Interviews: アトランタ生まれ日本育ちの気鋭ラッパー MadeinTYO

再び訪れた日本を訪れた人気ラッパーにインタビューを敢行

ミュージック 
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「Beats by Dr. Dre」が去る5月25日(木)に渋谷『WWWX』にて開催した入場無料ライブイベント「For The Love Of Music」の為に来日を果たした、アトランタ出身日本育ちの気鋭ラッパー、MadeinTYO。そのイベントはCharli XCX(チャーリー・XCX)やGrimes(グライムス)らを始めとする超豪華アーティストが出演したこともあり、会場のキャパを超えるほどの多くの音楽ファンが終結してイベントは大盛況に終わったようだが、『HYPEBEAST』ではそのライブ前のMadeinTYOをキャッチすることに成功、そのマインドや日本住み時代の話に迫るインタビューを敢行した。軍関係の仕事に就く父親の関係で10代のうちの約6年間を神奈川・横須賀で過ごし、“東京産(Made in Tokyo)”の名を自身に冠する彼の貴重なインタビューの様子を、まずは下からチェックしてみよう。

Interviews: アトランタ生まれ日本育ちの気鋭ラッパー MadeinTYO

- 10代の頃は横須賀に約6年間暮らしていたそうだけど、アメリカに拠点を移してからはどのぐらい日本に戻ってきているの?
前は3回か4回ぐらいしか戻ってこれてなかったんだ。本当はもっと来れたら良かったんだけど。でも最近は音楽のおかげもあって結構頻繁に日本に来ることができているよ。もし音楽をやってきていなかったら日本を出る理由なんてなかったかもな。

- 横須賀での生活はどんな感じだったの?
横須賀で成長できたことはドープだったと思うよ。俺は9年生(中学3年相当)から高校を出るまで横須賀に住んでいたんだ。プロムだって日本でやったんだぜ。卒業式は横須賀のどこかの音楽堂みたいなとこで開催されたんだけど、それも思い出深いね。基地内はアメリカって感じなんだけど、外へ1歩出ると何もかもが違って面白かった。週末は適当に六本木とか都内に出かけてパーティーしたりしてね。あとは、日本で若い頃を過ごしたことで自分が何をしたいのか自分自身で分かるようになったと思う。アメリカ国内でずっと育ったやつはやっぱり少し斜に構えて日本や日本人を見てしまうんだ。でも俺は日本という国や日本人のことを身をもってもっと知っている。何にもフィルターをかけずに物事を見ることが出来るようになったよ。

- じゃあ横須賀や東京のことなら任せろって感じ?
あぁ、そうだね。他のアメリカ人に比べたらこの街のことを知っているし、行く場所に困らない程度には色んなスポットを知ってるよ(笑)。

- 特にお気に入りのエリアとかスポットはある?
原宿エリアとかは特に好きだね、セレクトショップの『Nubian』も最高だしな。あと横須賀はもちろん好きだし、俺は『クリスピー・クリーム・ドーナツ』の横浜の店舗に行くのが好きなんだ。Nikeのアウトレット店も好きさ。日本はどのエリアも本当に面白いと思うよ。エリアによって全然表情が違うしな。昔の思い出の場所を訪れるのもいい。できるなら3週間に1回ぐらいのペースで日本に戻って来たいぐらいさ。この国には原宿も横須賀も横浜もある。たまには知らない土地で迷子になるのだって良さそうだな。全てが斬新で街がデカいこの国が俺は好きだよ。

- 日本の食べ物に関してはどう?
世界中で流行した今となっちゃお決まりの食べ物かも知れないけどラーメンは最高だね。それも日本で食べるラーメンはやっぱり格別さ。たまにココイチのカレーとかも好きで食べるけど、俺はやっぱりカレーってよりはラーメン派だな。他にも寿司とか餃子も好きさ。そして日本にはそれらを食べるところが街中に沢山あるだろ。日本の食事で俺を喜ばせるのは簡単だと思うよ。MadeinSUSHI、 MadeinRAMEN、それが俺さ(笑)。

