ファクトリーアウトレットでスニーカーを買う魅力はもうない?
大きく変わりつつあるアウトレットの姿
〈Nike〉のファクトリーアウトレットに人生で初めて足を踏み入れた時の事は、今でも鮮明に思い出せる。1990年の夏、僕は9歳で、フロリダに家族旅行に来ていた。当時既にメンズのサイズ9(27cm)を履いていた僕には、高価な新作のスニーカーを手に入れる事など論外。そんな幼い僕が店内を歩き回り目にしたのは、ホワイト、ライトグレー、ブラック、グリーンの“Nike Air Trainer SC II low”だった。値札には40ドルの文字 − それは十分魅力的な価格たっだ。シューズに描かれた“Air”の文字が何かのまやかしで、スニーカーなら10ドル以下でも買えるだろうという母親の母親らしい考えも覆すほどの、アウトレットらしい買い物。ファクトリーストアとはそんな場所だと思っていた。
それ以降、2000年には20ドルの“Scream Green Huarache”、2003年に60ドルの「Jordan XVII」、2007年には全サイズ揃った2種類の「Nike ID Presto」が5ドル(!)という価格で販売されるなど、アウトレットでは数え切れないほどの大幅なディスカウントが展開されていた事を覚えている。しかし現在、そんな日々はもう過去の話となりつつあるのかもしれない。
最後に僕がファクトリーアウトレット(厳密に言うと〈Reebok〉と〈adidas〉のファクトリーストア)に立ち寄ったのはこの2016年のこと。店内では大体の商品がそこそこ値下げされていたものの、僕はそこに掲げられたあるサインに目を疑った。「定価99.99ドル / アウトレット価格99.58ドル」、と書かれたサインが意味するのは、読んで字の如くたった41セント(約43円)のディスカウント。おそらくネットで探せば半額のものさえ見つけられるだろう。
その瞬間、わざわざガソリン代を払ってまでアウトレットに訪れる価値とは一体なんなのかと考え直さずにはいられなかった。もちろん一部では、アウトレットを巡り奇跡的にレアなアイテムを見つけるスニーカーヘッズのFacebookページなどが盛り上がっている事も事実だか、もう少し現実的になろうではないか。こうなったら単純に取り扱い店舗に行った方が、ファクトリーアウトレットに行くよりも良い買い物ができるのではないか? そう感じるのは僕だけなのか、それともこれが時代の流れというものなのだろうか?
アウトレットの歴史
本来、小売業での「アウトレット」の意味とは「過剰在庫である商品を、生産者がディスカウント価格で販売する店舗」である。更にB品と呼ばれるイレギュラーアイテムも販売されている場合も多く、生産者が直接展開するマニュファクチャーアウトレット、デパートやセレクトショップのアウトレットなどが存在する。
ファクトリーアウトレットの始まりには幾つかの段階と説あるようで、1880年後半にアパレルやシューズの生産者が余分に作られた商品やダメージ品などを従業員に大幅なディスカウント価格で売ったのが始まりという説、1936年に〈Anderson-Little〉というメンズ服のブランドがファクトリー直営店をオープンしてからという説、そして〈Dexter Shoe Company〉の創設者「Harold Alfond」が1960年代に初めてファクトリーアウトレットを作ったという話などだ。いつからが確かな始まりかにせよ、一番近年の「Harold Alfond」のストーリーとはこうである:工場でダメージ品が出てきてしまう事は避けられない事実のため、〈Dexter Shoe Company〉はそのキズもの靴を破棄する代わりに、ジョバー(現在では“off-price specialist”)と呼ばれる人々に1足1ドルほどで売っていた。そしてジョバーたちはそれに5倍ほどの値をつけて自分たちの客に売っていたのである。Alfondは彼らのマークアップが実際に機能している事に気づき、この“off-price specialist”の介入を除外して自らの工場から直接一般に販売するファクトリーアウトレットビジネスを始めたとされている。更には規格外のシューズでアウトレットの商品棚を埋められない場合に、古いデザインや売れ残った靴などを混ぜて販売したという。
