『size?』の Paul Ruffles が語る、UKで生き続ける“スニーカーカルチャー”
アメリカでの爆発的な売り上げやプロモーションとは違う、イギリス特有のマーケット事情
“スニーカーカルチャー”……その言葉自体、アメリカが生んだ社会現象、そして文化と言えるだろう。バスケットボールやヒップホップミュージック、それと交差するストリートウエアやアスレチックブランドにまつわる限定アイテムや巧みなプロモーションは、経済大国アメリカならではの思想が生み出し、若者を中心に浸透していった。黄金時代とも言える80年代後半から90年代にかけて急速に発達した、この複合ビジネスという一面も持つスニーカーカルチャー。それは今でもアメリカを中心にマーケティングされ、発売、転売、リモデルなどを繰り返している。
一方、大西洋を隔てたイギリスでのスニーカー人気は、アメリカでの爆発的な売り上げやプロモーションとは違い、(英国が往々にしてそうであるように)より控えめで落ち着いたムーブメントとして育まれてきた。イギリスではそもそもスニーカーは“trainers(トレイナーズ)”と呼ばれ、有名スポーツ選手の着用モデルや大々的なキャンペーン活動ではなく、あくまでも中流階級の人々の象徴的なフットウエアとして定着していた。未だ見ぬモデルの噂話も、新作を求めて店先に長蛇の列を作ることもさほどなく、サブカルチャーとして一部の熱心なコレクター、B-Boysと呼ばれた層に人気のイタリアやドイツのスポーツウエアブランド、そして変化を求める若者たちに支持され、育てられてきた。
しかし時は経ち30年後、今やイギリスのスニーカー事情も大きく変化している。当時のローカルスニーカーカルチャーを支えていた若者たちが大人になり、シーンをリードするようになったことに加え、著しいインターネットの普及によってファンも急増。国や地域を越えてボーダレスに情報交換が始まる中で、今まで眠っていた幻のような〈adidas〉 や〈Diadora〉のヴィンテージも日の目を見ることとなる。そんなイギリスのスニーカーシーンに於いて、ヨーロッパ全土に30店舗を構え、圧倒的な取り扱いブランド数、そしてエクスクルーシヴなコラボレーション商品を展開をする『size?』は、現在UKスニーカーカルチャーのフロントフェイスとして大きな存在感を放っている。
“イギリスという国は、常にイギリスらしくあるもの”
「イギリスという国は、常にイギリスらしくあるものなんだ」 とカーナビーストリートストアのリニューアル時に語った『size?』MDの「Paul Ruffles」。「(イギリスのスニーカーカルチャーは)ジョーダンやバスケットボールに牽引されたものではなく、UKのフットボールカルチャーとの直接的、または間接的な接点から支持され、生き続けていると思う」。
2015年の今となっては、スニーカーカルチャーを語る上でイギリスがユニークであり独自の発展をしているというのは常識なのかもしれない。80年代から90年代に出現したユースムーブメントは今再び注目され、ひとくくりにハイストリートカルチャーとして捉えられている節があり、その流れと違うテイストを望む人々はマイノリティへとなっていく。しかし世界規模のマーケットを見つめる「Ruffles」は、そんな大雑把な流れだけを汲み店舗を運営するのではなく、大きなスケールで見たスニーカー市場とローカルな客層の両方を理解するのが必要だと話す。
ニューヨークで行われた〈adidas Originals〉 の新しい『NMD』ローンチに出席した彼は、「一つの場所に長くいれば、そのエリアの特性やローカル感に自然に愛着や理解が生まれてくるもの。“アメリカナイズ”されたという観点ではなく、単純に何からインスピレーションを受けたかという見方で店づくりをしているよ。『size?』の多くの客層は、世界のスニーカー市場で何が起こっているかを分かっている人たちが多いけど、それぞれ自分のスタイルを作る為の別々のステージにいるんだ。僕らはそれを理解したうえで、アイテムをセレクトしたりプレゼンテーションしている」とコメントしている。
“80キロ離れた都市では売れるものがまったく違う”
厚い客層とワールドワイドな知識でその成功を築いてきた『size?』。訪れる人たちにとって便利な店であるというのは、スニーカーショップにとって最大の強みだろう。入手困難なモデルのリリース情報をインターネットで確認でき、信頼できるストック量を持ち、各ブランドの動きを把握している『size?』は、まさにイギリス、そしてヨーロッパのスニーカー市場で必要不可欠な存在となっているのかもしれない。
「〈Nike〉は常にイノベーションとレトロなモデルの再開発を牽引しているし、ここ最近の〈adidas〉 がリリースする『Yeezy』、『Ultra Boost』、そして『NMD』といったモデルにもブランドの勢いを感じる」と話す「Ruffles」。UKのスニーカー市場について「この国ほどユニークなマーケットを見たことがないよ。たった80キロ離れた都市で、何が売れるかがまったく違うんだ。でもグローバルな視点で見ると、情報がすぐ手に入るぶん、世界がより小さく身近になって、特定のルックやスタイルが浮き彫りになりやすいとも言えるはずなんだ」と分析する。
さまざまな基準でスニーカーを求める人々がいる中で、「Ruffles」そして彼の働く『size?』という場所は、ハードコアなスニーカーヘッズやコレクターへ向けたプレゼンテーションやサービスを目指しているわけではない。しかし世界の市場を把握るす『size?』が、イギリス、そしてヨーロッパ全体のスニーカー着用者への見方を大きく変えたのは確かなようだ。
“僕らの精神と店の在り方を貫きながら、ヨーロッパの重要な都市にも広がっていきたい”
「Ruffles」は、「僕らのプロダクトに関しては、『Dieter Rams(ディーター・ラムス)』の提唱が手本なんだ」と話す。「ドイツのインダストリアルデザイナーである『Rams』の“良いデザイン10カ条”をマントラに、僕らの精神と店の在り方を貫きながら、ヨーロッパの重要な都市、更には別のテリトリーにまで広がっていきたいんだ。すごくおもしろいスペシャルプロジェクトも用意してるよ」と加えた。
おそらくこれからも、イギリスはイギリスらしいスニーカーカルチャー、ストリートスタイルを育んでいくだろうし、“trainers”が一夜にして“スニーカー”と呼ばれるようになることはないだろう。ただ、『size?』をはじめとするUKのスニーカーブティックの、さらなるグローバルな活動には、今後とも注目の価値があるだろう。
「Paul Ruffles」が注目する15足はこちらから。そして新しいカーナビーストリートの店舗の様子はこちらからチェック。


















