前述したように、コレクションの着手は炎上前となるが、ブランドと自身を取り巻く環境を考え、それが正しい方向性だと確信したという。さらに“エンターテインメントからの脱却”については「過去2回のショーでは、セットの演出やコンセプトが重要視されていたが、実際に服を作るという自分の本当の価値を裏切っているような気がしてて、少し悔しい思いをしたのです。洋服ではなく、セットデザインを見て、それを話題にされるのが悔しかったんです。そこで“服を作る”ということを第1に考え、それを中心に据えることにしました。この数カ月、これこそ私がやるべきことだと感じました」と続けた。
また、今後も同様のアプローチを続けるのかという質問に対しては「間違いないです。しかし、今後はより深い方法で前進していくことです。服作りに関して、パフォーマンスを作るのではなく、それ事態にスポットライトを当てることだと思います」とした。
筆者は個人的にも、加速するファッションのエンタメ化にやや疑問を感じていた矢先であり、現代におけるNo.1トレンドセッターとも言えるDemnaと〈Balenciaga〉が、舵を切ったことによって、ファッション業界全体にどのように波及していくか注視したい。