Interviews: アトランタ生まれ日本育ちの気鋭ラッパー MadeinTYO

- 東京や神奈川以外ではこれまで日本国内のどこかに行ったことがある?
気が向いて新幹線で大阪に行ったりしたこともあるよ。大阪もイケてる場所だよな。俺の友達は何人か沖縄に行って、そいつらは沖縄もいい場所だって言ってたけど、俺は実際そんなに興味はないんだ。俺は横須賀に住んでいたこともあって東京にいることが好きなのさ。昔は“東京に出て遊びたい。横須賀にずっといるのもつまらない”って感じのときもあったしな。

- 日本人ヒップホップアーティストについてはどう思う?
知っている中ではやっぱりKOHHは飛び抜けてるね。あとはこの前VERBALと一緒にいた時に彼がCRAZYBOYっていうアーティストと繋げてくれたよ。HONEST BOYZ®っていう昔のTERIYAKI BOYZ®みたいなグループがいるんだけど、今後彼らと一緒にツアーを周るかもしれないね。あとは今後作る楽曲で日本人アーティストをフィーチャーできればいいなとも思うよ。今のところはこんなものかな。俺はこれまでと異なるようなものでも、面白そうならやってみたいと思ってるんだ。

- 次のアルバムについて何か話せることはある?
今回一緒に日本に来たK Swishaがメインプロデューサーを務めてくれているよ。あとはBig Sean(ビッグ・ショーン)や俺の親友でコロンビア生まれのJ. Balvin(J.バルヴィン)とも何かヤバいことが出来ると思うね。Swishaは今年大学を出たから今後はもっと一緒に仕事ができると思う。俺自身とても楽しみさ。あとはそうだな、あまり多くのことは考えてないんだ。良い質のものを良い数で作っていきたいからね。これからもいい音楽を作ることに集中していくつもりさ。あとは子どもが生まれたばかりだから、“パパモード”と“仕事モード”を上手く切り替えながら生活していけるといいね。

- LAを拠点にしてどのくらい経つの?
大体1年ぐらいかな。俺は大体3年周期で引っ越してるんだ。唯一長く1つの場所に留まったのが日本だよ。軍関係の仕事に就いていた父親が横須賀で高校を卒業できるようにもう3年延長してくれてね。俺はハワイで生まれて、それからカリフォルニアのサンディエゴ近辺の地区に引っ越して、それから俺の父親がワシントンD.C.の国防総省で働き始めたんだ。それでワシントンD.C.に少し住んでから俺は家族と共に日本に来たのさ。そして高校を卒業するまでを日本で過ごして、その後はアメリカ・ジョージア州に引っ越した。それからジワジワと俺の音楽が人気を集めはじめて、大体4年間ぐらいジョージア州で過ごした後に活動拠点をLAに移したんだ。あと1年か2年ぐらいはLAを拠点にして活動するつもりだよ。あとはそうだな、もう少し息子が大きくなったらまた日本に移るのもありかもな。俺が日本で過ごした日々がそうだったように、息子には幼いうちから様々な価値観に触れて欲しいんだ。

- アトランタに戻る予定はなし?
音楽はいつもアトランタで作ってるんだぜ。アトランタのバイブスは最高さ。アトランタは音楽のためかインスピレーションを得るために訪れたい場所なんだ。クリケットを見てチキンウィングを食べてストリップクラブかどっかに行くのさ。俺のDJもアトランタにルーツを持つ奴だし、俺らの音楽にはアトランタの空気感が混ざり込んでいるんだ。俺の妻はアトランタに戻りたがっているけど、どうなんだろうな。他の様々な場所でもっと多くの面白いものに触れたいんだ。ただ音楽に関して言えばアトランタは最高だよ、最高にクールさ。アトランタが様々な音楽プロデューサーやアーティストを輩出しているのは偶然じゃないんだ。あのバイブスこそがその理由なのさ。そうだな、アトランタは言うなれば“第三の故郷”って感じかな。

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テキスト
インタビュアー
Hasse Lemola/Hypebeast
フォトグラファー
Kentaro Harumiya/Hypebeast
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