ゲーム産業に多大な影響を与える任天堂の歴史
花札から『Pokémon Go』まで、懐かしのゲームを振り返る
「任天堂」の長い歴史は、花札の製造から始まった。1889年に「山内房治郎」が京都市下京区で設立した「任天堂」は、日本で初めてトランプ製造に着手した企業でもあり、1949年には取締役に「山内溥」が就任。その後、1960年代に突入すると「任天堂」は大阪証券取引所市場第二部、京都証券取引所に株式上場し、多角経営へとシフト。ラブホテルの経営をはじめ、事務機器業界、育児関連用具業界にも進出したが、最終的に原点回帰を決定し、ゲーム業界へ注力することとなる。
アーケードゲームが全盛期を迎えた1970年中期、同社は初の据え置きゲーム機「ゲーム6」を発売。その後、『ドンキーコング』や『マリオ』など、現在も「任天堂」の代表作として多くのファンに愛されるキャラクターが誕生したきっかけとなり、累計4300万台を売り上げた名機「ゲーム&ウオッチ」を発売し、8年間で約70機種を展開した。先日『HYPEBEAST』でも紹介し、今秋の復刻が決定している“NES(Nintendo Entertainment System)”が登場したのは、1985年のこと。そして、その4年後に携帯型ゲーム機「ゲームボーイ」を、さらにその翌年に据え置き型ゲーム機「スーパーファミコン」を発売した。しかし、同社の製品が全て爆発的ヒットを記録したわけではなく、“赤い眼鏡”と称された3Dゲーム機「バーチャルボーイ」では、斬新すぎるゆえに売り上げが伸びず、失敗も経験している。
ゲーム機が第6世代を迎えると、「NINTENDO64」が「PlayStation 2」と「Xbox」の人気を凌駕。山内から「岩田聡」へと引き継がれた「任天堂」は、“ゲーム人口の拡大”をテーマに掲げ、日本でもっとも普及したと言われる「ニンテンドーDS」や「Wii」などをリリースしていくこととなる。近頃も『Pokemon GO』のサービス開始で大きな話題を作り、ゲームシーンをリードする「任天堂」。ナレーションは英語だが、上記の動画は「任天堂」のプロダクトを歴史とともに振り返ることができる内容となっているので、気になる方はチェックしてみてはいかがだろう。