こうしてこれまで発展してきたアウトレットには、ビジネスサイエンスも当然応用されている。例えば、アウトレットモールを経営する「Tanger Factory Outlet Centers, Inc.」の場合、モールのロケーションを決める場合には以下の条件が揃った場所でなくてはならない。「成功する可能性のあるロケーションとしての条件は、年間で最低500万人が訪れるリゾート地の近くである事、または1日最低5万台の車が行き交う幹線道路沿いである事。更に、最低でも人口が500万人いる土地から車で1時間以内の場所にあること」だそうだ。
ファクトリーアウトレットの現状
ビジネスの側面から見てもアウトレットは完璧な存在意義を持っているはずだ。定価で販売できないB品に商品価値を生み、在庫過多となっている商品のはけ口になると同時に、定価では商品を買えない客層にまで購入する機会を与えることができる。しかし統計では、アウトレットが企業全体の足を引っ張っているのではという側面も読み取れる。『statista.com』によると、〈adidas〉は2008年から2015年までの間にファクトリーアウトレットの店舗数を872店にまで増やしているのに対し、コンセプトストアは1,698店だが店舗数は減少している。そして2009年以降コンセプトストアの売り上げが1%上昇している傍ら、ファクトリーアウトレットの売り上は11%減少。更に、オンラインの売り上げなど、ファクトリーアウトレット以外の業態の売り上げが全体の4%だった2009年から、2014年までには14%を占め、ファクトリーアウトレットの重要度を軽視せざるを得ない状況にあるようだ。
加えて最近、〈Nike〉はファクトリーアウトレットで客を欺くような価格表示をしたとして500万ドル(約5億3,000万円)の訴えを起こされた事実も踏まえると、ファクトリーアウトレットという業態の存在自体を考え直すべきではという見解も生まれている。(この訴えは、メーカーと販売店がどちらも〈Nike〉であるにも関わらず、〈Nike〉のファクトリーアウトレットが“suggested price(メーカー希望小売価格)”と“our price(当店販売価格)”という言葉を紛らわしく使用し客を騙していると告訴されたという件。)
『Fox 31』のレポートによると、ファッションコンサルタント「Dahlia Weinstein」は以下のような指摘をしている。多くのアウトレット店舗は、定価の商品に酷似していながら低価格で生産できる、アウトレット専用の製品を作り、工場から直接商品を入荷しているが、これはある意味、ブランド自体が自らの製品のノックオフ(偽物)を作っているのと同じことだと述べている。実際、Weinsteinは定価で売られている〈Coach〉のハンドバッグと、アウトレットで売られている同ブランドのものを比較。その差は彼女にとって一目瞭然だった。アウトレット製品の質は定価のものより劣り、スティッチの細かさや細部の処理もずさんだったという。この検証はハンドバッグのほか、ジーンズでも同様の結果だった。スニーカーでも同じことが言えるはずだが、ファンにとって今何が定価で店頭に並んでいるか、どの製品がアウトレット専用のものかは、よりわかりやすいかもしれない。
今後のファクトリーアウトレット
今後、〈Nike〉のように訴えられることがないよう「連邦取引委員会(Federal Trade Commission/FTC)」による規定がブランドにとって運営しやすく明確になるか、もしくはあの夢のような割引率が戻って来れば、10年後もファクトリーアウトレットは存在し続けるだろう。しかし企業やブランドは既に“リストック”というイリュージョンによってリテール店舗での商品完全消化を実現しつつある。PRを行い、少量ずつ期間を分けてリリースすることにより、全在庫を定価完売させるのだ。また、『SNKRS』アプリなどのオンラインリテーラーでは、3年前の商品が再入荷されるのはもはや珍しいことではないため、益々アウトレットへ商品を流す意味合いが薄れていっている。
現在僕たちがアウトレットに足を運ぶ理由は“掘り出し物”キックスを見つけるためにほかならない。しかしテクノロジーの発達により、生産過程で昔ほどB品が出なくなってきているもの事実なうえ、世界規模での在庫の把握や消化率の分析、ディストリビューションが可能になっていく様子を目の当たりにすると、今後アウトレットへスニーカーを探しにいく機会は激減してしまうのではないだろうか。